阿部一二三(写真:Getty Images)

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21日、テレビ朝日「報道ステーション」では、柔道男子66キロ級・阿部一二三のインタビューを放送。8月の世界選手権では、6試合中5試合で一本勝ち。圧倒的な強さで優勝し、東京五輪での金メダル獲得に期待が高まる阿部に松岡修造氏が迫った。

「『圧倒的に勝つ』とずっと世界選手権の前に言ってきて、有言実行でした。それは自分にとってこれから成長できるもの。プラスになった」。

こう手応えを口にした阿部は、準々決勝のザンタラヤ戦で背負い投げを決めたシーンをあげ、「少し勢いを殺して自分自身をコントロールして、背中から付けにいった」と説明。投げをいなすことが得意なザンタラヤを相手にしても、「一瞬で考えた理想の投げができた」と自賛した。

だが、これまでの阿部は決して順風満帆にきたわけではない。2014年11月の講道館杯で史上最年少優勝を果たすも、リオデジャネイロ五輪出場の夢は叶わず。

「試合をしている時にプレッシャーを初めて感じて。周りからの『絶対勝つやろ』っていう目がすごい自分の中にあって。怖かった」と振り返った阿部は、去年11月の講道館杯でもまさかの一本負け。7位という結果に終っている。

「リオのオリンピックが終って、ここから東京オリンピックに向けて自分の時代、66キロ級で引っ張っていけたらいいなっていうのはすごい思っていたので、そこでの負けっていうのはすごい自分自身の中でも大きかった」と話すも、この敗北が阿部を変えたという。

その変化については、日本体育大学・山本洋祐監督も「試合までの調整であるとか減量であるとか、稽古に取り組む姿勢とか、変わったのは講道館杯の負けからです。屈辱感、敗北感を味わって、そこから変わりました」と目を見張るほど。この敗北を糧にした阿部は、約3週間後のグランドスラム東京2016で見事優勝を果たした。

「絶対にやるしかないという気持ちになった」という阿部は、「周りからのプレッシャーじゃなくて、わざと自分にプレッシャーかけて(臨んだ)。そこで少し一皮むけた」とも――。その上で、インタビューの最後に松岡氏から「最終的に柔道でやりたい夢は?」と訊かれると、五輪3連覇を達成した野村忠宏氏の名前をあげ、「その記録を抜きたい。4連覇。一二三を全部超す」と壮大な夢を口にした。