今、東京の男女が密かに抱えている悩みがある。

恋人や夫婦間での、肉体関係の喪失だ。

この傾向は、未婚の男女においても例外ではない。

相思相愛、周りも羨むお似合いカップルの美和子と健太。しかし同棲1年が経つ頃、不完全燃焼の夜を境にして“プラトニックな恋人”となっていく。

美和子は意を決して思いをぶつけるが、健太は問題に向き合おうとしない。

親友・茜に打ち明けると「別れた方がいい」と諭され、彼女の幼馴染である御曹司を紹介すると言われる。




男と女


“レスにならない女がしていること”

ソファでぼんやりスマホを眺めていたら、たまたまそんなタイトルの記事が目に入った。

くだらない。そう思いつつも、覗き見たい気持ちに負けてタイトルをクリックする。

・一緒にお風呂に入らない
・下着姿をむやみに見せない
・できるだけ化粧をした顔で接する
・家でも女っぽい服を着る
・セクシーなランジェリーで誘う
・相手を興奮させる演技やテクニックを磨く

そこまで読んで、私は全身でため息をついた。

私は1時間ほど前に帰宅し、すでにメイクを落としたスッピン&ジェラートピケのもこもこ部屋着でくつろいでいる。

…健太の帰宅に備え、今からもう一度着替えてメイクをするべきというのか。

記事には他にも、男性は、日常的にスッピンや裸を目にする妻や恋人に次第に欲情しなくなり、いつも美しく化粧を施し、女をアピールする服装で現れる愛人や浮気相手に走る、というような内容が書かれていた。

-何それ。なんて身勝手なの。

私が普段からセクシーなランジェリーを身につけ、男を性的に興奮させる努力をしていれば、プラトニックな関係にならずに済んだとでもいうのだろうか。

健太はそんな男じゃない。私はそう自分に言い聞かせ、画面を消した。

そもそも私は別に、必要以上の誘惑をしてまで男に抱かれたいわけじゃない。

私はただ…健太に、恋人として女として、大事に扱われたいだけだったのに。


解決しないレス問題。美和子はついに、茜の幼馴染と会うことに。


強引な男


「こちら、私の幼馴染で、お父様が経営するビジネルホテルチェーンの…今は専務だっけ?をしている、瀬尾雄介さん」

金曜の夜。女子大時代からの親友・茜に連れてこられてやってきた『銀座うかい亭』。

鉄板を目前にして曲線を描くカウンターに、私、茜、そして瀬尾さんの順に並んで座った。それでなくても緊張する場面であるのに加えて、高級店独特の重厚感に私は縮こまってしまう。

「そしてこちらが私の大学時代からの親友、美和子」

茜に促され、私はぎこちなく瀬尾さんに会釈する。

そっと、悟られないように彼を観察していると、ヘアスタイルもスーツ姿も、一糸乱れぬ感じに真面目さやストイックさがにじみ出ている気がした。

瀬尾さんは2つ年上で、32歳。けれど年齢以上の風格を纏っていて(身長が高いせいもあるかもしれない)、彼についていけばきっと間違いないのだと、無条件に思わせるオーラを持っていた。

「美和子さん。いや、素敵な方を紹介していただいて本当に有難い。茜の紹介なら安心だ。ずっと仕事ばかりしていて出会いがなく、両親は見合いを勧めてくるんですが…僕としてはできれば恋愛結婚を、と思っていたので」

「そ、そうなんですね」

瀬尾さんは、まるでビジネス会食のようにテキパキと流暢に話す。

いきなり「結婚」というワードが出て私はどきりとしたのだが、彼にとっては至極当然の事のようで、そこに一切の躊躇も迷いも感じられない。

「美和子は化粧品会社でPRをしているの。美人で明るいから、適任よね」

茜が横から自慢するように言うので、名の知れたビジネスホテルチェーンの御曹司に対して恥ずかしいわ、と私が謙遜していると、彼は自信に溢れた声で同調する。

「いや、僕もそう思いますよ。ただ…僕と結婚したら、仕事は辞めてもらうことになると思う。奥さんには、外で働いて欲しくないんです。子どもも最低2人は欲しいし、しっかり家を守ってもらえる方だと嬉しいなぁ」

口を挟む余地のない言い方に、私は黙り込んでしまった。

しかしそれは、反発する気も湧かないほどに屈託のない言い方だった。きっと彼には、自分の意見を押し付けている自覚すらないのだ。

彼は、相手の…女性の意見を尊重するような生き方をしてこなかったのだろう。これまでも、そして、これからも。

「美和子さんは、子どもは好きですか?」

「え?あ、はい。好きです」

またもや有無を言わせぬ質問をされ、同意しておく。

強引な男は、好きじゃないはずだった。

それなのになぜかこの時は、「嬉しいなぁ」と満足そうに笑う瀬尾さんの横顔を、私は嫌いじゃない、と思った。


強引な男、瀬尾さん。それなのに惹かれていくのは、女の本能…?


女でいられる相手


22時半過ぎに店を出ると、茜のご主人が車で迎えに来ていた。

優しそうなご主人に、大切そうに肩を抱かれて車へ乗り込む茜を眺めていたら、ふいに健太のことが恋しくなってしまう。

「今日はご馳走様でした。本当に、ありがとうございました」

そう言って立ち去ろうとしたら、瀬尾さんに引き止められた。

「女性がこんな夜遅くに一人で歩いちゃ危ない。家まで送るから」

大丈夫です、と言っても彼は一歩も譲らないので、私は諦めて彼の後に続いた。

本当に強引だな…と思いつつも一方で、か弱い女の子のように扱われることに、こそばゆい思いを感じる自分もいる。




車中で、彼は仕事の話をしてくれた。

詳しいビジネスの話は私にはわからないことが多かったけれど、父親のことを心から尊敬していることや、自分も早く身を固めて仕事に邁進し、新事業にも挑戦していきたいというような夢を語る姿は、純粋に輝いて見えた。

-こういう男の人を支えて生きるのも、女としては悪くないのかもしれないな。

そんなことをぼんやり考えていたら、車の窓に見慣れた景色を捉え、私は慌てて叫んだ。

「ここで!ここで降ります。もう近くなので」

金曜の夜はたいてい飲みにいく健太だから、おそらくまだ家にはいないはずだが、さすがに一緒に暮らすマンション下まで送ってもらうのは気が引けた。

家まで行くよ、という瀬尾さんをなんとか説き伏せ、私は車を降りた。

「今度は、ふたりで会いましょう」

別れ際、彼がまた有無を言わせぬ口調で言うので、私は流れに乗るように「はい」とだけ言った。

瀬尾さんと一緒にいると、私は意見を求められることがない。だからお人形のように、思考停止することができた。

ただ彼のペースに乗っていればよく、それは意外にとても楽な人生なのかもしれない、とさえ思う。

…複雑になってしまった健太との関係のように、言葉にできない気持ちを抱えたり、疑心暗鬼になったり、絡み合った糸をほどいていくような作業も、必要ないのだから。



「おかえり」

玄関扉を開けると、予想に反し、目の前に健太が立っていた。

「た、ただいま」

とっさに目を背けてしまう。私はことごとく、嘘のつけない女なのだ。

-見られてたりしないよね…?

…瀬尾さんのカイエンから、降り立った私を。

手前で降りたのだから大丈夫なはず。それなのにどうにも不安になって健太を振り返ったら、彼のまっすぐな瞳と目が合ってドキリとした。

「…なぁに?どうかした?」

平静を装った私の問いに、健太は「いや、別に」とだけ言って、静かにキッチンへと消えていった。

その背中が、どうしようもなく寂しげで、小さくて、愛おしくて。…私は涙が出そうになるのを、必死で堪えた。

▶NEXT:12月5日 火曜更新予定
瀬尾さんと再会。そして関係は急展開する!?