難関資格の筆頭格である、公認会計士。

―高収入、堅実、転勤なし。

そんな好条件を難なくクリアする”勝ち組”であり、東京の婚活市場においても人気が高い職業の一つである。

しかし彼らにも、悩みはある。

サラリーマン会計士から、念願の独立開業を果たした隆一は、大学時代の友人、神宮と手を組み共同経営という形で事務所経営を軌道に乗せることに成功した。

その一方、ユキは隆一との将来に不安を覚え、保険として複数の男性と接触し始める。

成功し始め浮足立つ彼氏に、業を煮やしたユキが結婚を迫るのだが、隆一は返答に窮してしまう。ユキは、泣き出しその場から去ってしまったのであった。




少しずつ崩れる歯車


神宮と組んでから、経営はすこぶる順調だ。取引先を次々と獲得し、急成長中である。

共同経営者という形ではあるが、別個の部署を設け、お互いあまり干渉せずに活動をすることが多くなった。

神宮はメディアでインタビューに掲載される形で顔を広く売っている。一方の僕は、専門書や経済誌への執筆といった業務を中心に、事務所の存在をアピールするスタイルを取っている。

業種に特化したサービスを打ち出し、徹底的にメディアに露出するという神宮の方針が功を奏した形だ。個人的にはあまり好きなやり方ではないが、結果が出ている以上、口出しはできないというのが本音である。

唯一の気がかりと言えば、ユキのことだ。

約1ヵ月前、泣き出して店を飛び出してから連絡を取っていない。当然、結婚のことは考えているが、いまは経営に専念したいというのが本心だ。

ユキは自分の気持ちを理解してくれているのかと思っていたので、残念だった。そんなこともあって、あの時追いかける気が起きなかったのである。

―しばらく、距離を置いた方がいいな。

そう決め込み、仕事に邁進することを心に決めたのであった。


経営者、隆一としての新た悩みが…!?


成長することに伴う痛み


経営者としての新たな悩みも生じ始めた。職員管理である。

サラリーマン時代は、上司の指示に従ってひたすら仕事に打ち込んでいた。特に大手の事務所にいたため、同僚に負けないよう忠実に指示をこなすことが当然であると思っていた。

しかし経営する立場になってみると、自分の常識は通用しないことに気づかされる。

注目を集め始めたとはいえ、まだまだ大手とは程遠い、小規模の事務所だ。ブランド力や給与水準の違いから、即戦力となるような人材を確保することが難しい。

そのため、職員教育を一からする必要が出てくるのだが、上手く伝達することができず何度もミスを犯してしまうため、自分がフォローに回らざるをえない。

怒るとすぐ辞めると言い出すため、叱り方にも注意が必要だ。プライドを傷つけないようにみんなの前では叱らず、個室で、なぜダメであるかを懇切丁寧に伝える。

一昔前のような、上司が一方的に怒鳴りちらかすようなやり方では、通用しないのだ。

最近では、神宮との経営方針に対する考えの違いから、僕と神宮の関係もあまり良くないのが現状である。部下の中には、北村派と神宮派で勝手な派閥を作っているようなことも耳にする。

サラリーマン時代の苦い経験から、派閥争いに巻き込まれるようなことはしたくないが、組織が大きくなってくるとそんなことにまで口を出していられない。

―成長に伴う痛み。

これも経営者としての試練だと思いながら、社内管理について日々悩むことになったのである。


悲劇は突然やってくるものである


それは、突然のことだった。

―今夜、会える?何時になってもいいから。

ユキからのLINEだ。

何時になってもいい?何かあったのか、と不思議に思いながらクライアントとの会食を早く切り上げることにした。

待ち合わせ場所は、丸の内『P.C.M Pub Cardinal Marunouchi』。東京駅と有楽町駅の中間であるこのお店は、遅い時間帯であっても、仕事帰りの丸の内サラリーマンやOL達が集い活気に満ちている。




10分ほど早く店に着いたが、ユキはもう席に座って待っていた。この前のような寂しそうな様子はなく、いつも通りの彼女の姿がそこにはあった。

久々に会うこともあり最初は少しぎこちなかったが、会食で少し酔っていたせいか、僕は自分の近況を話し始めた。

最近では雑誌のインタビューの対談も増え、自分もメディアに露出するようになったことを伝えたが、自慢話のオンパレードのようになってしまった。

淡々と話しを聞いている彼女は、時折、相槌を入れ笑みも浮かべていた。

経営者として、弱音を吐けない状況の中で、些細な愚痴をこぼせる数少ない人間がユキである。

そろそろ結婚する頃かな。この酔いの勢いに任せてプロポーズでもしようかとも内心ほくそ笑みながら思案していたところ、それまで黙っていたユキが口を開いた。

「実は、他に好きな人ができたの」


突然の告白に、隆一は・・!?


連鎖する悲劇


“別れ”はあっけないものだった。

彼女は、さよならと言い残してお店を去って行った。その表情に寂しさはなくすっきりとしていたが、あまり覚えてはいない。

好きな人ができたとは、どういうことなのだろう。自分と交際中に、他の男とも会っていたということなのか?

彼女が自分に相応しい相手だと思っていた。相手はいったいどんな男だ?自尊心が邪魔し、聞けなかった。

突然過ぎるこの出来事に、感情を形容する言葉が見当たらない。悲しいといえば悲しいのであろう。心に穴が空くとはこのことであろうか?

4年以上もの間を共に過ごした時間は、なんだったのだろうか。女は、長年連れ添った男をこうも簡単に捨てられるものなのか。

ふと湧き上がる怒りの感情と、冷静さを保たなければという自制心が対峙している。どこにもぶつけることのできない、行き場のないこの気持ちの対処法が見つからないのだ。

…気持ちを切り替えよう。

そう言い聞かせるしか、自分を慰める手段はなかった。




女性の扱いと同様に、経営というのも本当に難しい。

売上がなくても困るが、売上が急増すれば、それに対応するだけの人や資源が必要となる。両者のバランスを取りながら、最適な状態を保ち続けるよう努力しなければならない。

当然、理想の状態になり得ることはないが、現実を理想に近づけるための努力をしなければ組織として形骸化してしまうであろう。

起業してから、10年後残っている会社はごく僅かである。事業を継続できる会社はみな、たゆまぬ努力をしているのであろう。

全ての人間に平等に与えられている24時間という限りある資源。この時間と人とモノと金を駆使してこその経営者なのである。

そして、男女関係と同様に組織というものも、脆いものであるということを実感するのである。

その日もまた、突然の出来事だった。

クライアントとのミーティングを終え、事務所に戻り一息ついていた。従業員が50人を超えるこの大所帯の組織を束ねるのも、一苦労である。

でも、仕事しかない今の自分にはちょうどいいのかもしれない。

そのとき、複数人が近づいてくる気配を感じた。神宮だ。

「隆一、ごめん。」

そう言い放った神宮は、彼を筆頭とする事務所の主要メンバーを含む、およそ30名以上の連名にて退職届が提出されたのであった。

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次週、最終回。全てを失った隆一のこれからは…!?