禅寺で聞く、正しい姿勢と呼吸の持つ力
「禅とは、こだわらず、貪らず、偏らない、穏やかで平静な心の様相」
東京、椿山荘にて
このような教えのもと、多くの悩める人々の相談に乗ってきた住職がいると聞き、訪ねてみました。横須賀にある臨済宗建長寺派の独園寺は、江戸時代初期に開山し、以来、地元の人たちに代々親しまれている居心地のいいお寺です。
住職の藤尾聡允さんはかつて銀行に勤務しており、シンガポールやタイなど海外駐在も長く、なんとニューヨークではかのワールドトレードセンター内の支店に勤務していたそう。そんな経歴もあってか、藤尾さんのもとには、悩める人はもちろん、経営者やビジネスマン、そして禅の教えを求めて世界中から多種多様な人が集います。キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などさまざまな宗教を信じる人が同じ場で坐っているのです。
「心の科学」ともいえる仏教
藤尾さんによれば、世界の宗教には神と契約する宗教と、契約が必要ない宗教(契約という概念がない宗教)との二通りあるそうです。前者はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教など。そして後者は仏教、ヒンドゥー教、神道など。仏教は、いわば自分がブッダになることを目指す道だそうですが、そこに神という概念は存在しません。このため、日本では古くから神道と習合してきた歴史があります。欧米人はこの「契約」の概念をよくわかっているため、キリスト教徒でありながら藤尾さんのお寺で仏教の実践をしている人も多いそうです。
ヨーロッパ、アメリカ、中南米、アジア、中東など世界各地から禅を求めて集う
「ヨーロッパの人たちの多くは、仏教を『Science of Mind(心の科学)』と捉えています。仏教は、教えを通して自らがブッダになる道を示すもの。そしてブッダとは、こだわりのない心、貪らない心、偏見や偏りのない心、そして常に思いやりに満ちて穏やかで平静な心を持った人です」

Point!仏教は、教えを通してブッダになることを目指す道

姿勢を正して、深く呼吸する
銀行時代からボランティア活動に携わり、障害を持つ人々のケアを行ってきた藤尾さん。その中で、苦しみや生きる辛さを訴える人の相談に乗ることもあったそうですが、僧侶となってからはますます、口コミやSNSなどで噂を聞いて相談にやってくる人が増えてきたそうです。そんななか、同じような活動をしているお坊さんたちが超宗派的に集まって「いのち」に向き合うさまざまな活動を行うようになりました。現在では警察署や保健所、また精神科医とも連携しながら、毎月4、50人の相談に乗ったり坐禅を指導したりしているそうです。
意外なようですが、命の大切さに日々向き合っている藤尾さんが何より強調するのが、「姿勢を正して、深く呼吸する」ことの重要性でした。うつになって思い詰めてやってきた人が、坐禅をしながら深い呼吸を繰り返しているだけで、次第に元気になることもあるそうです。どんなに心が元気をなくしても、丁寧に体と対話し、向き合っていくことで、命が本来持つ力を取り戻せることに感動します。
藤尾さんは30年以上太極拳を続けており、師範の資格も持っています。その立場からも、姿勢や所作(動き)は心のありように深く関わっていると強調します。姿勢を正して胸を大きく開くことで、肺の奥まで深い呼吸をすることができます。人は浅い呼吸になるとネガティブになりがちで、たとえば悪夢を見ているときは呼吸が浅いそうです。逆に深い呼吸ができるとゆったりとしたいい眠りになり、脳もリラックスします。
姿勢も生活習慣なので、日頃から意識することでだんだん整っていくそうです。その習慣づくりのためにも、坐禅は役立つに違いありません。掃き清められたお堂の中に座り、姿勢を正してゆっくりした呼吸を繰り返しているうちに、普段は届かないお腹の奥にまで息が通っていくのを感じました。日常とは異なった時間の流れに身を置くことで、いつもは気づかない感覚がふと浮かび上がってきます。