先日、歌手でタレントのベッキーさんがゲスト出演した、舞台『三途会〜私の人生は罪ですか?〜』を観劇した。お笑いタレントの今田耕司さんと作家の鈴木おさむさんによる舞台シリーズの第6弾で、“生”と“死”をテーマにした作品だった。

 渡ると死者になる言い伝えがある「三途の川」を目前にした5人が、誰が川を渡るかを決める三途会という会議を開く。そこでは、それぞれどういう人生を送ってきたかなどが話し合われ、渡るにふさわしい人を精査していく。

 ここで描かれたのは、現代が抱える社会問題だった。人を愛するということは何か、生きるという意味とは何か――、5人の人生に重ねて“人間の根幹”を映し出していた。

 よく本には、人は欲によって動かされるということが書かれている。自制心が働けば働くほど、その欲求は強くなるとも。そして、その自制心、タガが外れた瞬間、洪水のように欲求があふれ出し、周りが見えなくなるほど目の前に没頭しく――とも。

 衣食住の欲求が満たされた先は愛情や社会的欲求が生まれるとされている。更にその先は、自我や自己実現の欲求があるとされているが、いまの現代は“心”で悩んでいるように思われる。まだ成熟出来ていないとも。

 インターネットはそれを如実に表した。欲求のなかに「自我の欲求」がある。これは他人から尊敬されたい、自身の価値を理解してほしい、というものだ。現代、インターネット社会にみられる、他人への過度な要求や批判、コンビニエンスストアの冷蔵庫に入って写真を撮るなどの行為は、その表れかもしれない。

 世間ではどうしても、表面上のキャラクターにフォーカスする。俳優の誰が交際して、歌手の誰が別れて…など色恋が話題になる。誰君と誰さんが付き合っているらしいよ、学生時代の延長かもしれないし、先ほどの人間の欲求のなかに含まれているのかもしれない。

 ただ、彼ら・彼女らは色恋が本業ではない。表面上だけでなく、本業にも目を向けて欲しいと思うのだ。その出来事が結果、彼ら・彼女らの本業にどう影響を与えているのか、あるいは彼ら・彼女らは本業で何を伝えようとしているのか。

 ここで立ち止まり、考え直さらなくてはならない時期に来ているのではないかと考えることもしばしある。そうしたなかでの今回のテーマは考えさせられた。【木村陽仁】