元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

先週、元彼・恵介と再会し、笠野への気持ちを固めた奈緒だが、笠野はアメリカに帰国することが決まっている。二人はどうなるのか?




カチッ、カチッー。

時計の針の音が正確に響く。

笠野の出発が、刻一刻と迫っている。

奈緒は、3日前に笠野とちょっとした言い合いになって以来、彼と連絡を取っていない。

先日、笠野から告白され、嬉しかったのも束の間。冷静になり、はたと現実問題に直面した奈緒は、色々と確かめておきたくて笠野に電話したが、彼のはっきりしない態度に怒ってしまったのだ。

次に会えるのはいつになる予定か、一生アメリカで生活するつもりなのか、真剣に聞いているのに、笠野は曖昧な返事ばかり。

「あなたとの今後を真剣に考えてるのに…!」

苛立った奈緒は、そう吐き捨てて一方的に電話を切ってしまった。しかし、その後も泣きながら彼との将来を考え続けた。

涙が枯れるほど泣いた後、奈緒はハッとした。

-怒ったり、泣いたり、こんなに感情的になったのは初めてかも・・・。

今まで、何か問題が発生すれば「この人とは合わない」と別れ、次の恋人探しを繰り返してきた。

恥ずかしいことに、自ら歩み寄る努力も、相手との将来で悩んだりすることもなかった。

しかし、今回は違う。笠野との将来ばかり考えている。

そんな変化に奈緒自身が一番驚いていた。そうして奈緒は、笠野がいかに特別で、自分を変えてくれた存在であるかを思い知った。


奈緒は笠野に思いを告げられるのか・・・?


一緒にひいたおみくじへの祈り


「お先に失礼します!」

何とか仕事を終えた奈緒は、コートとバッグをつかみ、オフィスを飛び出す。

想定外に仕事が立て込んでしまい、出発は予定より大幅に遅れてしまった。

人混みをかき分け、急いで電車に乗り込み、羽田空港へ向かう。

電車に乗っている間、鎌倉でひいた大吉のおみくじを握りしめながら、彼になんて言おうかずっと考えていた。

ようやく羽田空港に到着したのは、出発の1時間前。出国手続きなどを勘案すると、ギリギリの時間だ。

到着した奈緒は出発ロビーに走って笠野を探すが、姿が見当たらない。

ー遅かった…?

奈緒は絶望的な気分になり、勝手に目頭が熱くなるのを感じた。




「奈緒ちゃん」

その時。背後から、奈緒が一番聞きたかった声が聞こえた。振り向くと、そこに笠野が立っていた。

-会えた・・・。

安心したものの、ポタポタと溢れる涙を堪えきれず、何も言えずにいると、笠野が奈緒を抱き寄せ、頭を撫でながらこう言った。

「これで、アメリカへの未練は完全に消えたよ」

「え・・・?」

不思議そうに奈緒が見上げると、笠野は奈緒の涙を手で拭い「かわいいなぁ」と言いながら顔を近づけ、唇と唇が触れ合った。

奈緒は、笠野の腕の中で彼の温もりを感じながら、喜びや愛しさ、寂しさや切なさなど、様々な感情が寄せては返していく。

-このまま時間が止まればいいのに。

彼の胸に顔をうずめ、離れたくない、そう思っていた時。笠野が身体をゆっくりと離し、奈緒の目をじっと見つめながら言った。

「そろそろ行かないと。あとで読んで」

奈緒の前には、白い封筒が差しだされた。

「え、手紙?・・・わかった」

咄嗟のことに何と返せばいいかわからず、頷くことしかできない。

受け取った手紙を手に持ったまま出発ゲートまで笠野を見送り、いよいよ最後のお別れがやってきた。

「いつでも奈緒ちゃんのこと想ってるからね。じゃあ」

それまで握っていた奈緒の手を離し、笠野は出発ゲートの中へと歩いて行った。

その背中を見つめながら呆然と立っていると、彼は最後に振り向き、手を振りながらウィンクした。

最後は笑顔で見送りたくて、涙を堪えながら奈緒も精一杯の笑顔を作ったが、その背中が視界から消えた瞬間、どっと寂しさが押し寄せてきた。

涙がとめどなく溢れでる。

自分の選択は正しかったのだろうか。そればかりを何度も考える。

どれくらいの時間、立ちつくしていたのかわからない。

ようやく涙が収まってきた頃、ひとまず心を落ち着けてから手紙を読もうと、空港内のカフェ『テイルウィンド』に入った。

温かい紅茶を飲みながら、ふぅっと深呼吸して手紙を開く。

白い封筒に丁寧に折りたたまれた紙。開くとそこには初めて見る、笠野が書いた文字が並んでいる。

綺麗で、几帳面で、丁寧な文字たち。その一文字一文字でさえ、愛おしくてたまらない。

気を抜くと、また涙が溢れそうになるが、ぐっとこらえて手紙を読み始める。

そして、そこに書かれていた内容に奈緒は驚いた。


笠野からの手紙に書かれていた内容とは・・・?


私になくて、彼女たちにあったもの。


奈緒ちゃんへ

この手紙を読んでくれているということは、奈緒ちゃんは僕と付き合うことを決めてくれたんだね。ありがとう。

初めて奈緒ちゃんと出会ったのは、結婚パーティー。

会場で奈緒ちゃんを見て、かわいいなぁと思った。パーティーの後、移動して一人で飲んでいたら、酔って寝てしまった先輩を必死に介抱する奈緒ちゃんを見かけた。

「もう!」と言いながらも、先輩にコートをかけたり、お水を飲ませたり、健気に働きまわる奈緒ちゃんがかわいくて、気づけば目で追っていた。

デートするようになり、僕がストレートに思いを伝えると、頰をぽっと赤くして恥ずかしそうにする姿はとても魅力的で、抱きしめたいほどかわいかった。

まぁ、抱きしめちゃったけど。

今言えること。それは、奈緒ちゃんが好き。その事実だけだ。

出会ったのが偶然だとしたら、次は意思を持って進んでいかなければ二人の関係は築けないと思うんだ。

だから今回、もっと時間を共にしたいって思って告白した。

話は逸れるが、僕の実家はレストランを営んでいて、都内にも店舗がいくつかある。

僕が会社を継ぐことになるんだけど、まだまだ先のことだしと思って、呑気にアメリカ生活を謳歌していたんだ。

しかし、最近父親の病気が発覚し、今回の出張で家族と今後について色々と話し合った。奈緒ちゃんと出会った夜、憂鬱だったと言ったのはこのことだ。

僕は、来年の4月から家業を継ぐ。アメリカで仕事を整理した後、来年2月には日本に正式に帰国する。

だから、3ヶ月間だけ待って欲しい。3ヶ月後、奈緒ちゃんのもとに必ず戻ってくるから。

奈緒ちゃんに付き合って欲しいと言った時、この前電話で奈緒ちゃんが怒った時は、この話を言うべきか迷っていた。

でも僕は切り出せなかった。弱い人間だ。

”長期の遠距離恋愛”とハードルを上げたままでも、奈緒ちゃんが「付き合いたい」と言ってくれるかどうか、試すようなことをしてしまった。ごめんね。

ただ、僕もそれくらい真剣だって思ってもらえればありがたい。

早めのクリスマスプレゼントをここに同封しておきます。シカゴの冬は厳しいから心しておくように。

では、ごきげんよう。




-シカゴの冬・・・?

便箋の中を確認した奈緒は、思わず「わぁ」と声をあげた。そこには、12月30日発・シカゴ行きの飛行機のチケットが同封されていた。

奈緒は、くすっと笑いながら、さっきまでの涙とは違う、温かい涙が流れてくるのを感じた。



帰りの電車内で奈緒は、いつかデパートで見た「愛は意思」という言葉を思い出していた。

“恋”は始まりに過ぎない。“愛”に変えるには、お互いの意思が必要だ。

今までの自分には、意思がなかったのだと奈緒は思う。相手と幸せになろうとする意思が。

だから、相手を知る努力もせずに、恋のまま終わっていた。

でも、笠野との恋愛に踏みだした奈緒は、かつての自分とは違うのだと、心の中で唱える。

ー私には、彼と幸せになるために努力する意思がある。

-もう迷わない。彼と幸せになる。

決意を新たにした奈緒は、飛行機のチケットをぎゅっと握りしめた。

-Fin