―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意し、運命の男・優樹に出会う。しかし晴れて結ばれた優樹に結婚の話はしたくないと断言され、麻里は撃沈する。そして、以前出会ったKY男・和也に思いがけず告白を受け、ランチデートを決行したが...?




「なに、彼氏?」

優樹からの突然の連絡に動揺する麻里に、和也は容赦なく突っ込む。

「いや、別に...」

必死に誤魔化して食事を続けようとするが、和也は不機嫌そうに麻里を見つめたままだ。

「別に隠さなくていいよ。彼氏のとこ行って来いよ。俺、別れるの期待して待ってるわ」

「な、なんで、そこまで...?和也くんだって、周りに女の子なんていくらでもいるでしょ?それとも、私のことからかって楽しんでるの?」

和也のあまりに理解ある発言に、自然と懐疑心が湧く。特に港区界隈では、男の妙に甘い発言は要注意なのだ。

「まぁ、出会いはあるっちゃあるけど。何かもう、遊ぶのとか飽きたし。それに“いいな”って思う女、そう簡単にいねーじゃん。そうだな...お前が年内婚約めざしてるなら、俺は年内破局を待ってみるかな」

「年内破局、ですって...?」

麻里が思わず顔を歪めると、和也はプッと吹き出し、ケラケラと笑い始めた。

「その顔。なんか麻里って、表情豊かで面白いんだよな」

―あれ...?

そのとき麻里は、不意打ちを食らったように、ドキっと胸が高鳴った。

そういえば、いつも憎まれ口を叩き合っていた和也の無防備な笑顔を見たのは初めてで、それは予想外にとても可愛かったのだ。


ほんの一瞬、麻里の気持ちは和也に傾いた気がしたが...?


婚活女の行く手を阻む、ムダに一途な女心


「麻里ちゃん、ひさしぶり...」

六本木一丁目のカフェ『ランディ』で久しぶりに再会した優樹は、まるで捨て犬のような瞳で麻里を見つめた。




離れていたのはたったの10日くらいだが、それまでほぼ毎日一緒に濃密な時間を過ごしていたため、二人の間には、気まずくよそよそしい空気が流れる。

「この前は、俺もムキになっちゃって、本当にごめん...。もう麻里ちゃんに嫌われたと思ったら、なかなか連絡できなくて...」

今日の優樹には『アビス』のデートで見せた不機嫌さは微塵も見当たらず、麻里の大好きな柔らかで謙虚な雰囲気を纏っている。

つい先ほどは和也にトキめいた気もしたが、やはり優樹はレベルが違う。ただその姿を前にするだけで、息苦しいほど胸が激しく締めつけられるのを実感せずにはいられなかった。

「優樹くんを嫌うなんて...。むしろ、私の方が嫌われたと思ってた」

素直に胸の内を吐露してしまうと、麻里の目には自然と涙が浮かぶ。

不安定な心を紛らわすために食事会に参加し、和也とランチなんてしていたが、麻里が心の底から欲しているのは、やはり優樹なのだ。

「俺が麻里ちゃんのこと嫌いになるわけないよ...!悲しい思いさせて、本当にごめんね。でも...」

テーブル越しに、優樹は麻里の手を両手でそっと包み込む。その体温が、愛しくて堪らない。

「やっぱり......結婚......に関しては、今は具体的に話したくないっていうか...。まだ付き合ったばっかりだし、もう少し今の状態を楽しめないかな?」




麻里はうまく返事ができず、沈黙が流れた。

しかし、付き合ってたったの数週間で結婚の話を持ち出すなど、元々かなり図々しく、リスキーな行為だったのかもしれない。

優樹を心から愛しているのならば、その想いを汲み取り、歩み寄るのが正しい判断だろうか。

それに、きちんと信頼関係を築けば結果はおのずとついてくる...と思いたくなるのは、間違いだろうか。

「もちろん、俺も麻里ちゃんの気持ちはそれなりに分かったつもりでいるよ。でも、麻里ちゃんがすぐに結婚したいとしても、これからまた彼氏を探して結婚するまでそれなりに時間がかかるでしょ?

そうしたら結局、俺が考える時間と、さほど変わらないんじゃないかな...?」

論理的に説得しながらも、優樹は怯えたような目を麻里に向ける。

彼が自分を想ってくれる気持ちは、おそらく本物なのだろう。

それに、実は“結婚を前提に付き合って”なんてオファーをくれた和也の存在はさておき、いずれにせよ、他の誰かと結婚するまでに時間がかかるのも事実である。

「......うん、そうだね」

やっと答えた瞬間、優樹は麻里の身体を強く抱きしめた。

麻里は彼の温もりに幸せを感じる一方で、小さな違和感が心の隅に疼くのを必死に無視した。


感情に流された麻里に、親友から驚きの報告が...!


男の信頼度は、言葉より行動?


「麻里......本当にそれでいいの?なんか、ちょっと優樹くんに振り回されてない?結局、麻里が彼に合わせるだけってことよね」

グランドハイアット東京の『オークドア』に急遽集合したみゆきは、怪訝な表情で麻里に問う。




「別に、振り回されてなんて......」

「優樹くんと完全に切れとは言わないけどさ...、年内婚約を目指すなら、必要以上に一途になることもないんじゃない?せっかく和也氏とイイ感じになりそうだったのに...」

みゆき曰く、先日の食事会での和也の介抱は、かなりポイント高めだったという。

和也は泥酔した麻里の愚痴に根気強く付き合い、何度も水を飲ませながら温かく見守ってくれていたそうで、そんな彼の姿にみゆきは胸を打たれたそうだ。

「高飛車で嫌味な奴だと思ってたけど、なんか......男の信頼度って口先より行動だって思ったのになぁ」

親友のしんみりとした口調に、麻里の心はチクチクと痛む。

彼女の助言は頭では理解できるが、それでもやっぱり本能的に追い求めてしまうのは、和也ではなく優樹なのだから仕方がない。

「あ、ちなみに報告なんだけどね。私もとうとう彼ができたの。ちゃんと結婚の意志も確認して付き合うことになったわ」

「えっ...!そうなの?!相手は誰?」

「恥ずかしいんだけどさ...実は、同じ事務所の弁護士先生。前にも告白されたことがあったんだけど...麻里、この話覚えてる?」

急にモジモジと照れ始めたみゆきの仕草に、麻里は昔、彼女が“身の程知らずに私を口説く先生がいる”と苛立っていたことを鮮明に思い出す。

結婚願望のないアフロ氏と終わった後、みゆきは早々に方向転換していたようだ。

「ま、まさか......。みゆきが前にキレてた、冴えない太った弁護士じゃないわよね...?」

「それが、まさかの彼なの」

ペロッと舌を出して微笑んだみゆきに、麻里は言葉を失った。

―あんなにディスってた男と、付き合うの...?

そして、結婚という目的のために理想より条件を選択できる女というのは、ある種の“才能”の持ち主であると痛感せずにはいられなかった。



「和也くん、ごめん...。私、結局彼と仲直りしたんだ...」

その夜、麻里は優樹とのことを正直に報告すべく、和也に電話をした。

「...あ、そう。ご丁寧にどうも」

「こちらこそ...酔っ払いに付き合ってもらったり、ランチまでご馳走になっっちゃったし、何だか...ごめんなさい」

「謝るなよ。まだ分かんないじゃん。俺の目標は、お前の年内破局だから。まだ1か月あるし」

和也はいつもと変わらぬ口調で、ぶっきらぼうに言い放った。失礼な発言には違いないのに、麻里はなぜだか、じんわりと胸が熱くなる。

「まぁ、そいつと幸せになるなら祝福するし、わざわざ邪魔なんかしないけど。でもさ、また何か嫌なことがあったら連絡して。年内は待ってる」

「...ねぇ、何なの?そのムダな包容力......」

「...何でかな。自分でもよく分からんけど、なんか、お前のことは放っておけないんだよ」

またしても、胸がキュンと小さく高鳴った。

優しいのか、KYなのか。よく分からない和也に思わず口元が緩みながらも、しかし麻里は、静かに電話を切った。

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不毛な関係を自ら選んだ麻里。それは想像以上に辛い選択だった...?