日本政府が、弾道ミサイル防衛システムに巨額の国防費と防衛資源をつぎ込む姿を見ていると、日本が直面している軍事的脅威は、あたかも北朝鮮の弾道ミサイルだけであるかのような錯覚に陥ってしまう。

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日本では理解されない「軍事的威圧の論理」

 現在、日本国防当局が躍起になって整備を進めている弾道ミサイル防衛システム──すなわち4隻のイージスBMD艦、18セットのPAC-3システム、そして2023年度までに2カ所に設置する計画があるイージス・アショアBMDシステム──によって、北朝鮮から連射されるかもしれない100発程度(200発近いという情報もある)の弾道ミサイルの3割程度は撃墜することが計算上は可能となる。

 しかし、日本に照準を合わせた弾道ミサイルを運用しているのは北朝鮮だけではない。中国もロシアも、日本を葬り去るだけの威力を持った核弾道ミサイルを配備している。

 核の威嚇に対してはアメリカの核の傘が差しかけられており、日米同盟が健在である限り、対日核攻撃は日本に対する軍事的威嚇としては威力が弱い。だが、中国人民解放軍ロケット軍が運用している多数の通常弾頭搭載弾道ミサイルとなると話は別だ。核ミサイル(それに生物・化学兵器弾頭)と違い、高性能爆薬が充填されている通常弾頭が搭載された弾道ミサイルは、使用のハードルが低いからである。

 もちろん、いきなり中国軍が日本に対して弾道ミサイルを撃ち込むことなどあり得ない。しかし、日本に対して弾道ミサイルを撃ち込む能力を保持しているという「状態」によって、日本に対して軍事的威圧を加え日中外交関係で優位を占めることができるのだ。

 この「軍事的威圧の論理」が、長年平和ぼけ状態に浸りきってきている日本社会では、なかなか理解されていないようである。軍備を整える究極の目的は、大金を投じて構築した軍備を使用してトラブル相手国を痛めつけつけるためではない。強力な軍事力が万が一にもむき出しで使われた場合にはどのような状況が生ずるのか? ということを相手国に悟らせることによって、自らの外交的立場を優位に導くことにある。

 例えば、中国軍が日本各地の戦略的インフラを灰燼に帰すことができるだけのミサイル戦力を手にしている(すなわちシミュレーションによってそのような結果が示される)といっても、それが直ちに中国によるミサイル攻撃が実施されることを意味しているわけではない。中国側がそのような軍事的能力を背景にして(つまり軍事的に威嚇して)日本に対して外交的優位を占めることを意味しているのだ。

巡航ミサイル防衛態勢の構築を優先すべき

 現時点においても、中国が日本に対して加えている軍事的威嚇は、通常弾頭搭載の弾道ミサイルだけではない。中国人民解放軍(ロケット軍、海軍、空軍)が合わせて1000発以上も保有している対日攻撃に使用できる長距離巡航ミサイル(すべて通常弾頭が搭載されている)は、弾道ミサイルに比べると、実戦に投入されるハードルがはるかに低いため、日本にとっては大いなる軍事的脅威だ。

 それに同じ“ミサイル”という名がついていても長距離巡航ミサイルと弾道ミサイルとは根本的に原理が異なる兵器であり、どんなに優れた弾道ミサイル防衛システムといえども、巡航ミサイル防衛システムとしては全く役に立たない。

 北朝鮮弾道ミサイルの脅威を声高に叫び弾道ミサイル防衛システムをアメリカから買いまくるのならば、それよりはるかに脅威度の高い長距離巡航ミサイルから日本国民と国土を防衛するための巡航ミサイル防衛態勢の構築に、何倍もの努力を傾注するべきなのだ。

中国ロケット軍の対日攻撃用弾道ミサイル射程圏


南シナ海と東シナ海に関心を払わない日本

 中国が日本に突きつけているそれら長射程ミサイルのほかにも、日本にとって深刻な軍事的脅威となりつつあるのが、中国海洋戦力である。しかしながら、海における軍事的脅威について感覚が鈍すぎる日本では、北朝鮮の脅威の陰に完全に隠れてしまっている。

中国人民解放軍の対日攻撃概念図


 中国は膨張主義的海洋進出政策を実施するために、過去四半世紀にわたり海洋戦力(海軍艦艇戦力、海洋航空戦力、長射程ミサイル戦力)の増強に努力を傾注し続けてきた。その結果、南シナ海での軍事的優勢を完全に手に入れる段階にますます近づいている。すなわち本コラムでも繰り返し取り上げてきたように、中国は今や南シナ海の西沙諸島や南沙諸島に人工島を含む数多くの軍事拠点を建設し、中国本土から遠く離れた南シナ海に前進軍事拠点を確保してしまった。

中国による南シナ海のコントロール


 トランプ政権もこのような中国の動きに反発を強めていたが、結局はアメリカ自身が攻撃されるかもしれない北朝鮮の核ミサイルへの対抗を優先させ、アメリカに直接軍事的脅威を与えない南シナ海問題などは後回しにしてしまった。そのため、南シナ海における軍事バランスは大きく中国側優位に傾いてしまっている。

 中国は南シナ海に引き続き東シナ海での軍事的優勢も手中に収めるべく、さらなる海洋戦力の強化にいそしんでいる。そのような中国の動きを後押ししているのが、やはり北朝鮮危機である。トランプ政権としては、“アメリカに対する北朝鮮ICBMによる核攻撃”と、“アメリカ人が誰も知らない東シナ海や尖閣諸島それに先島諸島などでの領域紛争”のどちらに関心を集中させるのかというならば、迷うことなく北朝鮮ICBMということになるのは理の当然だ。

 そのうえ、日本は東シナ海問題の当事国であるにもかかわらず、政府もメディアも北朝鮮の弾道ミサイルにのみ関心を集中させ、南シナ海や東シナ海における中国海洋戦力の軍事的脅威には関心を払おうとすらしていない。まさに中国にとっては千載一遇のチャンス到来である。

北朝鮮の脅威と中国の脅威の違い

 北朝鮮の弾道ミサイルは、アメリカが北朝鮮に先制攻撃を加えない限り、日本に対して撃ち込まれることは決してあり得ない。

アメリカが先制攻撃した場合だけ脅威となる北朝鮮の対日攻撃用弾道ミサイル射程圏


 しかし、中国の弾道ミサイルや長距離巡航ミサイル、それに強力な海洋戦力は、中国がそれらを手にしているという「状態」だけで日本に対する中国の外交的優勢を許してしまっている「現実の脅威」なのだ。

 このような中国の軍事的脅威に対しては目を逸らして、北朝鮮弾道ミサイルの脅威に対抗するために、巨額の国防費と多数の人員や装備をつぎ込むことによって、ますます東シナ海での中国の軍事的優位が高まることになる。

 このような状態が続くならば、気がついたときには南シナ海も東シナ海も「中国の海」となってしまうことを、日本政府は再認識しなければならない。

筆者:北村 淳