誕生日に際しての皇后近影(宮内庁HPより)

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 先日、本サイトでも取り上げたように、美智子皇后の「誕生日文章談話」の内容は大きな反響を呼んだ。皇后は、安倍首相が言及しようとしなかったICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のノーベル平和賞受賞を大きく評価し、〈戦いの連鎖を作る「報復」〉に釘を刺した。これは、明らかに北朝鮮の核・ミサイル問題を利用して好戦的世論を煽動している安倍政権を意識した発言に思えてならない。

 そんな美智子皇后と今上天皇が、トランプ米大統領とメラニア夫人を皇居に招き、初めて面会をしたのは今月6日のこと。報道によれば、天皇・皇后とトランプ夫妻は和やかに会話し、別れの折には今上天皇が「また日本にいらしてください」と語ったなどと"歓迎ムード"が伝えられた。

 ところがここにきて、美智子皇后は内心、トランプに対し「歓迎」とは真逆の心象を持っていたとの報道が飛び出したのである。

 昨日発売の「週刊新潮」(新潮社)11月30日号が「「安倍官邸」がフタしたい「美智子皇后」の乱」と題して報じている。記事は、官邸関係者のコメントとして「美智子さまは"トランプさんには会いたくない"というようなご懸念を周囲に示されていたと言うのです」との証言を掲載。さらに「何でも美智子さまは"陛下をトランプさんに会わせてもいいものか"と漏らされていたと」という永田町関係の話も紹介しているのだ。

「週刊新潮」が書くように、これを「皇后の乱」などと扇情的に取り沙汰すべきかは置くとしても、たしかに、宮内庁周辺や宮内庁記者らの間では、トランプ大統領が誕生したころから、しばしば「両陛下はトランプ氏のことを快く思わないのではないか」と不安視する声が漏れていた。

 そのなかで、トランプ訪日までの間、美智子皇后が周辺へ「トランプさんとは会いたくない」「陛下に会わせてもいいものか」という種類の吐露をしていたとしてもなんら不思議ではないだろう。というよりも、トランプの性質と美智子皇后の性格を鑑みれば、こうした話が浮上してくるのは至極自然と言うべきなのかもしれない。

 事実、前述の「誕生日文章談話」のなかで美智子皇后は、核軍縮以外にも、〈心に懸かること〉として、自然災害や原発事故からの復興とともに、〈奨学金制度の将来、日本で育つ海外からの移住者の子どもたちのため必要とされる配慮〉をあげ、外国からの移住者とその子孫に対する政治状況に懸念を示していた。

 とりわけ、天皇・皇后が以前から在日外国人に対するヘイトスピーチの問題に心を痛めていたことは、皇室に強い記者のいる週刊誌などでも報じられてきたことだ。一方のトランプといえば白人至上主義をむき出しにし、国際的に強く批判されてきた。皇后は、日本国内だけでなく、国際社会を牽引するアメリカ大統領の排外主義についても強く憂いているとみられる。

 また皇后は、〈米国、フランスでの政権の交代、英国のEU脱退通告、各地でのテロの頻発〉とトランプ大統領誕生にも触れたうえで、日本人女性として初めて国連事務次長・軍縮担当上級代表に就任した中満泉氏について、〈国連難民高等弁務官であった緒方貞子さんの下で、既に多くの現場経験を積まれている中満さんが、これからのお仕事を元気に務めていかれるよう祈っております〉と述べた。

 中満氏はアメリカの大学院を卒業後に国連入り。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に志願し職員としてのキャリアを積んできた叩き上げで、難民支援や民族紛争の解決に従事してきた。毎日新聞2017年4月23日のインタビューでは、師と仰ぐ緒方貞子氏から学んだことについて、このように語っている。

「湾岸戦争(1991年)勃発時、イラクのクルド人がトルコとイランに脱出した。トルコは当時難民を受け入れていなかったので、クルド人たちは国境近くに足止めされていた。私はUNHCRのトルコの事務所から先遣隊として通訳なしで1人で現地に入りました。カラフルな民族衣装を着たクルド人の女性たちが雪の残る山の急斜面にテントもなく着の身着のままでいて、凍死する者もいた。衝撃だった。今でも鮮明によみがえります。緒方氏は着任して2週間でした。国境を越えていない避難民は支援対象ではないとの反対論もあったが『助けないわけにはいかない』と判断して援助を決断した。前例を踏襲せずに決断できるのがリーダーシップだと思います」

 もともと皇后は、2014年にも難民支援や地雷対策活動を展開する国際NGO「難民を助ける会」のチャリティコンサートを鑑賞するなど難民問題への関心も強く、中満氏のこうした姿勢を高く評価しているとみられている。その目から見て、トランプの難民受け入れ停止政策や特定宗教への攻撃は、眉間に皺をよせるものであることは間違いないだろう。皇后が中満氏と以前から面識があったにせよ、アメリカの政権交代など世界情勢の変化のなかで中満氏のキャリアを踏まえた「誕生日談話」は、難民受け入れを放置している安倍政権はそうだが、トランプ大統領の難民排除政策も念頭に置いていたはずだ。

 そう考えてみても、今回の「週刊新潮」の"皇后はトランプとの会見に難色を示していた"との報道は、単に宮内庁周りで聞かれる"噂"のレベルを超えた信憑性がある。しかも、記事にあるように皇后が「陛下をトランプさんに会わせてもいいものか」と周囲に漏らしていたとすれば、これは安倍政権が軍事一体化と言えるほど進めている日米関係の強化に、皇室が政治利用されることを憂慮したとしか思えない。あるいは、その挑発的なトランプにベタベタの安倍首相に対して、皇后は軽蔑にも似た感情を抱いているのではないか。そう言ったら穿ち過ぎだろうか。

 もっとも、皇族はその憲法的立場から、たとえば「私はトランプさんとは会うべきでないと考えるから面会を辞退したい」というような、政治の決定を覆す発言は公にできないし、民意による皇室制度の変更がない限り、それはなされるべきではない。だが一方で、皇后は天皇とともに、自身に課せられた制約のなかで、政権の憲法破壊や平和主義の逆行に釘をさしてきたのも事実だ。

 たとえば、皇后が天皇とともに、安倍政権による改憲へ強い危機感を持っていることは誰の目にも明らかだろう。実際、美智子皇后は2013年の誕生日に際した文章談話でも、〈5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます〉としたうえで、五日市憲法草案などの民間憲法案に言及。〈基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています〉と日本国憲法と同様の理念をもった民間憲法が日本でもつくられていたことを強調し、〈深い感銘を覚えたことでした〉と述べていた。

 対して、こうした皇后・天皇の意思表明を、安倍政権は疎ましく思っている。実際、2014年には、安倍首相のブレーンといわれる八木秀次・麗澤大学教授が、「正論」(産経新聞社)で「憲法巡る両陛下のご発言公表への違和感」なる文章を発表。前述の通り、皇后と天皇が前年に日本国憲法を高く評価したことに対して、〈安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない〉〈宮内庁のマネジメントはどうなっているのか〉と猛批判した。

 日本国憲法が平和主義と法の下の平等を掲げる以上、いくら憲法で制約された天皇、あるいは皇后であっても、その実現を思う気持ちを発することまで妨げるのは理にかなわないだろう。

 宮内庁によれば、今上天皇はトランプとの面会のなかで、「現在日米関係はかつてなく良好です」と言い、「両国はかつて戦争した歴史がありますが、その後の日米の友好関係、米国からの支援により今日の日本があるのだと思います」と述べたという。「現在の日米関係」だけでなく、地続きにある「戦争の歴史」に言及したのは、「戦争は絶対にやめてください」というメッセージだと考えることもできる。

 日本が民主化されて初の天皇と皇后だ。少なくとも、その「役割」の終幕が、日本の民主主義・平和主義の終焉と重なってしまうことだけは、なんとしても避けねばならない。
(編集部)