今季限りで湘南を退団する坪井だが、現役を続ける意向だ。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

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 11月15日。J1昇格を決めた湘南ベルマーレの練習場・馬入ふれあい公園サッカー場天然芝グラウンド。台風の影響で冠水したピッチはほぼ回復。にぎやかな声と者貴裁監督の声が飛び交う、いつもの風景があった。

 
 全体練習が終わり、選手が三々五々、引き上げるなか、念入りにストレッチを行ない、ピッチを走る姿があった。
 
 坪井慶介、38歳。
 
 簡単な取材を終えると坪井は「じゃ、また」と言い、そっと右手を差し出した。初めてのことに戸惑いながら、握手を交わした。
 
 なぜ、坪井は握手を求めたのか? 答えは2時間後に分かった。チーム関係者から坪井の今季限りの契約満了が内々に告げられた。
 
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「守備についていろいろ教えてもらい、参考にした部分、学ぶことが多かった」(浦和DF/遠藤航)
「ツボさんが一生懸命やっているのに、若い俺らがサボるわけにはいなかった」(浦和MF/菊池大介)
「ゲームでマンマークになった時、一番、嫌なのはやっぱりツボさんかな」(湘南DF/岡本拓也)
 
 スピードと読みの良さを兼ね備えた坪井の守備はいまでも衰えていない。
 
 遠藤、菊池らが主力としてJ1を戦った2015年。36歳の坪井が湘南に加入した。若手が多く、入れ替わりの激しい湘南で坪井は何か説教じみたことを言うわけではなく、ピッチ内外の自身の姿を見せ、“良き手本”となった。
 
 その坪井にとって、手本であり教科書だったのが現役時代「アジアの壁」と呼ばれ、今季はJ2アビスパ福岡で指揮を執る井原正巳だ。
 
 遡ること、15年前の02年。当時、浦和は育成の名手、ハンス・オフト監督のもと、強豪への足掛かりを築いていた。坪井は、そうした時期に福岡大から加入した。選手寮「吾亦紅」には当時、坪井のほか、田中達也、山岸範宏ら若手とともに35歳の井原も寝食を同じくした。
 
 起床後にストレッチをし、食事を摂り、練習で汗を流し、入念に治療をする。多くを語らない井原の一挙手一投足を、坪井らは見続けた。また寮内の風呂では背中を流しながら、自身が戦った98年フランス・ワールドカップの話を聞き、大舞台に思いを馳せた。
 
 背中で語る姿。井原正巳と坪井慶介が自然と重なる。
 
「とても畏れ多い。いまの自分が当時の井原さんのようになっていない、それだけ大きい人。近づけているのかどうかも……。井原さんがかつて僕らに見せてくれたようなプロフェッショナルな姿を言葉だけでなく、伝えなければならない、そう強く思った」
 坪井は自身に課せられた伝道師たる使命を意識するともに、者監督のもとで成長したいという純粋な想いを抱き、湘南にやってきた。
 
“何かを伝えたい”この想いに呼応した選手がいる。2020年の東京五輪で活躍が期待されるDF杉岡大暉だ。
 
「リスペクトですか? みんなそうでしょう」と笑った19歳にとって、坪井は憧れの存在。
 
 06年ドイツ・ワールドカップ。小学生の杉岡はピッチを駆ける坪井のプレーを食い入るように見た。そして、奇しくも10年後、チームメイトとなった。
 
「準備もプレーも普段の姿勢もすごい人。一緒にプレーして、周りに安心感を与えるコーチングは参考になった」
 ルーキーながら、杉岡がリーグ37試合に出場できたのは坪井の影響が少なくない。
 
 井原を教科書にした坪井。その坪井を手本にする杉岡。時を越えたDFの系譜が紡がれようとしている。
 
「光栄ですね。そのラインに乗れるよう頑張りたい」杉岡は細い目をさらに細くした。
 
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 今月22日、坪井の退団がクラブから正式に発表された。果たして現役を続けるのか。
 
 この問いに坪井は「ナイショです」とニヤリ。周囲を煙に巻いたが、現役続行の意志は感じられた。
「指導者になって何かを伝えられるかもしれない。けど、現役を続けながら、選手の間近で、そして身近で何かを伝え、残すことも重要かと思う」
 
 何かを伝え、残したい――。
 
 これはJリーグで、アジアで、世界で戦った歴戦の勇士の持つ本能なのかもしれない。
 
 あの日、「じゃあ、また」と交わした握手。次の機会はどこかのグラウンドで、必ず。
 
取材・文●佐藤亮太(レッズプレス!!)