トロフィーを掲げる浦和レッズの阿部勇樹【写真:Getty Images】

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爆発した10年分の喜び。試合後はバックスタンド方向へ

 浦和レッズが10年ぶり2度目の、日本勢としては2008シーズンのガンバ大阪以来となるアジア王者を獲得した。満員の埼玉スタジアムで行われた、25日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦。後半終了間際に決まった、0‐0の均衡を破るFWラファエル・シルバのゴールを守り切り、2戦合計で2‐1のスコアでアル・ヒラル(サウジアラビア)との死闘を制した直後に、キャプテンのDF阿部勇樹(36)が図らずも流した涙の意味を探った。(取材・文:藤江直人)

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 誰もが必死になってキャプテンを探した。苦しみ抜いた末にアル・ヒラル(サウジアラビア)を振り切り、アジアの頂点に立った直後の歓喜の光景。埼玉スタジアムのピッチのいたるところで、浦和レッズの選手たちが笑顔を輝かせたなかで、DF阿部勇樹の姿だけが見当たらない。

 初めてアジアを制した10年前にも主審を務めた、ウズベキスタン人のラフシャン・イルマトフ氏が試合終了を告げるホイッスルを埼玉の寒空に響かせる。その瞬間に両手を天へ突きあげ、10年分の喜びを爆発させた36歳はピッチの中央ではなく、バックスタンド方向へ近づいていった。

 狂喜乱舞するファンやサポーターと万感の思いを分かち合い、右手で作ったガッツポーズを何度も繰り出している。そこにいたのかと言わんばかりに、ようやく阿部の姿を見つけたDF宇賀神友弥やMF青木拓矢、MF梅崎司らが次々とタッチライン際まで駆け寄ってきた。

 一人ひとりと力強く抱き合った阿部の瞳は潤んでいた。何度も何度も目頭をぬぐっても、込みあげてくるものがあったのか。涙の意味を問われた試合後の取材エリア。ピッチを離れれば驚くほど寡黙で、究極のシャイだと自負する男からは、ある意味で予想通りの言葉が返ってきた。

「わからないです」

 このときも照れ笑いを浮かべていた。もっとも、表彰台の真ん中で、キャプテンとして優勝トロフィーを真っ先に掲げたときの心境を聞けば、涙腺が決壊しかけた理由が伝わってくる。

「やっぱり嬉しかったですよ。スタンドでみんなが喜んでいる顔が見えるから。選手たちの笑顔もそうですけど、真っ赤なサポーターの笑顔を見るのが一番心に響くので」

 おそらくは優勝が決まった直後に、自身が託されていた右センターバックの位置から、最も近いスタンドの近くに行きたい思いに駆られたのだろう。チームメイトたちよりも、真っ先にスタンドをチームカラーで染めてくれたファンやサポーターの顔が見たかった。

 いまも親しみを込めて選手たちから「ミシャ」と呼ばれる、ミハイロ・ペトロヴィッチ前監督がレッズを率いることが決まった2012年1月。当時イングランド2部のレスター・シティーへ契約の解除を自ら申し出て、約1年半ぶりに古巣レッズへ復帰した。

「ミシャと一緒にサッカーをやりたいという思いで、イギリスから帰ってきた」

 復帰した理由を後にこう語っている阿部は、ペトロヴィッチ前監督からキャプテンに指名され、2011シーズンにJ2降格に危機に直面していたレッズの再建へ向けて走り出した。そのときから幾度となく「成し遂げる」というキーワードを口にしてきた。

ACL優勝後、頂点が見えかけては遠ざかる状況が続いた

 2007シーズンにACLを制して以来、レッズはタイトルから遠ざかっていた。ちょうど阿部がジェフユナイテッド千葉から完全移籍で加入したシーズン。セパハン(イラン)との決勝第2戦では、腰痛を押して強行出場し、試合を決める2点目を叩き込んでいる。

 しかし、頂点が見えかけては遠ざかる状況が続いた。2013シーズンのJ1は最後の3試合ですべて大量失点を喫し、3連敗とともに優勝争いから脱落して6位にまで転落した。1‐3で敗れた川崎フロンターレとの第32節、2‐5と惨敗した最終節の舞台は、ともに埼玉スタジアムだった。

 2014シーズンは勝てばJ1優勝が決まる第32節でガンバ大阪に屈し、最終節でも名古屋グランパスに逆転負け。くしくも同じ埼玉スタジアムで喫した2つの黒星が大きく響き、結果としてガンバの逆転優勝をアシストするかたちとなった。

 ショックを引きずるかのように、2015シーズンは水原三星(韓国)とのACLグループリーグ初戦、ガンバとのゼロックス・スーパーカップと連敗。さらにACLグループリーグでブリスベン・ロアー(オーストラリア)にも苦杯をなめた3月4日の夜に、阿部はある行動に出ている。

「まず勝たなきゃだめなんだよ! オレたちやるから! だから一緒に闘ってよ!」

 埼玉スタジアムには失望感が充満し、ゴール裏のスタンドを赤く染めたファンやサポーターからはブーイングや厳しい言葉が浴びせられていた。試合後の挨拶を終えて、ロッカールームへ戻ろうとしていた選手たちから離れた阿部はゴール裏のスタンド前へ向かった。

「とにかく、1勝しなきゃ始まらないんだよ! 次は絶対に勝つから!」

 声が届かないと感じたのか。スポンサーボードを乗り越え、スタンドの真下まで移動した阿部は涙で両目を潤ませながら、右手の人さし指を立てながら思いの丈を熱く訴えた。

 人さし指には「1勝」だけでなく、「ひとつになろう」という思いも込められていたのだろう。果たして、3日後の3月7日に開幕したファーストステージを、レッズは12勝5分けの無敗で制している。ターニングポイントとなった魂の叫びを、阿部は照れながらこう振り返ったことがある。

「あそこでバラバラになるのが嫌だった。僕たちはプレーでしっかりと見せる責任があるし、サポーターも一緒に戦っているからああいう(ブーイングや厳しい言葉)が出たと思っていたので。サポーターには熱い思いを言ってもらえたし、僕たちの思いも伝えないといけなかった。いろいろとあったというか、コミュニケーションを取れたという点ではすごくよかったと思う」

浦和のキャプテンは「阿部さんにしかできないと思います」(槙野智章)

 このときの阿部の行動を、選手たちはちょっと時間がたってからSNSなどを介して知った。驚くとともに、あらためて阿部の人間性に胸を打たれた。寡黙でシャイな男が見せるキャプテンシーを、「決して悪い意味ではないですよ」と断ったうえで、DF槙野智章がこう説明してくれたことがある。

「キャプテンらしいくないキャプテンだと思います。キャプテンは嫌われ者にならないといけないし、先頭に立って言葉や行動を発することも求められますけど、阿部さんというキャプテン像は、僕たちの個性を生かすためにまず好きなことをやらせてくれる。

 それでいて、チームがよくないとき、マイナスのときこそ先頭に立って、悪い気を吸い取ってくれるというか。いままでいろいろなキャプテンを見てきましたけど、浦和というチームの個性を生かすためには阿部さんがぴったりだと思うし、阿部さんにしかできないと思います」

 もっとも、ステージ優勝はタイトルにはカウントされない。2006シーズンを最後に遠ざかっているJ1制覇へ。準決勝から登場した2015シーズンのJリーグチャンピオンシップでは、ホームの埼玉スタジアムで戦えるアドバンテージを生かせず、延長戦の末にまたしてもガンバに屈した。

 2016シーズンも試練は続いた。歴代最多タイとなる勝ち点74を獲得し、年間総合順位でトップを取って進んだJリーグチャンピオンシップ決勝。敵地での第1戦を1‐0で制し、ホームでの第2戦でも開始早々に先制しながら、FW金崎夢生に2ゴールを奪われて逆転負けを喫した。

 2戦合計で2‐2の同点となり、アウェイゴール数の差で年間総合順位3位のアントラーズに下克上での優勝を許した。YBCルヴァンカップこそ制していたものの、FIFAクラブワールドカップ2016へ開催国王者として挑戦する夢は無残にも砕け散った。

「鹿島がクラブワールドカップでひとつひとつ勝ち、たくましくなっていく姿をテレビで見ていた。自分たちも鹿島のように、成長していかなきゃいけないと」

 アントラーズが日本勢として初めて決勝に進出し、クリスティアーノ・ロナウドを擁するレアル・マドリー(ヨーロッパ代表)と延長戦にもつれ込む死闘を演じる姿を応援しながら、槙野は悔しさを捲土重来の誓いに変えた。守護神の西川周作も、思いをシンクロさせている。

「ここぞというときに勝てないとずっと言われていましたけど、そこは自分たちの力でしか払拭できないと思っていたので」

9月以降に大きく変わった役割。主戦場はセンターバックに

 チームメイトたちがそれぞれの胸に秘めた思いを、阿部はすべて背負ってきた。迎えた今シーズン。開幕直後はまさに無双状態にあったレッズは、最下位にあえいでいた大宮アルディージャとのさいたまダービーで喫した4月30日の黒星を境に、急激な失速を余儀なくされた。

 サッカーの怖さとでも言うべきか。昨シーズンはリーグ最少の28失点だった堅守が脆くも崩壊し、J1戦線を折り返した17試合を消化して時点で29失点を計上してしまう。順位も8位にまで下げてしまった7月末に、ペトロヴィッチ前監督は解任された。

 バトンを受け継ぐかたちで、コーチから昇格した堀孝史監督は9月17日のジュビロ磐田戦から、前任者の象徴だった「可変システム」から、いま現在のハリルジャパンをほうふつとさせる「4‐1‐4‐1」に変更する大ナタをふるった。

 同時に阿部の役割も大きく変わった。前任者のもとではシステムを攻撃時と守備時で切り替える際のキーマンとなるボランチを長く担ってきたが、堀監督からはセンターバックとして、最終ラインをコントロールする役割を託された。

 初めて経験するポジションではない。それでも、シーズンの途中に、慣れ親しんだシステムとポジションを捨て去るのは決して容易なことではない。それでも、青木拓矢がアンカーに、遠藤航が右サイドバック、長澤和輝がインサイドハーフに配された新布陣を、阿部は縁の下で支え続けた。

 この姿こそが槙野をして「チームがよくないとき、マイナスのときこそ先頭に立って、悪い気を吸い取ってくれる」と言わしめた阿部の真骨頂となるだろう。内容よりも結果を重視する堅守速攻の戦い方は強豪がそろうACLで奏功し、激闘の連続の末についに頂点に立った。

「ACLという大会に限っては、今年は優勝というかたちになったのでよかったかなと思いますけど。この大会がすべてではないし、まだまだ続いていくので頑張らなきゃいけないと思っています

試合後に語った自分たちの責任と使命

 あふれんばかりの喜びを押し殺しながら、努めて冷静にACL制覇を振り返った阿部だったが、5万7000人を超える大観衆によって作られた、選手入場時のコレオグラフィーには心を震わされ、大一番へ向けてのモチベーションが駆りたてられたと感謝する。

「すごくいっぱいだな、すごく綺麗だなと思った。正直、毎試合これだけの人に入っていただきたいといのは、すごく贅沢な話かもしれない。でも、僕らがこの先もしっかり戦って進んでいけば、それも遠くない日に訪れるんじゃないかなと。それは僕らの責任でもあるし、使命でもあると思っている」

 表彰式でもベンチ入りした他の17人の選手、堀監督以下のコーチングスタッフに続いて最後で登壇した。どこまでも黒子に徹する阿部が、アジア制覇の喜びに浸るのも一夜限り。平川忠亮とともに、前回のACL優勝を知る伝道師にもなったいま、立ち止まっているつもりはない。

 J1戦線に目を向ければ、10月の段階で優勝の可能性は消滅。来シーズンのACLで連覇を狙うこともかなわない状況になった。

「この先につなげていかなきゃいけない戦いが、この先に待っている。先を見すえながらやっていかなきゃいけない、という責任もあると思っているので」

 ACL決勝の関係で分離開催となる、29日の川崎フロンターレ戦を含めたJ1の残り2節へ。そして、アラブ首長国連邦(UAE)で6日に開幕するFIFAクラブワールドカップ2017では、アル・ジャジーラ(開催国代表)とオークランド・シティ(オセアニア代表)の勝者と対峙する9日の準々決勝をクリアすれば、12日の準決勝ではレアル・マドリー(ヨーロッパ代表)と対戦できる。

 愛してやまないレッズを、名実ともに日本およびアジアを代表するビッグクラブに導くために。図らずも阿部が見せた涙にはファンやサポーターに喜びを届けられたという安ど感と、歓喜のACL制覇は通過点にすぎないという熱い決意が込められていた。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人