RCTにより明らかになった マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実 [橘玲の世界投資見聞録]

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 政策を考えるうえでは、「誰がなにをしたのか?」ではなく、「どれくらいのひとがそれをするのか?」を知ることの方が重要なことがよくある。人間は弱い生き物だから、悪いことだと知りながらも、ルールを破って目の前の機会に飛びついてしまう。それを一切許さないとすると、ものすごく窮屈な社会(ファシズム管理国家)になってしまうだろう。

 これが問題になるのは、たとえば生活保護の制度設計だ。

 目の前で貧しいひとが餓死しかけているのに、それを放っておけばいいと主張するひとは(たぶん)いないだろう。しかしその一方で、「私は貧乏です」との自己申告でどんどんお金を配ればいい、というお人よしもそんなに多くないはずだ。これが漏給と不正受給のトレードオフで、必要なひとすべてに生活保護を支給しようとすると、それを悪用する不正受給が増える。不正受給をゼロにするために手続きを厳しくすると、必要なひとが保護を受け取れなくなり漏給が増える。だったら不正受給も漏給もゼロにするような完璧な制度をつくればいいと思うかもしれないが、個人の生活を国家が全面的に監視する『1984』のような未来社会が実現しないかぎりそんなことは不可能だ。ここで大事なのは、不愉快なトレードオフを受け入れたうえで、どのような制度設計をすればそれを最適化できるかを考えることだ。

 こんなとき必要なのが、「誰がごまかしているか?」の犯人探しではなく、「どのくらいのひとがごまかすだろうか?」の正確な推計だ。

チョコバーを万引きする人数を正確に知る方法

 あなたが雑貨屋のオーナーで、近所の100人のうち何人が店でチョコバーを万引きするかを知りたいとする(「誰が」万引き犯か、ではない)。もちろん、面と向かって「あなたは万引きしたことがありますか?」と訊ねても正直に答えてくれるはずはない。匿名のアンケートならうまくいくと思うかもしれないが、そうともいえない。回答者は「匿名」の約束など信じないかもしれないし、たんに自分の悪癖を認めたくないという理由でウソをつくかもしれないのだ。

 しかしこの問題は、ちょっとした工夫で解決できる。まずは、次のような2種類のアンケートをつくってみよう。

【アンケートA】
1 私は近所のお店にすくなくとも週に一度は行きます。
2 私はチョコバーが大好きです。
3 私は少なくとも1週間に1個、チョコバーを食べます。

【アンケートB】
1 私は近所のお店にすくなくとも週に一度は行きます。
2 私はチョコバーが大好きです。
3 私は少なくとも1週間に1個、チョコバーを食べます。
4 私はお店でチョコバーを万引きしたことがあります。

 次にあなたはこの2つのアンケートを、50人ずつに適当に(ランダム)に配り、「ここにある文章のうち、あてはまるのはいくつありますか?」と訊く。このとき、「どれがあてはまるか?」を訊かないのがポイントだ。

 アンケートAの質問はなんでもないものばかりだから、渡されたひとは正直に答え、回答はゼロから3つまでに分かれるだろう。ところがアンケートBには、ひとつだけ不穏な質問が混じっている。「私はお店でチョコバーを万引きしたことがあります」だ。

 もちろんここでも、万引き犯はやはり嘘をつくかもしれない。ほんとうは2、3、4の3つに当てはまるのに、2と3だけだとして「2つ」とこたえる、というように。

 これだとやはりなんの役にも立たないように思えるだろう。しかしこのとき、彼の回答は「質問4」に影響されている。それに対してアンケートAの回答者は、たとえ万引き犯でも、この不穏な質問に影響を受けることはない。

 アンケートAとアンケートBでは、最初の3つの質問はまったく同じだ。アンケートはランダムに配られたのだから、この3つの質問に当てはまるひとの数は(平均すると)差が出ないはずだ。それでも、アンケートAとアンケートBの結果にちがいがあるとするならば(ほとんど場合差が出る)、それはアンケートBの「質問4」すなわち「私はお店でチョコバーを万引きしたことがあります」が影響しているからにちがいない。

 これを利用すると、個人のプライバシーに介入することなく、あるグループのひとたちの不都合な行動について、より正確な値を知ることができる。ちなみにアフリカ、ウガンダでの性行動の調査で、過去3カ月に浮気をしたことがあるか訊いたところ、直接の質問では13.3%が浮気を認めたが、浮気についての質問をアンケートに紛れ込ませる手法では17・4%と3割も多くなった。直接質問した結果を証拠(エビデンス)として巨額の税金を投入する制度設計をしたら、この誤差がとんでもない公費の無駄を生み出すだろう。

 これがRCT(ランダム化対象実験)の手法で、もともとは新薬の効果を検証する際に用いられたが、現在では経済学を中心に社会科学でも広く使われ、「もっとも信頼度の高いエビデンス」とみなされている。

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