国友やすゆき『ダブル〜背徳の隣人〜Α戞米本文芸社刊)

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『JUNK BOY』『100億の男』『幸せの時間』など、これまで数々のヒット漫画を生み出してきた、国友やすゆき。なぜ彼の漫画はサラリーマンに愛されるのか? 「ハーバービジネスオンライン」にて国友やすゆき氏本人へのロングインタビューも行った、ライターの真実一郎氏がその作風と、本質に迫る。今こそ読むべき、国友漫画の魅力とは?

 あなたが自分を「中年」だと自覚できる年齢の男なら、これまでに国友やすゆきの漫画を一度は読んだことがあるはずだ。1980年代の半ばから現在に至るまで30年以上もの間、国友は主にサラリーマンを主人公とした作品を大量に描き続けてきた。青年漫画誌で、あるいはオヤジ週刊誌で。そのうちのいくつかはスマッシュヒットとなり、アニメ化やドラマ化までされている。

◆国友やすゆきとは何だったのか

 そんな国友が、現在「週刊ポスト」に連載中の『愛にチェックイン』を最後に、筆を置くという。御年64歳。サラリーマンだったら現役を引退する年齢なので、不思議な話ではないだろう。存在することが当たり前だと思っていた国友やすゆきの連載を、もう読めなくなる未来がそこまで来ている。

 結局、国友やすゆきとは何だったのか。まるで読み捨てられる流行小説のように、誰もが読んでいたのに、誰もがその作家性を語らない。しかし、読み捨てられる流行小説のように、我々中年男の青春期から現在に至る過去30年の節目節目に、国友の漫画は栞のように確実に挟まっている。この機会に、改めて国友の軌跡を読み解いてみたい。

◆『JUNK BOY』が映し出すバブルの煌き

 1953年生まれの国友は、早稲田大学の漫画研究会で本格的に漫画を描き始めている。漫画研究会の先輩には『島耕作』シリーズで知られる弘兼憲史がいるけれど、大学時代は学年が離れていたため、交流はほとんどなかったという。1947年生まれの弘兼は、いわゆる「団塊の世代」であり、その作風に同世代感覚が色濃く反映されているけれど、その後の「しらけ世代」である国友には、そうした世代的なこだわりはほとんど見られない。

 大学卒業と前後して「少年ジャンプ」編集部に出入りするようになり、売れる漫画の描き方を徹底的に叩き込まれた国友。しかしヒット作には恵まれず、いつしか原作付きの漫画を流れ作業のように描くだけになっていた。画風も古臭い少年劇画タッチで、その多くは単行本化されていない。

 20代を長い低迷期として過ごした後に、国友は突然覚醒する。江口寿史の大ヒット作『ストップ!!ひばりくん!』のポップな絵に衝撃を受け、自らに江口を憑依させて大胆に画風を転換したのだ。そして『JUNK BOY』の連載を始める。出版社を舞台とした破天荒な新入社員の活躍を描くという、担当編集者が持ちかけたコンセプトを、国友は江口寿史タッチでスマート、かつエロく描き切り、一気に人気漫画家の仲間入りを果たす。

『JUNK BOY』が連載されたのは1985年から1990年という、まさにバブルの黎明期から絶頂期に重なる。華やかで自由なマスメディアの職場、活気あふれる大都会東京、今ではありえないセクハラの数々。遊ぶように働くことがイメージできた時代の、ギラギラと迸る欲望が、今読んでも紙面から立ちのぼってくる。

 主人公は最終回で新興メディア企業の社長になるけれど、それでも飽き足らずにアメリカに進出していく。国境を越えて肥大化する自我は、まさにジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた当時の日本そのものだった。

◆ポストバブルの諸問題を予見した『100億の男』

 1991年にバブルが崩壊すると、缶コーヒーのジョージアによる「やすらぎキャンペーン」が社会現象化するなど、<癒し>ブームが急速に日本を覆っていく。国友はまだ『JUNK BOY』路線の快活な仕事漫画を描き続けていたけれど、読者の支持を得られなかったという。