【ライターコラムfrom山形】11年在籍の石川竜也を送る最終節は雪の中…「タツさんのために」の想い一つに

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 明治安田生命J2リーグ最終節となった11月19日。NDソフトスタジアム山形のある天童市の天気予報には雪だるまのマークが記されていた。ずっと10度前後で推移していた最高気温が、まるでこの日を狙ったようにガクンと下がる。試合開始の16時の予想気温は2度だった。それでも、みぞれ混じりの雪が舞う中を、完全防備のサポーターが次々と集まって来る。J1昇格プレーオフ圏内に入る可能性は既に閉ざされた。でも、どうしても今日、彼に会わなければ。そんな思いで駆けつけた人たちも多かったと思う。わずか3日前に、石川竜也が今季限りでモンテディオ山形との契約を満了することが発表されていた。

 前節と同様に、石川の名前はサブメンバーの中にあった。在籍11年のレジェンドを勝利で送り出すのは当然のこととして、どういう試合展開ならば石川の出番があり得るのかが気になった。木山隆之監督は恩情で選手を起用するタイプではないように思われた。石川もまた、それを望まないだろう。それでも、終盤にセットプレーの場面が作れれば、黄金の左足の見せ場が訪れるかもしれない。そんな期待を乗せて、FC岐阜との試合が始まった。

 開始1分も経たないうちに、山形は拍子抜けするほどあっさり失点したが、立て直しは早かった。17分、佐藤優平のクロスを栗山直樹がボレーで叩き込み同点。「この2年間、凄くお世話になった」と別れを惜しむ栗山はベンチへと走ったが、石川は座ったまま親指を立てただけで祝福の意を示した。それもまた石川らしい。

 この頃には、みぞれは完全に雪に変わり、次第に勢いを増した。やがてピッチは白く覆われ、オレンジボールに変更された後の36分、今度は今季山形に加入したばかりの茂木力也が決めた。「タツさんのキックの質は一流。見ているだけで勉強になりました」と言う年若いチームメートの、見事なミドルシュートだった。

 実はこの時間帯には既に、木山監督は後半の早い時間に石川を投入しようと決めていた。見る間に芝の緑を覆い隠していく雪の上で、両チームの選手は踏ん張りが利かず、滑る足元に苦戦していた。「竜也をセレモニー的な感じで使うことはしないと決めていた。一人の戦力として、しかるべきタイミングで」投入しようと考えていた指揮官に、止めどなく落ちてくる雪がゴーサインを出した。ボールも人も思うように走れない状況では「キックのいい選手がピッチにいた方がサッカーになりやすい」(木山監督)。となれば、石川ほど適任の交代選手はいない。2−1で折り返した後半54分、山形サポーターが待ちわびた13番がピッチに立った。最近のトレーニングではセンターバックやボランチに入ることもあったが、この日のポジションは左サイドバック。やはり彼にはその場所が似合う。

 スタジアムのボルテージが上がり、吹雪舞うピッチに石川のチャントが降り注ぐ。その直後、山形は相手のCKからのカウンターで3点目を奪取。さらに5分後にもシンプルな速攻で4点目を奪い試合を決めた。立て続けの2ゴールを挙げたのは山形2年目の鈴木雄斗。試合後、彼は報道陣に向かって自ら石川について言及し、声を詰まらせた。

「今日は試合前もタツさんの円陣で試合に言ったんですけど、僕は涙もろい所があって、今までで、いっちばん震えるような円陣で……」

 いつもはキャプテンの声で締める試合前の円陣を、この日は石川が締めた。石川と最も長く過ごした山田拓巳はそれを「タツさんの11年間のいろんな思いが詰まった……」と表現した。誰もがその思いを胸に、この日のピッチに立ったのである。

 4−1になってからの残りの30分間、スタジアムを包んでいたのは「石川竜也にプレースキックの機会を」の空気だった。2008年、山形が初昇格を決めたアウェイ愛媛FC戦で、ビハインドだった試合の流れを変えたのは88分の石川のFKでの同点弾だった。2014年、リーグ6位で出場したJ1昇格プレーオフ準決勝は、後半アディショナルタイムにGK山岸範宏のゴールで勝ち抜いた。あの奇跡のヘッドを生んだのも、石川のCKだった。もう一度、あの左足の魔法を目に焼き付けたい――。そんな観衆が痺れを切らす頃、84分に得たCKを石川が蹴る。ファーで鋭く落ちるキックを栗山が頭で叩いた。岐阜のGKビクトルの横っ飛びのセーブに阻まれ得点にはならなかったが、山形の歴史を刻んできたキックはやはり健在だった。

 やがて試合終了の笛が鳴り響き、石川は山形での仕事を終えた。雪の中、晴れやかな笑顔だった。ここからは来季に向け、まずは現役続行の道を探る。

「まずは現役で。まだできるなというのもあるし、そこを基本に考えながら、他のことも考えなきゃいけないし。そこは色々考えます」(石川)

 石川が山形にやって来た2007年、新加入選手の記者会見場で、当時クラブのトップを務めていた海保宣生理事長と会った時のことをよく覚えている。自身の古巣・鹿島アントラーズからやって来た左足のスペシャリストを指して、「どうだい、驚いた? 凄いだろ?」と、満面の笑みを浮かべながら自慢げにささやいた。しかし海保氏でさえ、石川が山形でここまで長く活躍し、愛され敬われる存在になるとは想像していなかっただろう。その海保氏も既に鬼籍に入られた。もしかしたらこの胸の熱くなる試合を、雪の空の彼方から見ていてくれたかもしれない。あのスマイルマークのような笑顔で。

文=頼野亜唯子