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AUTOCAR JAPAN誌 29号

もくじ

前編
ー 911はベンチマークではない
ー 考え得る「必要最小限のクルマ」
ー 911ミーツV8ヴァンテージ
ー まるでドイツ生まれのように
ー 911と明らかに違うところ

後編
ー ついにV8ヴァンテージが走り出す
ー 「わたしはこの道が大好きなんです」
ー V8ヴァンテージにしかできないこと
ー ひとつだけ断言できること

911はベンチマークではない

ウルリッヒ・ベッツはポルシェ911について多くを語ろうとしない。その姿勢はまるで、かつて自分が関わった偉大な業績を封印しているかのように思える。

考えてみればそれも当然のことだろう。

なぜなら、アストン90年の歴史の中で(まず間違いなく)もっとも成功した経営者である彼の立場からすれば、なにはさておき新型V8ヴァンテージについて語らなけらばならないのだ。

ベッツはアストンの歴代CEOの誰とも似ていない。彼はかつてポルシェ911のなかでも傑作の誉れ高いコードネーム993の開発に深く関わった人物である。

本人もよほど思い入れが強いのだろう。彼は今でも自ら手掛けた993を自宅のガラス張りのガレージに置いていて、テレビを見ていないときにはいつでもそれが見えるようにしている。

10年前、ポルシェが目指すべき場所とその価値を彼より深く理解していた人間は稀だったが、アストンに移籍後、彼が取り組んできたプロジェクトは、911よりモダンかつエクスクルーシブで、少し高価なライバルをプロデュースすることだった。これほどドラマティックな物語、そして皮肉には誰もが興味を示さずにいられないということを、彼自身も理解している。

しかし彼は「911は新型V8ヴァンテージのベンチマーク、あるいはプロトタイプとしてはまるで不適格でした」と断言する。

「これは本当の話ですが、われわれのプロダクトのベンチマークとして、ポルシェ911を設定したことは一度もありません。それがわたしたちにとって生産的な方向性だとは思えなかったからです。もちろんベンチマークに911を置く仮想のベクトルは理解できます。しかし、わたしはむしろデザインを企画/発想する段階から、アストン マーティンのパラメーターの枠内でわたしたちが『新たに生み出すクルマはどうあるべきなのか』というエモーショナルな感性を何よりも大切にすべきだと思いました」

考え得る「必要最小限のクルマ」

ドイツ生まれのベッツが語るとき、アクセントのある単語はまるでフォルテシモでピアノを演奏しているように力強くなる。

そしてアストン マーティンのプロダクトについて話し始めると、彼の語り口は英国のネイティブスピーカーより明瞭、かつ流暢になっていく。

「V8ヴァンテージのメカニカル・レイアウトは2シーターのV8クーペとして、まさに理想的なものです」と彼は力強く説明する。

「エンジンはホイールベースの内側に納まり、しかも低くマウントできるので、重心を低く採れます。開発陣はノーズに充分なクラッシュエリアを確保する必要がありましたし、電子制御に頼らないナチュラルなスタビリティも欲していた。さらに乗車位置の自由度も上げたかったのです」

ベッツはV8ヴァンテージの話が盛り上がっていくにつれ、次第に911のことを交えて話すようになってきた。

「V8ヴァンテージは必要以上に大きくはありません。911も初期の頃は本当に必要最低限のボディサイズしかありませんでした。言うなれば、水平対向エンジンを搭載して、良好なドライビングポジションを得るのに必要なだけの構造体です」

「しかしその後、より豪華に安楽にするために、だんだんと大きく幅広くなっていったのです。少なくともわたしはV8ヴァンテージの寸法をそういう目的を重視して決めたくはありませんでした」

「全長はV8エンジンをマウントして最小限のキャビンを確保するのに必要なだけあればいい。幅はホイールを配置したい位置によって決める。V8ヴァンテージはわれわれが考える必要最小限のクルマと言ってもいいでしょう」

911ミーツV8ヴァンテージ

彼の話がすべて事実に即していて理にかなっていたとしても、われわれはやはりこの2台を対決させないわけにはいかない。現実のポテンシャル・カスタマーは、間違いなくV8ヴァンテージと911を天秤に掛けるはずなのである。

ゲイドンの本社社屋にシルバーメタリックの新型ポルシェ911カレラSに乗って到着したとき、アストンの連中は一撃を食らった気分だったろう。

彼らはV8ヴァンテージのポテンシャル・カスタマーの多くが、911に乗っているか、購入を比較検討してるということは当然知っている。2台の対決は避けることのできない儀式のようなものなのだ。

この日のわれわれの目的は、ベッツと一緒につい数日前に出来上がったばかりの(実は彼もまだ運転していない)市販スペックのV8ヴァンテージに試乗して、然るべき後にアストンとポルシェを状況が許す範囲内で対決させることだった。

この2台の比較は、値段は別として、市場の状況から考えるとあまり公平とは言えないかもしれない。ポルシェは年産3万台の911を製造しているメーカーであり、対するアストン マーティンが売ろうとしているV8ヴァンテージの年間生産予定はわずか3千台に過ぎないからだ。

少なくとも現時点において、両者の企業規模は象と蟻ほどの開きがある。

とは言え、現在アストン マーティンは資金的に親会社(PAG)から独立しつつあり、その中期目標が達成された暁にはポルシェ911と同等の価格でフェラーリ並の希少性を持つクルマを創り出すメーカーであることを堂々と主張できるようになる。

もしV8ヴァンテージがその先駆けとして成功できれば、少なからぬバイヤーがそのような目でこのクルマを見ることになるだろう。

それはさておき、われわれが試乗のためにV8ヴァンテージに向かって歩いてくと、ベッツは我慢できずにクルマの各部分を指して、細部の造り込みやそれが持つ意味について説明し始めた。

まるでドイツ生まれのように

テールパイプがリアパネル下部から突き出る部分の精密な面取り仕上げや、テールランプとウインドウの滑らかな面一仕上げ、ボンネットとフロントスポイラーとグリルの間の絶妙なバランス、そしてペイントの厚みと光沢について……。

なるほど、各部のフィニッシュは確かにすばらしい。だが、そのすぐ隣にはドイツ車の中でも最高の品質を誇るクルマが鎮座している。見た目の品質感はともかく、本当に重要なのは実際に触れた時に伝わってくる質感だ。

実際のわたしはおもむろにV8ヴァンテージのドアを開け、そして閉めてみたが、果たしてそれはまるでシュトゥットガルト流の重厚な音と手応えであった。

このクルマのルックスは素晴らしく、コンパクトにまとまっていて、姿勢は美しくわずかに前傾している。見るからにドライビング・マシンといった趣であり、贅肉はまるでない。

わたしはこのクルマがまだコンセプトカーだった時分に始めて出会ったときの印象を想い起こした。

それはアストンの最廉価モデルであるはずなのに、エントリーモデルとは思えない存在感を放つクルマだったが、いま目の前にいるV8ヴァンテージも寸分違わぬ印象を与えてくれる。これなら、たとえヴァンキッシュを買える財力の持ち主でも、サイズと美しい造形が気に入ってV8ヴァンテージを選ぶ可能性がおおいにある。

911と明らかに違うところ

ドアを開けて驚かされたのは、乗降性の良さとキャビンのサイズだ。着座位置はきわめて低く、かなり寝そべったポジションになるので、結果的に傾斜のきついスクリーンはかなり遠くに見える。

中央には巨大なセンターコンソール(この下には385psを発生する4.3ℓV8とそれに繋がるリア・ミドマウント・タイプの6段MTが隠れている)が覆い被さるようにそびえ立っている。

911との違いは明らかだが、アストンに座ってこれほど低く感じたのは、ちょっとした驚きだった。ルーフは911より5センチも低いはずなのに、ヘッドルームは充分に確保されていて、キャビン横方向のスペースも広々としている。

ドアの内側が一部えぐってあるのと、ペダルとの間に大きく足を伸ばせる空間が設けられていることも少なからず効いているはずだ。

V8ヴァンテージは現行アストン3兄弟の中でもっともコンパクトなボディサイズだが、ドライビング・ポジションからそれを伺わせる要素はない。

シート後方にはブリーフケースや小型のスーツケースが入るくらいの空間があり、バルクヘッドを折り畳めば想像以上に広いラゲッジスペースが出現する。911と同様、スペアタイヤを廃してパンク修理キットで対応した理由はここにある。

後編につづく。