私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

真理亜に嫉妬しながらも、東京でもがきながら生きる彩乃。しかし真理亜がアメリカへ旅立ち、徐々に何か気がつき始めた。

その一方で、真理亜が見つめてきた東京とは・・?




初めて東京に来た時に感じたあの高揚感を、私は今でも覚えている。

神戸から上京してきた初日、こんなにも楽しくて刺激的な街があることに感動し、そして今まで知らなかった自分を悔いた。

でもいつの間にか、日々その感覚は失われ、そして自分自身も見失っていた。



「東京に行くなら、真理亜に紹介したい人がいるよ。彼と繋がっておけば、“間違いはない”から。」

当時まだ神戸に住んでいた私に、 音楽会社のCEOである松田さんを紹介してくれたのは、学生時代によく遊んでもらっていた、音楽協会の会長だった。

そんな松田さんに連れて行ってもらった、記念すべき東京での初ディナー『キャンティ』へ行った時、まだ22歳だった私はお店の価値も、歴史さえも知らなかった。

(後に元彼であるリュウジさんから、『キャンティ』の歴史についての本を渡され、勉強するようにと言われたが...)

ただ、その場で出会った彩乃に、非常に興味を持ったことだけは強く覚えている。

美人なのに、何故か自信のない目つき。そして何よりも、どこか寂しげで憂いに満ちた表情をしていた彼女が、とても印象的だった。

そして、後に彩乃から言われた一言が今でも胸に残っている。

「真理亜はいいよね。どうせ男の力でどこでも暮らしていけるんだから。」


果たしてこの言葉は真実なのか?真理亜が語る、東京生活


運命を変えた男


たしかに、今から振り返るとフォトグラファーのリュウジさんとの出会いは、私の運命を大きく変えたかもしれない。

東京に全く知り合いもコネクションもなかった私に、様々な世界を見せてくれ、そして東京のイロハを教えてくれたのは彼だった。

三田にある『綱町三井倶楽部』でのカクテルパーティーに、ハイブランドのオープニングパーティー。パリの撮影同行。そして一緒にご飯へ行けば、すぐに現れる芸能人たち。

でもそれよりも何よりも、彼は私に“東京で生きる”とはどういうことかを教えてくれた。

元麻布生まれのリュウジさんが、生まれた時から通っているお蕎麦屋さんに、学生時代の友人たちが経営しているバーに、レストラン。

東京は特別な街ではなく、生まれた時から育ってきた場所。

そんな感覚が全くない私にとって、彼が見せてくれる世界は新鮮で、そしてちょっぴり東京生まれの人の気持ちを味わえたのだ。

彩乃ちゃんにリュウジさんを紹介した時、彼女は心底リュウジさんを嫌っていた。

それは仕方ない。そして上京したての私も勘違いが甚だしくて、リュウジさんが見せてくれた世界を、まるで自分の世界のように勘違いしていたから。

フェラーリのオープンカーで走り抜けた表参道、24歳にも関わらず、母のクローゼットから拝借したバーキンでこれ見よがしに高級レストランをはしごしていた日々。

今となっては笑えるくらいに恥ずかしいシーンばかり。

でもそんな毎日の中で、ふと気がついたことがある。私自身、なんて空っぽな人間になってしまったのだろうか、と。

上辺ばかりを飾り立てることに必死で、自分自身を見つめる時間を失っていた。




連日の華やかなパーティー、そんな場所に相応しい靴と鞄で埋め尽くされたクローゼット、広がっていく人脈。

でも、そんな上っ面な物が増えていく度に、私の心は締め付けられた。

自分には、何もなかったから。

どんな素晴らしい人に紹介されても、“私は真理亜です。○○に心血注いでいます”と言えるようなものが、何もなかった。

そんな自分に焦り、苛まれていた。それなのに厄介なのは、東京にいると毎日楽しくて、うっかり時間が過ぎていくということ。

眠らない街は、気がつけば私たちを大人にしている。

-自分自身という人間と、きちんと向き合おう。

そう決意し、私は甘えるだけの関係だったリュウジさんに別れを告げた。

20歳も年上だったが、純粋に、私は彼が好きだった。でも、甘えてばかりはいられない。

そんな年上の彼氏だったから、“よほど良い物を買ってもらったんでしょ?”と聞かれることが多いが、実は、物質的な何かをもらったことはない。

ただし、彼は“仕事”という、生きて行く上で最も大切なものを私に与えてくれた。

そしてそれは今でも、私にとって、何よりの財産となっている。


真理亜が東京を去った本当の理由とは?


東京で生きていくために、忘れてはいけないこと


上京する際に、母から言われたことがある。

「人には優しく、親切に。タダほど怖いものはないのよ、真理亜。真実を見極める目を曇らせないように」

当初、母の言っていることなんて全く分からなかった。でも東京で様々な人に出会った今なら、母が伝えようとしてくれたことが痛いほどよく分かる。

一瞬、楽に見える道がある。

服も鞄も、誰かに買ってもらった方が近道のように見えるし、キラキラした生活を送れているようにも見える。

でも、いつか気づく。

年相応の物、自分自身のキャリア以上の物を誇示していると、それを恥ずかしいと思う時が来ることを。




そんな風に考えるようになってくると同時に、彩乃ちゃんと私の関係は複雑に絡み合っていた。

「私は、真理亜より良い暮らしを手に入れるから。」

いつもそんなメッセージを送り続けてきた彩乃ちゃんに対し、ほかの友達からは“何で友達なの?”と聞かれることも多かった。

でも、少なからず私は彩乃ちゃんの気持ちが分かるような気がした。

時に東京は、女の子が1人で頑張るには辛すぎることがある。

楽しくて眩しい、華やかな世界を見せてくれたと思ったら、孤独と向き合い、将来の不安と戦わなければいけない状況に追い込んでくる。

でもその飴と鞭の両方の側面があるから、皆東京に魅せられ、そして離れられないのだと思う。

しかしそんな東京で生きながら、私はニューヨークへの留学を決めた。

決して逃げるためじゃない。

自分自身で、これ以上色々なことに言い訳をするのが嫌になったのだ。

ずっと行きたいと思いながらも、仕事があるし…などと言っては、ずっと逃げていた。でも自分で動かない限り、そこには何も生まれない。

“遅すぎる”と笑う人もいたし、“学生時代に行っておくものだよ?”と言う人もいたけれど、自分の人生は自分で切り開くしかない。だから私は挑戦するために、東京を去る決意をした。

そして3年間とにかく勉強し、多くのことを吸収してから、私は東京に帰ることを決めた。

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東京に戻ってきた真理亜。そして真理亜の帰国を知った彩乃は...?