疲れていないのに疲れたように見せる方法

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■必ず年に1回「大病」をする人

仕事に気乗りがしない。そんなときには、疲れていなくても疲れたように見せて、仕事から逃れたい気持ちになることがあるかもしれません。

人は他人のどんなところを見て、その人が「疲れている」と思うのでしょうか。私のクリニックを訪問する「疲れている人」を診察すると、次のような特徴があります。

集中力が落ち、レスポンスが悪くなる。ミスが増え、普段できていたことができなくなってしまう。目が虚ろになる。居眠りをする。声も小さくなる。食欲は低下し、睡眠もうまくいかず、熟眠感が得られなくなる。そのため、週末は寝込んでしまう。また、精神的には、物事をネガティブに考えるようになり、自己否定が強まる。つまり、うつ的な症状が見られるようにもなるのです。

こんな「疲れ」の症状を見事に演じることができれば、「疲れたように見せる」ことも可能かもしれません。

知人から、こんな「仕事ができる人」の話を聞いたことがあります。その人は、必ず年に1回「大病」をするらしいのです。大病といっても、慢性疾患は持っているものの、休むほどの症状があるわけではない。しかし本人は「疲れているし、仕事はできない」と主治医に申告して、診断書を出してもらう。その間に旅行をしたり、リフレッシュの機会にする。その人は、これでむしろよい仕事をして、出世をしたそうです。「疲れ」の見せ方、使い方に長けた、したたかな人だったのかもしれません。

ただし、ふつうの人が疲れたように見せようと演技することは、かえって自分自身を本当にくたびれさせてしまうおそれもあるので、お勧めできません。「疲れ」というものは、自己暗示によってかえって増大してしまうことも少なくないからです。

■「労働」か「仕事」か、それとも「活動」か

そもそも「疲れ」とはなかなか測定できないもの。この人は疲れているな、と他人からもわかる疲れと、本人が感じている主観的な疲れとは、必ずしも一致するとは限りません。

この「主観的な疲れ」は、やりたくないことをやらされているときに、いっそう大きくなります。人間は、仕事などを不本意ながらやらされていると、実際の疲れ以上に疲れを感じるものです。疲れを感じている人は、まず「納得していないことをやらされているのではないか」と自分に問いかけてみてください。

哲学者のハンナ・アーレントは、「働くことには、労働と仕事と活動の3つがある」と語っています。「労働」とは人を消耗させる、できればしたくないもの。「仕事」とは、新しい価値をつくり出す創造的なこと。そして「活動」とは、社会に働きかけること。「仕事」と「活動」から、人は充実感を得ます。「仕事」や「活動」を楽しんでいる人は、肉体的には疲れていても、「疲れたように見えない」ことが多いものです。

もし、疲れたように見せたいという心理が、「やりたくないこと」を強いられているために生じているのならば、「疲れた」演技をするよりも、むちゃな労働を押し付ける会社やマネジメント側への正当なクレームを考えるのが、解決の本筋ではないでしょうか。

(精神科医 泉谷 閑示 構成=伊藤達也)