育児休業をした母親たちが1人で子育てをしているにもかかわらず、肩身の狭い思いをするのはなぜなのでしょうか(写真:YUMIK /PIXTA(ピクスタ)

「ワンオペ育児」という言葉が「ユーキャン新語・流行語大賞2017」の候補にノミネートされました。12月1日に今年の流行語大賞が発表予定です。『育児は仕事の役に立つ 「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ』を執筆した、浜屋祐子氏と東京大学大学総合教育研究センター准教授の中原淳氏に加え、ライフネット生命保険の創業者である出口治明氏が、日本の育児を取り巻く環境やワンオペ育児が流行語にならないための世の中作りについて話し合いました。

ホモ・サピエンスにワンオペ育児はありえない

浜屋:今年、「ワンオペ育児」がちょっとした流行語になりました。「ワンオペ育児」とは、育児や家事の大半を1人で、多くの場合母親のみが行う「ワンオペ(ワンオペレーション、1人作業)」になってしまっている状態を指しています。女性活躍が叫ばれ、育児や家事を当たり前のようにこなす父親も増えている一方で、まだまだ「ワンオペ育児」に悩み、仕事と育児、家事との両立で疲弊している母親が多くいます。

中原:流行語のようになってしまっているということは、現状はあまり変わらず、「ワンオペ育児」はなくなっていないという状況が続いているということになります。

出口:わたしは今ライフネット生命の経営から離れたので、あちこちから依頼を受け、講演をたくさん行っています。今日も企業で働く方々200人を前に講演してきました。テーマが「働き方の改革」でしたので、まずは「ワンオペ育児」や根強く信じられている「3歳児神話(子どもが3歳になるまでは母親が子育てに専念すべきという考え方)」を否定する話から入りました。

「みなさんは、上司と2人で24時間マンションの一室で仕事をすることに耐えられますか? 耐えられる人がいたら手を挙げてください」と、質問を投げかけるのです。

中原:いい質問ですね。

出口:誰も挙げないので、「ということは、みなさんは、母親が1人きりで育児をする、ワンオペ育児なんてありえない、ということがわかりますよね」と。

浜屋:なるほど、育児の話ではイメージしにくい方にも伝わる例えですね。

出口:「家族問題については、権威の先生が数多くおられますが、わたしの母校、ゴリラの研究で有名な京大の山極壽一総長も、そうした権威の1人で、もう20年以上前から家族の本を書いておられます。


左から浜屋祐子氏(現グロービス研究員)、出口治明氏(ライフネット生命保険創業者)、中原淳氏(東京大学准教授)(撮影:今井康一)

その山極先生が、ホモ・サピエンスの社会性は集団保育によって養われたということを、数十年前からはっきりとおっしゃっています。世界のまともな人類学者の中でワンオペ育児がいいなどと思っている人はおそらく皆無でしょう。」

「多数少数の問題ではなく、ホモ・サピエンスは集団育児で社会性を養ってきたというのが歴史的ファクトです」と、話しています。

中原:ホモ・サピエンスとしてワンオペ育児はありえないわけですね。日本でも、歴史的に見れば、専業主婦が家事も育児もすべて引き受け、「男は外で仕事をする、女性は家を守る」というスタイルが主流であったのは、戦後の経済成長期だけの一時的なことだったようで、専業主婦になった比率が最も高かったのは、1946〜1950年生まれ、今の60代後半から70代の女性たちです。

出口:わたしは、少子化対策の基本は、出生率を2.0までに回復させたフランスの「シラク3原則」(下表)の実行につきると考えています。この原則に照らすと、育児休業がキャリアの中断というのはおかしいし、ましてやランクダウンなどはあってはならないことです。

フランスでは育児休業は留学と一緒。賢くなって帰ってくるのだから、ランクアップしてあげてもいいくらいだ、という考え方です。「シラク3原則」にも「育児休業中は働いたものとみなす」という法文を入れてあり、10人中2番の人は、最低でも2番のまま戻れるということを、きちんと法制化している、というわけです。

中原:これは、素晴らしいですよね。


エピソードよりもエビデンス

出口:お2人が書かれたこの本は、「育児経験のある人のほうがマネジメントの仕事に興味を持つようになる」といったことを、きちんとした調査を踏まえたデータで示しているところがすばらしいと思いました。僕はいつも「エピソードよりエビデンス」と言っています。

エピソードはいくら連ねても、反対のエピソードを同じ数だけ挙げられたら水掛け論になってしまいます。データできちんと示してあれば、反論のしようがないですから、説得力があります。やはりエピソードよりエビデンスだと思っているので。

浜屋:ありがとうございます。私には子どもが2人いるのですが、共働きで育児をする中で大変なことは山ほどある一方で、「これはマネジメントにつながっているな、仕事に役立つな」という実感もじわじわ芽生えてきたのです。実際、世の中を見てもそうした経験談は結構ありました。ですが、そのことをデータで示したものは探してもなかなか出てこない。そこで「ないなら、いっそ自分が作ろうか」と思い立ったのです。

データがあれば、人にも伝えやすいし、狭い当事者の世界で「育児って結構、仕事の役にも立つよね」と励まし合うことにとどまらず、もっと広い世界でも通じる言葉になるのではないか?という思いで中原先生の研究室をノックし、何とか入れてもらったというのが、研究を始めたきっかけです。

中原:データにこだわって書いているというのは、やはり経営者や経営企画、人事担当者に届けたいという思いがあったからです。やはり、数字を出して経営のロジックに乗せていかないと、会社の中は変わりません。経営者を動かすためには、この問題を、徹底的にデータと経営のロジックに「翻訳」していくことが重要なのです。

浜屋:「チーム育児」をする中で、パパとママで役割分担を決めたり、お互いの仕事の状況や子どもの体調などに合わせてスケジュールや役割を調整するなど「協働の計画と実践」を行うことや、親族、保育所、ベビーシッター、病児保育、ママ友やパパ友……など「家庭外との連携」を行うことが、リーダーシップの発達を含め、仕事上の能力向上にプラスの影響を与えている。「家庭外との連携」を自ら積極的に行った経験は、マネジメント的役割を担うことの魅力を認識することにつながっている、といったチーム育児の効果を多くの経営者の方々に知っていいただきたいのです。

中原:先ほどの「シラク3原則」についてなのですが、「3年間育児をやったら、3年間働いたこととみなす」という原則、とても画期的だと思いました。どうしても日本では、育児休業というと「ああ、休めていいね」といった反応になります。「いや、全然休んでるわけじゃないんだけどな……」と思うのですが。

出口:本当はその間にしっかりとキャリアを積んでいるんですけれどね。社会貢献活動ですしね。

浜屋:そして、国の制度としては「育児休業」なんですが、「育児休暇」という言い回しも結構用いられています。これはさらに、「休んでのんびりしている」というイメージですよね。

出口:育児を通して大事なことを学んでいるわけですから、いっそのこと「育児留学」にしたらどうですか?

浜屋:いいですね。次世代人材の育成を行う「育児留学」ということで。

中原:言葉って大切ですよね。

出口:そういえば、先日も、言葉って大事ですね、という話をしていました。NHKの中央放送番組審議会の大日向雅美委員長と2人で「敬老の日をなくそうよ」という話になったのです。

若者が高齢者を支える構図は間違っている

浜屋:「敬老の日」をですか。それはどうしてですか?

出口:今、日本の若い人に話を聞いたら、多くの人が「未来は暗い」と言うのです。その根拠は、これまでは若者10人で高齢者1人を支えていたのに、これからは若者1人が1人の高齢者を支える方向に向かっていきます。だから「暗いに決まってる」というわけです。

浜屋:少子高齢化が進むことで、若者には負担が大きくなっていく不安があるのですね。

出口:わたしはそもそも若者が高齢者を支える「Young Supporting Old」という考え自体が根本的に間違っていると思っています。人間は動物です。動物の中で、若者が高齢者の面倒をみている動物はどこにもいません。ヨーロッパでは、もう20年前から「All Supporting All」、みんなが社会を支えるという考え方に変わっています。


出口氏は沈む船から助けるべきなのは「子ども、女性、男性、高齢者」の順番だとも話しました(撮影:今井康一)

ですが、動物を見るとそれでもまだ足りません。動物の世界では高齢者が次の世代を育てています。

だから高齢者が若者を支える「Old Supporting Young」が正しい。そのためには、まず「敬老の日」をなくそう、と。大日向さんとお酒を飲みながらそんな話で盛り上がりました。これは高齢者しか言えないし、高齢者しかできないことなんです。

浜屋:お祝いされる立場にある高齢者にしか、ですか?

出口:これを若者が言ったら、年寄りが激怒するでしょ? でも、古希のわたしと、わたしより少し年上の大日向先生が言っても誰も怒らない(笑)。

浜屋:なるほど。あえて少し極端なことを言ってみることが効果的かもしれないですね。敬うという気持ちの部分は別として、社会で当たり前になってしまっているような思い込み、価値観に揺さぶりをかけるためには必要だと思います。

中原:確かに、言葉は大事ですよね。「敬老」という言葉はありますが、「子どもや若者を大事にしよう」という言葉はあまり、浮かんできませんしね。

中原:ところで、出口さんは育児についてどんなふうに関わっていらしたのですか?

出口:わたしの家族からは、「あなたみたいに何もしない人が育児の話をするだけで腹が立つ」と、叱られています。わたしはまあ、高度成長期はとにかく仕事人間でしたので、やはり忙しかったですね。今では本当にアホみたいな話ですが、だいたい夜は宴席を1日に3つぐらい入れていましたから。6時スタート、8時スタート、10時スタートと。

中原:一晩に宴席3回はつらいですね……。

出口:とはいえ、土日は絶対に仕事しないとか、夏冬2週間は必ず休んで、家族と一緒に世界を放浪するとか、そうしたルールは決めていました。

浜屋:それはすごい。どうやって会社に2週間もの休みの許可をもらうのですか?

出口:簡単です。先に変更のきかない格安の飛行機の切符を買ってしまって、「解約できない切符です」と言って上司に見せるのです。

浜屋:実力行使ですね(笑)。

出口:「俺が金払ってやるから、これでキャンセルしろ」とか言う根性ある上司はいませんでしたので。

浜屋:今とは時代も違い、お忙しかったかとは思いますが、そういう中にありながらも、オン・オフは意識して切り替え、ワークライフバランスを実践なさっていたのですね。

出口:わたしはワークライフバランスという言葉は使ったことがありません。いつもライフワークバランスと言っています。

浜屋:なるほど、ライフが先なんですね。

出口:ワークライフバランスという言葉を使うだけで、無意識にワークがベースになってしまいますからね。

中原:よく考えたら、ワーク+ノンワークがライフですよね。本当はワークとライフが対になるわけがない。

出口:だからライフを先に考えて、ついでにワークのバランスも考えるという順序です。人間は、言葉を紡いで思考するものですから、言葉は大切にしないと。世の中を変えていくのも言葉の力ですから、「チーム育児」とか「ワンオペ育児からチーム育児へ」といった造語は、とてもすばらしいですね。

中原:よかったです。数年前は「ワンオペ育児」という言葉はまだなかったのですが、子育てをプロジェクトとして見なそう、それをチームで実行しよう、というコンセプトは最初から念頭に置いていました。

ワンオペ育児が流行語になってはダメ

浜屋:「ワンオペ育児」の状況にある人は以前から非常に多かったです。新たに「ワンオペ育児」という言葉が用いられるようになったことで、あらためてその存在が浮き彫りになった。そして、人知れず大変な思いをしていた人が「私、ワンオペでつらいです」と言葉で訴えやすくなった部分があります。そういう意味では、一過性のことかもしれませんが、この言葉が流行ったことの意味は大きいと思っています。


中原:「ワンオペ育児」という言葉が流行って、「私、ワンオペなんです」と言えるようになったことは大きいと思うんです。ただし、それが「一過性の流行語」で終わってしまってはならない。あくまで「その先」が重要です。

くどいようですが、「ワンオペ育児、流行語だよね」で終わってしまってはダメなのです。これを「流行語」と片付けてはいけません。「その先、どうするの?」ということにこそ注目が集まる必要があります。そういう意味では、「ワンオペ育児」が注目を浴びるだけではダメなのです。「チーム育児」が流行語になる社会をつくっていかなければならないのです。

出口:じゃあ、「チーオペ」とか?

中原:チーオペ……。うーん、いまいちですね……。(笑)

出口:ごめんなさい、言葉のセンスがない。(笑)

中原:いえいえ、そんなことはありません。ですが、来年はぜひ「チーム育児」が流行語になってほしいものです。