トランプ政権が抱える数多くの「不都合な真実」が、世界経済を再びどん底に引きずり下ろす?(写真:ロイター/アフロ)

ドナルド・トランプ氏が、ヒラリー・クリントン候補有利と見られていた大統領選挙をひっくり返して当選して1年が経過した。

たまたま米国の株式市場がトランプ政権の掲げていた大型減税案などを評価して、株価が大きく上昇したために、不動産市場などにも資金が流れて、米国景気は一見すると絶好調に見える。しかし、その陰でトランプ政権が抱える数多くの「不都合な真実」が、世界経済を再びどん底に引きずり下ろす可能性もはらんでいる。

やり遂げたのは「TPP離脱」と「パリ協定脱退」だけ?

トランプ大統領が就任前に掲げていた「公約」も、そのほとんどが手つかずに頓挫したままだ。簡単に紹介すると――。

メキシコとの国境に壁……何度かメキシコと交渉したものの、経費をメキシコに負担させるという構想は実現しそうにない。とりあえず米国が経費を立て替える形でスタートしようとしているものの、予算をめぐって議会の承認を全面的には得られていない。
イスラム教徒の入国禁止……大統領令の乱発で国や地域を指定して入国差し止めを図ったものの、司法に認められずに修正。規制強化はしたが、入国禁止には程遠い状況だ。
大統領就任当日に中国を「為替操作国」に指定……怖じ気づいたのか、影響力の大きさを説得されたのか。中国には一貫して弱腰。
メキシコ製品に35%の関税……実現していない。NAFTA(北米自由貿易協定)からの離脱や見直しで脅迫しているものの成果は上がっていない。
日本車に38%の関税をかける……安倍晋三首相のトランプ詣でが功を奏したわけではないが、しょせんははったりだったというしかない。
日本、韓国、ドイツの防衛費大幅アップ……今回のアジア歴訪でトランプ大統領は、大量の武器購入を迫ったと見られている。米国の軍需産業を活性化させるために、大統領が自ら武器商人になった。

このほかにも、日米安保条約の見直し、不法移民200万人以上の国外退去、連邦議会の議員任期の制限、国連の気候変動に関する資金拠出停止などなど、さまざまな公約もしくは就任後100日プログラムに入っていた政策の大半が成し遂げられていない。成功できたのは「TPP離脱」と「パリ協定脱退」ぐらいなものだ。

トランプ大統領の「不都合な真実」を大きく分けると3つだ。ロシア疑惑を乗り越えられるのかどうか。次に金融市場のバブル懸念。そして戦争ビジネスへの邁進だ。

まずは「ロシアゲート」と呼ばれる疑惑だ。大統領選挙の選対委員だった人物が逮捕、起訴されるなど、トランプ大統領が抱えるロシアとの不適切な関係が明るみに出ている。

とりわけ、大きなインパクトを与えたのが、トランプ大統領陣営の選対本部長を務めたポール・マナフォート氏が脱税や資金洗浄の疑いで起訴されたことだ。ウラジーミル・プーチン大統領に近い富豪から報酬を受けていた疑惑などが浮上しており、マナフォート氏の仕事仲間で、大統領就任式のプランナーだったリック・ゲイツ氏も起訴されている。両者合わせて13の罪状がついている。

トランプ陣営の一員だったジョージ・パパドポロス氏も起訴されている。パパドポロス氏は司法取引に応じて捜査協力をしており、トランプ陣営とロシアの関係を暴露するのではないかといわれている。同氏は、直接ロシア外務省幹部と協議した人物として知られており、トランプ陣営にとっては絶体絶命の危機ともいわれる。

加えてトランプ大統領のアジア歴訪直前に明らかになった「パラダイス文書」によって、主要閣僚の1人であるウィルバー・ロス商務長官が、ロシア政府と緊密な関係を持つ企業に投資していたことが明るみに出ている。

トランプ大統領自身もアジア歴訪中にロシアのプーチン大統領にささやかれた言葉を鵜呑みにして、「CIA(中央情報局)の情報よりも、プーチン大統領の言葉を信じる」と発言。大きな問題になっている。

実際にトランプ本人がロシア疑惑に関与しているかどうかだが、弾劾裁判で辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン元大統領のように、直接本人が関与した証拠が出てこないと、なかなか弾劾裁判にまで発展しないかもしれない。

とはいえ、選挙で負け続けている共和党が、来年行われる中間選挙までに弾劾裁判を起こさざるをえない状況になる可能性も否定できない。

忍び寄るリーマン越え経済危機の影?

第2のポイントは、トランプ大統領が決まった直後から世界の金融市場で展開されてきている「トランプラリー」と呼ばれる大相場だ。トランプ大統領の支持率が、最低限の30%台を維持できているのも株高があるからともいわれるが、ここにきて米国のハイイールド債市場で異変が起こるなど、バブル崩壊の様相を呈している。

いま目の前に迫りつつある危機と言ってもいいかもしれない。たとえば、みずほ総合研究所の長谷川克之市場調査部長、世界の金融業界ではいまそこにある危機として「HIEER(ヒア)」と呼ばれる危機が拡大している、と指摘している。

HIEERとは、ハイイールド(High Yield)、IT(ハイテク株)、ETF(株価指数連動型投資信託)、新興国(Emerging)、不動産(Real Estate)の5つの市場の頭文字を取った言葉だが、これらのマーケットがバブルになりつつあるのではないかと懸念されているのだ。実際、11月第2週(6〜10日)を襲った株安の原因の1つは、米国ハイイールド債市場での異変が原因といわれる。

トランプラリーの背景には、大統領が公約として掲げてきた法人税、所得税の大型減税案がある。ニューヨークダウが史上最高値を更新し続ける中で、株高は新たなバブルも引き起こす。そのバブルの中心地がまたしても米国の金融市場ということになるわけだ。

実際に、米国民間企業の株式時価総額は対GDP比で約130%の水準に達している。2008年のリーマンショック時を超え、GDP比150%だった2000年のITバブルに迫ろうとしている。現在のトランプ政権に、もしまたリーマンショック級の経済危機が訪れたらどうなるのか。

いかにも「イエスマンタイプ」のジェローム・パウエルFRB新議長が先頭に立って、経済危機を救ってくれるとも思えない。かといって、不動産会社のCEOだったトランプ大統領に、経済危機の対応能力があるとも思えない。簡単に、HIEERの解説をしておこう。

ハイイールド債市場……米国では低格付け、高金利の債券が人気で、今年に入って9月までの発行高は対前年比で2割増しとなっている。米国債との金利差がハイイールド債の魅力だが、近年徐々にその利回り差(クレジットスプレッド)が少さくなっており、それでも買い意欲が旺盛だ。このハイイールド債券を指数化したETFの下落が、11月第2週の世界株安の原因の1つといわれている。
IT株市場……いまや米国経済というよりも世界経済全体を牽引するフェイスブック、アップル、アマゾン、ネットフリックス、グーグル(アルファベット)といった米国を代表するIT5社(総称して「FAANG(ファング)」)の時価総額は、2兆6000億ドルにも達する。2兆6000億ドルといえば、英国の名目GDPに匹敵する規模になる。トランプ大統領は、米国経済を牽引するこれらIT企業のことはよく理解せずに、石炭産業や自動車産業にばかり肩入れをしている。この5社の一画が暴落しただけで、株価は現在の水準を維持できない。
ETF(上場投資信託)市場……日本市場でもそうだが、最近は個別銘柄よりも指数に連動するETFの売買が株式市場でメインになっている。米国のETF市場はいまや3兆ドルを超えており、指数に連動するパッシブ運用への偏りが問題視されつつある。
新興国市場……リーマンショックによって冷え込んだ世界経済を立て直すために、先進国が中心になって大規模な量的緩和を実施した。その影響で、現在の新興市場は先進国から流入してきた緩和マネーでバブル状態に陥っている。2009年以降の新興市場への資金流入はざっと4兆ドルに達する。
不動産市場……米国の不動産市場は、一部リーマンショック前を越えたともいわれる。不動産ローンなどを証券化する証券化商品の組成も再開しており、米国を舞台に再び「クレジットバブル」が再燃する可能性も否定はできない。

〈参考資料:株高・債券高・不動産高の落とし穴 五つのバブル 「HIEER(ヒア)」の恐怖(『週刊エコノミスト』2017年11月7日号)長谷川克之〉

戦争なしでは好景気を保てない?

そして第3のポイントが、戦争ビジネスを余儀なくされた米国経済の実態だ。今回のアジア歴訪でトランプ大統領は日本や韓国に武器を売り込むことに成功し、ご満悦の表情を見せた。ただ、それは米国の宿命と呼ばれる「世界最大の戦争屋=武器商人」であることを、新米大統領自らが前面に出て売り込み、その不都合な真実を露呈してしまったことも意味する。

そもそも米国は世界最大の武器商人であり、つねに世界のどこかで戦争を仕掛けて、砲弾や弾丸、ミサイルを“消費”し続けなければならないという宿命を負っている。軍需産業に支配され続けている米国政府の限界が、露呈されてしまったともいえる。

世界銀行(World Bank)によると、米国の武器輸出額は98億9400万ドル(約1兆1000億円、2016年、以下同)。第2位はロシアの64億3200万ドル、第3位ドイツ=28億1300万ドル、第4位フランス=22億2600万ドル、第5位=中国21億2300万ドルとなっている。

もっとも、2008年12月2日付のワシントンポスト紙に掲載された、米国の航空宇宙・軍需企業が加盟する「AIA(米航空宇宙産業協会)」の広告によると、米国の航空宇宙・軍需産業は年間輸出額970億ドル(約11兆円)に達し、200万人以上の雇用を創出しているそうだ。

さらに、米国国防総省のデータでは米国の武器輸出総額は340億ドル(2008年)といわれている。2008年といえば、共和党のジョージ・W・ブッシュ政権時代だが、やはり共和党が政権を取ると米国の武器輸出が増える。米国、とりわけ共和党政権にとって、軍需産業は主要産業の1つになるようだ。

実際、トランプ氏が大統領選に勝利した翌日、軍需産業の株価は暴騰。そもそも米国は、これまでテロリズムを除けばハワイ以外、国土を攻撃されたことがない。したがって、国民が戦争の悲劇さを実感できていない。

米国は第1次世界大戦に参戦して以降、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、対イスラム国戦争という具合に、10年に1度の割合で戦争に参加している。

『戦争の経済学』(ポール・ポースト著、山形浩生訳、バジリコ刊)によると、米国の経済規模から考えると「戦費総額とGDP」の関係を見ても、第1次、第2次大戦級の戦争をしないとペイしないともいわれている。ベトナム戦争以後はすべて総戦費がGDPの1%程度にしかなっていないのが現実だ。

戦争を「生業」としている国家ゆえ

にもかかわらず、米国が戦争を続けていく背景には、軍需産業の“消費”を助けなければならない事情がある。米国政府が、頑なに銃規制の強化を拒むのも、戦争をビジネスのメインの1つにしているためであり、戦争を「生業」としている国家であるからだ。銃の乱射事件がどんなに多発しようと、米国は銃社会を放棄できない。

米国の場合、軍需産業を中心とした民間企業と軍、政府機関が連携を組む「軍産複合体」が発達しており、現在も米国の軍産複合体は「北朝鮮特需」に沸いている。

この11月16日、米国の上院は2018会計年度(10月〜翌年9月)の国防予算の枠組みを決める国防権限法案を可決。政府案を600億ドルも上回る総額7000億ドル(約78兆8000億円)で可決している。

トランプ大統領が、9月19日の国連総会で「わが軍はまもなく史上最強となるだろう」と発言したことも注目されたが、まさに北朝鮮特需に、米国の軍需産業は空前の好業績を残すのは確実と思われている。

代表的な国防銘柄であるボーイングの株価は、トランプ大統領誕生以来、8カ月で6割も株価が上昇。こうした特需の背景には北朝鮮の無謀な挑発があるのも事実だが、ソ連邦が崩壊し冷戦が終わった時点で、500隻あった海軍の戦艦は2016年には275隻に減少。空軍機も3分の1に減少しており、軍需産業を支持母体に持つ共和党政権としては、世界のどこでもいいから危機を演出して国防費を獲得する必要があったのかもしれない。

とはいえ、米国が世界一の軍事大国であり、そのための努力を惜しまない国家であることは確かだ。日本の防衛省も2018年度予算の概算要求で5兆2551億円を求めている。過去最高の予算案だが、今後日米の貿易摩擦には目をつぶる代わりに、武器を大量に購入することを要求されるシナリオがあるかもしれない。

中東のイラクやシリアは、米国が意図したものかどうかはわからないが、常時戦闘状態となり、武器も激しく消費してくれた。これ以上、中東を混乱に陥れると修復不能になるため、今後はアジアの一画を常時戦闘状態にして、自国の武器を売り、消費させるシナリオがあるかもしれない。

おそらく、これまでの政治経験豊かな米国大統領であれば、武器輸出もスマートに、表面化しないような形で交渉するのだろうが、トランプ大統領はまだ1年未満の経験しかない。アジアが戦場にならないことを祈るばかりだ。