先週末の映画興行では、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が動員14万4000人、興収1億9500万円をあげて、公開3週目にして動員でも興収でも初の1位を奪取した。当連載を始めてから約2年半。公開初週1位となった作品が2位以下に沈んだ後にもう一度1位に返り咲くことはあったが、公開時に1位ではなかった作品がそのあと1位まで上り詰めるという例は一度もなかった。それが口コミで伸びる作品が邦画に比べると少ない洋画作品、しかもホラー映画となると、あらゆる意味で前代未聞である。先週末までの累計興収は約11億4400万円。今年の洋画実写映画ではまだ6作品しかない興収20億超え作品の仲間入りも射程に入ってきた。

ランキングはこちら

 歴史を振り返れば、『エクソシスト』、『オーメン』、『サスペリア』といった大ヒット作品はあるものの、日本では長らく洋画興行において「二軍」扱いだったホラー映画。一方、2週前の当コラム(映画興行、秋の変? R指定ホラー『イット』が『ラストレシピ』を上回る2位に初登場)でも指摘したように、近年、アメリカの映画界においてホラー映画はメインストリームの一角を確実に占めるようになっている。ホラー映画といえば、製作費があまりかからないわりに当たれば大きいことから(日本の映画界では近年ずっとそのポジションにティーン・ムービーがあった)、これまで新人監督や若手監督の登竜門となってきた。しかし、今年のように大ヒット作が続くと、今後は他ジャンルとのクロスオーバー化や、有名監督、有名キャストのさらなる流入によって、ジャンル自体の肥大化、一部の大作化が予想される。ホラー映画の未来図を考えることは、日本の洋画興行の未来図を考えることでもあるのだ。

 この秋、日本では『イット』大ヒットの陰で、『アナベル 死霊人形の誕生』(10月13日公開。初週の動員ランキングでトップ10圏外)、『ジグソウ:ソウ・レガシー』(11月10日公開。初週の動員ランキングでトップ10圏外)と、全米ボックスオフィスで1位に輝いたホラー映画が興行的に惨敗を喫している。唯一、同じく全米で大ヒットを記録した『ゲット・アウト』は少ない公開スクリーン数でありながら健闘したものの、劇場に駆けつけていたのはホラー映画のファンというよりも、先鋭的な外国映画、あるいは同時代のブラック・カルチャーなどに関心の強い客層だった。

 『アナベル 死霊人形の誕生』は『死霊館』シリーズのスピンオフ2作目。『ジグソウ:ソウ・レガシー』は『ソウ』シリーズの事実上のリブート作品。いずれも大ヒット・シリーズのフランチャイズ作品であることも、日本では新規の観客を遠ざける理由の一つとなったに違いない。『ソウ』シリーズの今後については今のところ不明だが、『死霊館』シリーズはこの先、『The Nun(原題)』、『The Crooked Man(原題)』、『死霊館3(仮題)』と続々とフランチャイズ作品が公開されていくことが決定している。日本公開がなくなるような事態はホラー・ファンとして考えたくもないが、日本においてどこかで風向きが変わらないと、この先も先細りしていく可能性が高いだろう。

 『ソウ』、『インシディアス』と人気ホラー・シリーズの製作と監督(『ソウ』は一作目のみ)を手がけてきたジェームズ・ワンによる2013年の『死霊館』1作目は、日本以外の世界各国で、ど直球のホラー作品でありながら久々にホラーのジャンルを超えた大ヒット作品となり、今年の世界的『イット』現象のいわば地ならしをした作品でもあった。ジェームズ・ワンはその後、監督として『ワイルド・スピード SKY MISSION』で全世界におけるシリーズ最高のメガ・ヒットを記録し、また、来年はDCエクステンデッド・ユニバース作品『アクアマン』の監督にも抜擢されるなど、ハリウッドを代表するヒット・メイカーとして活躍している一方、現在も自身がスタートさせたホラー作品の各フランチャイズにコミットし続けている。 興行結果のアタリハズレと同様に、作品内容のアタリハズレが激しいのもホラー映画の特徴。興行結果と作品内容は必ずしもリンクしているわけではないが、過去の大ハズレ体験が尾を引いてホラーを遠ざけている観客も少なくないだろう。ただ、現在のホラー映画ブームの立役者であるジェームズ・ワンの関連作品は、ハズレの確率が極めて低いことはもっと周知されてもいいはず。

 今回の日本での『イット』の大ヒットは、作品に何の所縁もないテレビタレントによる付け焼き刃のプロモーションや吹き替えなどではなく、作品そのもののソーシャル・メディア上での評判や口コミが最も有効であることを改めて証明してみせた。『イット』の続編は、2年後の2019年に公開されることが既に決定している。配給会社は今後、『イット』に限らずヒット・シリーズのホラー映画の新作公開時には、放送局や各ストリーミング・サービス会社とも連動をもっと強めて、積極的にフランチャイズに新しい観客を引き入れる戦略を立てる必要があるだろう。(宇野維正)