井野口祐介という選手を知っている野球ファンはほとんどいないだろう。ルートインBCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスに所属している、今年32歳のベテラン独立リーガーだ。

 地元群馬の桐生市立商の主軸を担う外野手として甲子園出場経験はあるが、1回戦敗退しており、よほどの高校野球通でもない限り、その名は浮かんでこないはずだ。


電光掲示板用の撮影を終えた井野口祐介だったが......

 その後、平成国際大に進むも芽が出ず、野球をやめようとした時期もあった。それでもあきらめきれず、2007年に卒業と同時に発足したBCリーグに参加。富山サンダーバーズの主砲として打点王に輝いた。

 翌年は地元群馬に誕生した新球団、ダイヤモンドペガサスに移籍。ここでも打点王を獲得するなど、BCリーグでは抜けた存在の選手だった。

 だが、ドラフトでは指名されなかった。プロのスカウトは、特に野手において、一芸に秀でた選手を独立リーグから獲得しようとする。逆に、井野口のようなバランスの取れた”正統派”は、高校、大学、社会人という野球界の本流から獲得するのが半ば常識になっている。プロ野球の世界で”モノになる”正統派野手が独立リーグなどに流れてくるはずがない、という考えがスカウトにあるらしい。

「たしかに、井野口は走攻守、全部揃ってはいるんだけどね……」

 彼を指導した独立リーグのある元プロのコーチの言葉は、実力がありながらも、井野口はプロ(NPB)入りしにくいタイプであると暗に語っていた。

 そんな井野口が「僕、飽きっぽいんです」と言ってアメリカに旅立ったのは5年前のことだった。これだけ野球に執着する男が飽きっぽいはずなどないのだが、その言葉に悔しさがにじみ出ているようだった。

 1月末に開催された米独立リーグのトライアウトに参加。数十万円の費用は投資と思えば安いものだった。ここで持ち前のバッティングを披露し、独立リーグの名門であるアメリカン・アソシエーションとの契約を勝ち取った。

 このリーグはマイナーでいえば2Aに相当すると言われており、BCリーグのように”無双”というわけにはいかなかったが、それでもレギュラーを獲得し、高いレベルでも十分に通用することを見せつけた。

「このレベルからは日本のプロ野球(NPB)に助っ人として行った外国人が何人も出ています。だから、ここで文句のない数字を残したらスカウトの見る目も変わるんじゃないかと。日本がダメでもメキシコとか、どこだって行きますよ」

 渡米2年目の2013年夏、アイオワの片田舎で自身の未来予想図についてそのように熱く語ってくれたが、それからまもなくして、井野口は群馬に舞い戻ってくることになった。

 あれから4年。井野口は今も”独立リーガー”でいる。群馬でカラバイヨ(元オリックス)らとともにリーグ屈指の強力打線の一翼を担っている。日本復帰後は4シーズン連続で打率3割以上をマークし、毎年2ケタ本塁打を記録している。

 もはやドラフトで声がかからない年齢であることはわかっているが、生まれ故郷の群馬で、独立リーガーとして妻と共働きしながら家庭を築いていく覚悟を決めた。

 シーズン中は野球で禄(ろく)を食(は)み、オフになれば飲食店、測量、配送といった短期の職を探した。決して楽な暮らしではないが、技術が上がり、体力的にも問題がない以上、野球をやめる理由が見つからない。

「BCリーグは来年から年齢制限(27歳)を採用するみたいですが、『オーバーエイジ枠で来年も頼むよ』と一応、球団からは言われています。口約束ですけどね(笑)。嫁は不安だと思いますが、それでも『好きなようにやればいいよ』って言ってくれています」

 その妻の言葉に甘え、井野口はシーズンが終わると、決して安くない航空券を片手にニカラグアへと旅立った。ニカラグア人の母を持つチームメイトのツテを頼って、同国リーグ関係者と接触。この国一番の名門チーム、インディオス・デ・ボエルにテスト生として潜り込んだ。

 キャンプから参加し、わずか2打席だがオープン戦にも出場した。四球と犠飛という無難なデビューを飾ったものの、すでにチームは外国人枠を使い果たしており、”リザーブ選手”として欠員を待つことになった。

 日本の野球ファンには馴染みがないだろうが、ニカラグアは野球の盛んな国だ。この冬のシーズンを前に新たに建てられた国立の野球場には、この国の英雄であるメジャー通算245勝のデニス・マルチネス(オリオールズほか)の名前がつけられている。


 このフィールドに立った井野口は、この国の野球熱の高さを肌で感じた。その一方で、日本の独立リーグとレベル的に大差はないと感じた。これなら十分にやっていける自信はある。あとはロースターの空きを待つだけだ。

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 ニカラグアリーグが開幕して約1カ月、いまだ井野口がデビューを果たしたというニュースは飛び込んでこない。心配になってメールを送ると、「電光掲示板用の個人写真も撮り終えた最初のチームは、現在首位を快走中。ここではロースターの空きが出ないので、断トツの最下位を走る”レオン”というチームに鞍替えした」という返事が返ってきた。

「ここでダメなら……そうですね、せっかく中南米まで来たんだから、パナマとかコロンビアの球団を探そうと思います」

 井野口の”道場破り”の旅はまだまだ終わりそうにない。

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