AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝・第1戦の戦いを見るかぎり、浦和レッズが勝つのは難しいのではと考えていた。

 シュート数6対20、ポゼッション率は32.3%対67.7%。スコアは1-1ながら、そのデータが示すように、アル・ヒラルの猛攻にさらされた90分間は第2戦に向けて大いに不安をのぞかせるものだったからだ。


浦和レッズが史上初のホーム全勝で10年ぶりにアジア王者に輝いた

 しかし、今大会で全勝を誇るホームでの浦和は、まさに強者と呼ぶにふさわしい戦いを披露した。第1戦と同様に押し込まれながらも、決定的なチャンスをほとんど与えず、第1戦で奪ったアウェーゴールのアドバンテージを生かしながら相手の焦りを誘い、限られたチャンスを確実にモノにする。酸いも甘いもかみ分けた、したたかな戦いぶりで、10年ぶりとなる2度目のアジアの頂点に立った。

 第2戦に向けて浦和は、守備に明らかな修正を施していた。4-1-4-1の布陣から4-4-1-1、あるいは4-4-2とも言える布陣に変更し、ハイプレスを徹底。ほとんどFWのような位置でボールを追いかけたMF長澤和輝は「(興梠)慎三君と縦関係になりながら、相手のセンターバックとボランチにプレッシャーをかけて、パスの供給源をしっかり制限しようという狙いがあった」と振り返る。

 後方での守備を選択し、相手にいいようにボールを回された第1戦とは異なり、高い位置からプレスをかけることで、そのパスワークの精度を狂わせた。立ち上がりに二度、長澤が相手の最終ライン手前でボールを奪いフィニッシュに持ち込んだシーンがあったように、決して質が高かったとは言えないアル・ヒラルのビルドアップに対して、そのアグレッシブな守備は有効だった。

 試合を通してのポゼッション率は36.1%対63.9%と、第1戦とさほど変わらない。それでもボールを持たれながらも危険なシーンが少なかったのは、そのボール回しを窮屈なものとしたことが大きかった。

 むしろ浦和が苦しんだのはパスではなく、ドリブルだった。両サイドハーフのサレム・アルダウサリとナワフ・アルアビドの突破、あるいは右サイドバックのモハンメド・アルブライクの果敢な仕掛けにより、浦和の守備組織はわずかに隙を見せたが、それでも集中を保ち、瀬戸際で身体を張り、致命傷を負うことはなかった。

 第1戦でアウェーゴールを奪っていたことも大きかった。0-0でも勝てる状況は、時間が経つにつれて相手の焦りを誘った。単発での攻撃が増え、点が奪えない苛立ちからラフプレーによる警告が増加。そして79分、アルダウサリが2枚目の警告を受けて退場になる。これで、勝負はほぼ決したと言っていい。

 退場でひとり少ないなか、バランスを崩してでも攻めてくる相手を浦和は余裕を持っていなし、88分、一瞬の隙を突いたMFラファエル・シルバが豪快に決勝ゴールを奪取。まさにシナリオどおりの展開で、浦和がアル・ヒラルを一蹴した。

 振り返れば、今大会の浦和は「二面性を備えたチーム」だった。ペトロヴィッチ前監督が率いたラウンド16までは、圧倒的な攻撃力を武器に、まるで殴り合いのような展開で難敵を次々に撃破した。一方で、堀孝史監督が率いた準々決勝以降は、辛抱強く耐えしのぎ、泥臭く勝利を手に入れた。とりわけ準決勝、決勝は、いかに隙を見せないかがテーマとなっていた。

「チームとして、割り切ってやっていた」と、DF遠藤航は振り返る。

「(興梠)慎三さんとかは物足りなさを感じているだろうし、今は距離感も遠くなっているので、ミシャ(ペトロヴィッチ監督)のときのほうがいい攻撃ができていた。ただ、監督の要求に対して選手がそれを表現できるか。そこが今大会ではうまくいったと思う」

 遠藤がそう指摘するように、とりわけ攻撃陣にとっては厳しい戦いだったかもしれない。多くの時間帯で守備に追われ、攻撃時には前線で孤立してしまうサッカーは、決して楽しいものではないだろう。

 しかし、この試合でFW興梠慎三は前線からの守備を怠らず、途中から左サイドハーフに回れば、時に最終ラインの位置にまで下がって相手のサイド攻撃に対応した。

 あるいは、MF柏木陽介もそうだろう。卓越したパスワークと周囲との連動で局面を打開する術(すべ)に長(た)けるこの司令塔にとって、その特長を出しづらい状況は苦しいものだったはずだ。それでも相手に執拗にプレスをかけ、本来は出し手であるはずなのに、限られたチャンスではカウンターの受け手となって相手ゴールに迫った。

 サッカー人たるもの、それぞれが理想とするスタイルを備えているはずだ。そこには譲れないこだわりもあるだろう。しかし、時にそれを捨て、現実に徹することも求められる。浦和の選手たちには葛藤があったかもしれない。それでも、アジア制覇という大きな目標に向けて一致団結し、現実路線を貫いた。

「ミシャだったらタイトルは取れなかったかもしれない」

 DF槙野智章はそう振り返る。

 たしかに、ペトロヴィッチ監督の攻撃スタイルは、強力なタレントを備えた準決勝の上海上港や、決勝のアル・ヒラル相手には破綻していたかもしれない。一方で槙野はこうも言う。

「堀さんだけでも取れていなかった。ふたりの指導が合わさった結果のタイトルだと思う」

 理想だけでは勝ち取れない。現実だけでも成り立たない。ふたりの指揮官がつないだ、10年ぶりのアジア制覇だった。

◆スペインの知将が下した、欧州遠征「日本代表16名」のガチ評価

■Jリーグ 記事一覧>>