「自分が思い描くプレー」を求めて徹底した自己管理を貫いた。それはクラブの伝説ともなった。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 ファジアーノ岡山DF、加地亮の引退記者会見。質疑応答の時間は45分間にも及んだ。その間、ひっきりなしに質問が投げかけられ、それに対して加地が真摯に、ひとつずつ自分の言葉で想いを伝えていく。その時間は『20年』という長いキャリアを物語るものだった。
 
 記者会見場にスーツで現われた加地は、すっきりとした表情で席に着いた。最初に彼の口から最後のキャリアを過ごしたファジアーノ岡山に対して、また長年のキャリアにおいて関わりのあった人たちへの感謝の気持ちが述べられる。その上で、引退を決断した理由を言葉に変えた。
 
「素直に、自分の思っているプレーができなくなってきたのも事実ですし、来年もう1年、責任と覚悟をもって頑張れるかということを自身に問いかけた時に、やれるという自信を持てなかったことで引き時かなと感じました。きっかけは夏場に怪我をして2か月くらい休んでいたんですが、そこから復帰した4〜5試合でなかなか自分の思うプレーと身体の感覚が合っていかなかったこと。以降もその感覚が戻らない状態がずっと続いていたのですが、そういうことも自分の中では大きかったと思います」
 
 加地の言う『4〜5試合』とは怪我からの復帰戦、途中出場でピッチに立った33節のヴォルティス徳島戦からフル出場を果たした37節・水戸ホーリーホック戦を指す。しかもチームの結果も伴わず、プレーオフ出場圏である6位以内を目指しながらも今季初の4連敗を喫した岡山は13位に後退してしまう。悔しさは大きく膨れ上がり、それは自分自身を見つめることにもつながった。
 
 それでも『引退』の決断は最後まで悩んだ。良き理解者である夫人にも繰り返し相談し、「引退するよ」と伝えてからも気持ちは行き来したと言う。それでもやはり、自分の気持ちに嘘はつけなかった。
 
「1〜2か月ならやれますが、1年という単位で考えなければいけないし、サッカー選手は試合を戦うことだけが仕事ではないので。試合以外のところですごく労力が必要ですし、いろんなことに気も遣います。つまり生活を含めたすべてでサッカーのために過ごさなければいけないので、それを1年間できるのかと考えたら難しいな、と。それにこれまでのサッカー人生で常に『自分はもっとできる』という気持ちで自分を信じてやってきたのに、その自分を信じきれなくなったというか……。もう1年、『自分が思い描くプレー』のために、生活を含めたすべてをサッカーに注ぎ込んで戦えると信じられなかったことが、最後の決断につながりました」
 
 加地の徹底した自己管理はサッカー界でも有名な話だ。練習前には誰よりも早くクラブハウスに到着し、湯船に浸かって身体を温めることから始まって、念入りに練習に向けた準備を行なう。ガンバ大阪で過ごした8年半では、加地より早くクラブハウスに到着した選手はいないという伝説を持つほどの徹底ぶり。
 
 初めての海外移籍となったチーバスUSA(MLS)時代も、生活習慣の違いからクラブハウスに湯船はなかったため、子供用の大きめのビニールプールを代用して自らお湯を張り、自身のルーティンを崩さずにケアを続けた。岡山でもそれは変わらず……いや、クラブハウスへの到着時間はG大阪時代の2時間半前を大きく上回り、「今シーズンは4時間前になっていた」と笑う。練習後もパーソナルトレーナーとともに足りない部分を補うトレーニングを行うなど、まさにサッカーに全身全霊を捧げた日々だった。しかもそれを長いキャリアにおいてほぼ毎日、欠かさずに、だ。それらすべてを力に変えて『自分の思い描くプレー』を表現してきたからこそ、それを1年間やり通す自信がないのならスパイクを脱ごうと決めた。
 
 ただ、そうしてやりきったサッカー人生だからこそ「現役への未練も悔いも、まったくない」と言い切る。しかも、その事実を幸せに感じているそうだ。
 
「すべてにおいてやり尽くしたから引退という決断ができる。もし何かやり残したと感じたことがあるなら悔いも残ると思うんですが、まったく悔いのない20年でした。ただ、この生活がなくなっちゃうのはなんか変な感じです。言葉で表現すると悲しいとも違うし、寂しいでもない。幸せな終わり方ができたなって思います」
 
 今後の活動についてはまだ定かではないが、いったんは大阪・箕面市で2011年から夫人が経営してきた『CAZI CAFÉ』で飲食業に力を注ぐ。そこでもおそらく、プロサッカー選手時代に得た財産のひとつに挙げた『人とのつながり』を大切に考えながら、この20年と同様に新たな人生を全力で楽しむことだろう。多くのサッカーファン、チームメイト、サッカー関係者、仲間を魅了した、人間味溢れる愛すべきキャラクターを携えて。
 
取材・文●高村美砂(フリーライター)