「偉大な存在でした」 浦和の元エースFWも絶賛、本物だった“J最強助っ人”とは?

写真拡大

2007年ACLを制した際の浦和の10番ポンテについて、当時ストライカーの永井が語る

 Jリーグには数々の外国人選手がやって来てはその実力を披露してきたが、浦和レッズが10年前の2007年にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を制した際の「10番」であるMFロブソン・ポンテについて、当時のストライカーだったFW永井雄一郎(現ザスパクサツ群馬)が語っている。

 アジアサッカー連盟(AFC)公式サイトのインタビューに応じた。

 ポンテはドイツ・ブンデスリーガのレバークーゼンでプレーしていた2005年夏に浦和へ加入。前年にUEFAチャンピオンズリーグでレアル・マドリードを3-0で破ったチームには元ブルガリア代表FWディミタール・ベルバトフなども在籍しており、ポンテにブラジル代表経験などはなかったものの、その実力はまさに“本物”だった。

 ポンテは翌06年に浦和のリーグ優勝の原動力となると、07年のACLもフル稼働。永井は、そのポンテの頼もしさについてこう語っている。

「もちろん、誰もが重要な役割を果たしていたんですが、ポンテは偉大な存在でした。なぜかと言えば、厳しい試合で勝利を決定づけるゴールを決めてくれる。僕たちにとって、彼がいてくれたことは大きかった」

 ポンテはこの07年のACLで、準決勝初戦のアウェーゲーム、第2戦でPK戦にもつれ込んだ最初のキッカーとしてゴールを決めた。そして、決勝第1戦の敵地セパハン(イラン)戦でも貴重なアウェーゴールを決めている。グループステージから合わせれば大会5得点を挙げる活躍だった。

ドイツ・コネクションで来日した最強助っ人

 元ブラジル代表FWワシントンとコンビを組み、ラストパスも供給したが、決定的な局面でゴールを決める勝負強さも備える選手だった。06年のリーグ優勝が懸かったガンバ大阪戦でも、先制を許して暗雲が漂った空気を振り払う一撃を決めたのはポンテだ。そして、永井が決めた07年ACL決勝のゴールも、中盤でボールを持ったポンテがゆったりとしたペースを一気に変えるような鋭いパスを背後に供給したところから生まれている。

 当時のギド・ブッフバルト監督による“ドイツ・コネクション”でやって来たポンテは、浦和に数々のビッグタイトルをもたらした“最強の助っ人”の一人であり、Jリーグでプレーした外国籍選手たちの中でもトップクラスの活躍を見せた。

【了】

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images