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ロシアに中距離ミサイル再開発の検討を伝達した米国

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版、2017.11.16)は、米国防省が中距離核戦力(INF)全廃条約(以下、「INF条約」)で禁止されている中距離ミサイルの再開発を検討していると報じた。

 1987年に米ソ間で調印されたINF条約は、両国の中距離(射程500〜5500キロ)地上発射型弾道ミサイルと巡航ミサイルの全廃を定めた。

 しかし近年、ロシアが条約に違反して中距離核ミサイルの開発を進めているとの疑惑が深まる一方で、米国だけが条約を遵守しているのは不公平だとして米側の不満の声が高まっていた。

 米当局者によると、米国は数週間前、ロシアが条約を順守しないようであれば、新たな中距離ミサイルの研究開発を進める意向をロシア側に伝えたという。

 しかし、問題の所在は、米国とロシアの間にとどまらない。というのも、INF条約は米露(締結時はソ連)間の条約で、中国には適用されないからである。

 その中国は、平成29年版「防衛白書」によると、「DF-4」、「DF-21」などの中距離核ミサイルを160基保有している。

 他方、米国は、地上発射型弾道・巡航ミサイルの全廃に加えて、バラク・オバマ大統領の「核のない世界」の方針を受け、INF条約の対象外である核搭載海上発射型巡航ミサイル「トマホーク」を2010年の「核態勢見直し(NPR)」で退役させた。

 その結果、米国には海中発射型(TLAM-N)と空中発射型(AGM-86B)の巡航ミサイル「トマホーク」がかろうじて残っただけになった。

 そのため、アジア太平洋地域では中国の「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否(A2/AD)」戦略によって中距離核ミサイルの寡占状態が出来上がり、米国による同盟国・友好国に対する核の地域抑止(「核の傘」)に大きな綻びが生じているのではないかとの懸念が増大している。

ロシアのINF条約違反疑惑

 ロシアは、国際的地位の確保および米国との核戦力バランスの維持とともに、通常戦力の劣勢を補う意味でも核戦力を重視してきた。

 戦略核戦力については、米国に匹敵する規模の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)および長距離爆撃機(Tu-95「ベア」、Tu-160「ブラックジャック」)を保有し、核戦力部隊の即応態勢を維持している。

 問題の中距離核戦力については、米国とのINF条約に基づき1991年までに廃棄し、翌年に艦艇配備の戦術核も各艦隊から撤去して陸上に保管したが、その他の多岐にわたる核戦力を依然として保有している。

 こうしたなか、2014年7月、米国政府は、ロシアがINF条約に違反する地上発射型巡航ミサイル(GLCM)を保有していると結論づけた。

 米政府当局者に「SSC-8」と呼ばれる同ミサイルは、2個大隊を保有し、ロシア南東部アストラハン州のカプスチン・ヤルなどに配備されていると指摘されている。

 この件について、米政府は、たびたびロシア政府に対し異議申立てを行ってきた。

 しかし、ロシア政府が否定しているため、米国はその対抗措置として、新たな中距離ミサイルの研究開発を進める意向をロシア側に伝え、そのうえで、ロシアが条約を順守すれば、開発を断念すると伝達したのである。

中国の中距離核ミサイルによる
米国の地域核抑止低下の懸念

 一方、中国は、核戦力および弾道ミサイル戦力について、1950年代半ば頃から独自開発を続けており、抑止力の維持、通常戦力の補完そして国際社会における発言力の確保を企図しているものとみられている。

 中国は、ICBM、SLBM、H-6(Tu-16)爆撃機のほか、INF条約に拘束されないため、中距離弾道ミサイル(IRBM / MRBM)を保有し、さらに大量の短距離弾道ミサイル(SRBM)といった各種類・各射程の弾道ミサイルを配備している。

 わが国を含むアジア太平洋地域を射程に収める中距離弾道ミサイルについては、発射台つき車両(TEL)に搭載され移動して運用される固体燃料推進方式の「DF-21」や「DF-26」があり、これらのミサイルは、通常・核両方の弾頭を搭載することが可能である。

 また、中国はDF-21を基にした命中精度の高い通常弾頭の弾道ミサイルを保有しており、空母などの洋上の艦艇を攻撃するための通常弾頭の対艦弾道ミサイル(ASBM)「DF-21D」を配備している。

 さらに、射程がグアムを収めるDF-26は、DF-21Dを基に開発された「第2世代ASBM」とされており、移動目標を攻撃することもできるとみられている。

 これらの中距離弾道ミサイルは、中国周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を拒否する「A2/AD」戦略を成り立たせるための重要な手段であある。

 米国のINF廃棄と相まって、アジア太平洋地域に中国の核ミサイルの寡占状態を作り上げることができるため、米国による同盟国・友好国に対する核の地域抑止(「核の傘」)に大きな綻びが生じているのではないかとの懸念が増大しているのである。

米国のアジア太平洋地域における
地域核抑止の信憑性と信頼性の回復

 このように、中距離核ミサイル、すなわち戦域核ミサイルについては、米国と中国(および北朝鮮)との間に非対称状態を生じている。

 米国の核による地域抑止の低下についての懸念は、第1列島線域内の同盟国・友好国のみならず、米国の要人の間でも公然と指摘されるようになっている。

 日本側の意向も、様々なチャネルを通じて米側に伝えられており、米国政府もINF条約の「くびき」について十分認識しているとみられる。

 これまで、米国の核戦略は、主としてロシアを対象に策定されてきたが、21世紀の世界における安全保障の最大の課題は中国であり、今後はロシアのみならず、中国を睨んだ核戦略および核戦力の強化に目を向けなければならない。

 米国政府がINF条約違反と結論づけたロシアによる中距離核ミサイルの開発ならびに中国による大量の中距離核ミサイル保有を考えれば、米国には、同条約の破棄あるいは最低限でもアジア太平洋地域に限定しての条約の適用除外に踏み切り、懸念される地域核抑止の信憑性と信頼性を回復することが切に望まれる。

 この際、同条約の無効化に伴い、米国は短距離・中距離核ミサイルの配備について、わが国を含む第1列島線域内の関係国に打診してくる可能性もある。

 日本としても、どのようにすればわが国の核抑止力を高めることができるか、その在り方について真剣に検討すべき段階に入っているのである。

筆者:樋口 譲次