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4億3000万円以上もの予算を投入した米海軍の「直感力強化」プログラム。そのブートキャンプ(軍隊式トレーニング)を追った。

■ニュータイプを育成? 米軍の本気「ガンダム

往年の人気アニメ「機動戦士ガンダム」には特異な能力を持った「ニュータイプ」というキャラクターが登場する。人並み外れた直感力や洞察力を有する人間として描かれていたが、なんと米海兵隊が、このニュータイプ能力を持った兵士を育成しようとしているのである。ネットメディア「デイリー・ビースト」は、情報公開で入手した米海兵隊の訓練マニュアルをひもといたところ、米海軍が米海兵隊員の直感力を高めるプログラムを開発していたことがわかったと報じた。

マニュアルは米海軍で技術研究をする海軍研究局(ONR)が所管しており、そのプログラム開発に日本円で4億3000万円以上もの予算をかけたという。表題は「直感強化のためのイニシアティブ」とされ、内容は「周辺環境におけるヒントを抽出し、そこにおける意味を解釈し、それをもっともらしいストーリーに組み立てて、つなぐための能力であり、これによって海兵隊員は脅威やチャンスを予測できるようになる」というものだ。

マニュアルでは、作戦展開している地域の情報を収集し脅威とチャンスを予想しろと述べている。例えば、1度目のパトロールでは喫茶店からこちら(米兵)を熱心に見ている2人の男性が2度目のパトロールでは段ボールを残して逃げていた――これをどう解釈するか? といった問答をさせる訓練。ヴァーチャルリアリティでアフガンなどの状況を再現し、小さな兆候から瞬時に判断する訓練をしているという。

要するにホラー映画「シックス・センス」に登場する霊感少年のようになるためのオカルト的な研究ではなく、ちょっとした出来事をうまく拡大解釈して先読みできるようにしようというものである。実際、ONRスポークスマンのボブ・フリーマン氏は、デイリー・ビーストの取材に対し「これは普通の人々がすでに持っている能力を改善する能力だ」と述べている。

また、最近の米軍における作戦立案でも直感で行動するメリットが重要視されているという。この背景には、戦いで勝つには、敵を上回る速さで矢継ぎ早に意思決定と行動を繰り返し、主導権を握って圧倒すべきだが、近年の戦略および作戦環境は複雑で不確実さが増しているため難しいというものがある。いちいちロジカルに考えていては相手に殺されるので、直感による行動が求められるということだ。

■脳内に通信可能なチップを埋め込む研究も

別のアプローチで直感を活用しようという動きもある。米国防高等研究計画局(DARPA)は、将来的に兵士の脳内にコンピュータと通信可能なチップを埋め込む研究をしており、脳細胞の電気・化学信号を送受信できるようにするという。これが実現すれば脳波だけでグーグル検索ができるほか、テレパシーのような会話も可能になる。「ガンダム」でも作中で、脳波でロボットを操作できる「サイコミュ」という装置が開発されたが、現実でも脳内からの通信でドローンや戦車を動かすことができるようになるかもしれないのだ。

このことが意味するのは今後は直感がより重視されていくということだ。なぜならば、あらゆる情報を瞬時に脳内に集約できるので、膨大な情報を処理するためには直感の活用が不可欠だからだ。論理的思考ではとても追いつかない。

積極的に直感を導入する米軍だが、人類はこうした直感力によって生き延びてきたという。外務省きってのインテリジェンスの専門家の北岡元氏は、その著書『仕事に役立つインテリジェンス』で「こうした直感は、とんでもない過ちを犯すこともあるが、素晴らしい結果をもたらす」と指摘している。

北岡氏によれば、インテリジェンスの世界では直感を「ヒューリスティクス」と呼び、情報機関でも盛んに使用されている。「ヒューリスティクス」は思考の積み重ねはせず、短い時間で正解に近い解を得る手段だ。「ヒューリスティクス」は物事を順序立てて結論を論理的に導く「アルゴリズム」とは違い、膨大な情報の中から、微細で広範なパターンを瞬時に認識し、分析するインテリジェンスの仕事には欠かせない手法なのだ。

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▼直感的思考(ヒューリスティクス)
最終的判断や評価まで一気に到達する思考の近道。短い時間で正解に近い答えを得る手段のため、突発的なトラブルが発生した際など、即座に経営判断が求められる場合には有効だ。その分、導いた判断が間違っている可能性がアルゴリズムよりは高く、リスクも大きい。
▼日本の旧来型思考(アルゴリズム)
思考の積み重ねで、最終的判断や評価に到達する手段。熟慮した分、判断を間違うリスクは低いので、重要経営判断を下すときなどに使われる。一方で時間がかかるため、参加者が疲弊するほか、機を逃す場合も。
 

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そもそも、人類自体がヒューリスティクスによって生き延びてきた。縄文人が大噴火や大津波を見たときに「はて、これはどういった現象だろうか」と考えていては死んでしまう。何も考えずに、てんでんこで逃げたからこそ今の我々がいるというわけだ。

北岡氏はいちいち、思考の積み重ねを行っていては、日常生活や会話が困難になると指摘する。例えば、「小池都知事についてどう思うか」と聞かれても「どんな経歴だっけ? 公約は東京をアニメランドにし、築地を守り、豊洲は生かすだっけ?」と長考に入ってしまい、相手を呆れさせてしまい、他愛もない会話すらできなくなるということだ。

■直感を科学的に取り入れた意思決定手法

他方で北岡氏は、こうしたヒューリスティクスの落とし穴についても「インテリジェンスの失敗の原因となりやすい。あらゆる分析過程で生ずるバイアスの原因」と警告する。思考の積み重ねも組み合わせた直感の欠点を補う分析手法の活用が大事だと指摘する。

実際、米国でのインテリジェンス研究の権威マーク・ローウェンソール氏は「米国のインテリジェンス組織は、9.11に至る過程では直感を軽視し、イラク戦争に至る経緯では直感を重視しすぎた」との趣旨を述べている。何事もバランスが大事というわけだ。

このように直感は様々な欠点があるものの、米軍やCIAのように日本でも活用されるべきだ。しかし、直感を科学的に取り入れた意思決定手法は日本企業では軽視される傾向がある。延々と会議が続いたり、稟議書をだらだらと回したり、昭和なやり方が根強い。

最新テクノロジーや認知科学による意思決定手法などを現実に適用する米軍だが、我々も彼らの思考方法から学び、日々の業務や勉強にもう少し直感を取り入れてもよいのではないか。最近、働き方改革という言葉が話題だが、直感に基づく意思決定や分析の導入は生産性の向上に結び付き、労働時間の削減と経済成長にもつながるだろう。人間の内なる直感を育て、活用するときが日本人にも来ているのだ。

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部谷直亮(ひだに・なおあき)
防衛アナリスト。一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構上席研究員。成蹊大学法学部政治学科卒業、拓殖大学大学院安全保障専攻博士課程(単位取得退学)。財団法人世界政経調査会 国際情勢研究所研究員等を経て現職。専門は安全保障全般。
 

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(防衛アナリスト 部谷 直亮 撮影=原 貴彦 写真=時事通信フォト)