「教育が子どもの人生を左右する」と考えれば、幼児教育に大金を払う親がいるのは不思議ではない(写真 : Rawpixel / PIXTA)

格差拡大が加速しているといわれて久しい米国。高騰し続ける大学の授業料などをまかなうのに一般的な親が10年以上貯金しているのに対し、幼稚園に一般の私立大学と同程度の学費、年間3万ドル(約330万円)支払う親もいる。

「教育が子どもの人生を左右する」と考えれば、幼児教育に大金を払う親がいるのは不思議ではない。多くの米国人は、幼稚園は5歳児が翌年から始まる公式の学校教育に慣れるための準備期間としてとらえている。実際、米国の幼稚園は従来、3時間(半日)のプログラムを提供していたが、昨今では小学校と同じく、1日6時間のプログラムを組んでいるところが増えている。

エンジニアリングや世界の言語を学ぶ

米メリーランド州ボルチモアにある私立幼稚園「The Bryn Mawr School(ブリンマースクール)」も、行き届いた教育で知られるエリート幼稚園の1つだ。プリスクール(通常2〜4歳児が対象)から12歳児を対象としたブリンマースクールの学費は、年間2万6000ドル(約290万円)。これには、時間外プログラムは含まれていない。

ちなみに、時間外プログラムは15時半から18時までで月額1910ドル(約21万円)。つまり、学校がある期間(9カ月)時間外プログラムを利用した場合、学費は年間約4万3000ドル(約480万円)にハネ上がる。

一般的な幼稚園では、ABCを覚える、集中力を高める、算数や社会の基本を理解するといったことに重きを置いているのに対して、ブリンマースクールでは幼稚園児の学力向上を目指すカリキュラムの一環として、人格教育、コンピュータ科学、エンジニアリング、音楽、世界の言語などを教えている。

米私立教育評議会によると、米国の幼稚園のうち私立校は全体の25%で、全幼稚園児の1割にあたる約500万人が通っている。こうしたエリート幼稚園が立地するのはたいてい、歴史が長い名門プリスクールがあるようなところだ。

エリート幼稚園の特徴はこのほかにも、少人数クラスや献身的な指導者、さらには幼稚園活動に熱心な親などが挙げられる。また、一般化することは難しいが、CNNマネーによると、エリート幼稚園には理科室や陶芸室、野菜などを育てる畑、ヨガスタジオ(!)などを備えているところも少なくない。

こうした特殊な施設に加えて、遺跡の発掘作業や彫刻、プログラミングなどユニークな活動を取り入れているところ多い。たとえば、シカゴにあるベネット・デイ・スクールには、「ティンカーラボ」と呼ぶ、ベニア版や厚板、穴が空いたボード「ペグボード」などが壁に埋めこまれた教室がある。園児たちはここで互いに協力しながらさまざまなプロジェクトを行い、経験に基づいて知識を得ていく。

また、同幼稚園では毎朝、「モーニングミーティング」を開き、園児は「今日は何をするか」をここで発表するという。ちなみに、ベネットは入園料が2500ドル(約28万円)、授業料は年間2万4205ドル(約270万円)である。

ベネットのように「現場主義」を取り入れている幼稚園は珍しくなく、多くのエリート幼稚園がたくさんの「体験」ができるようなフィールドワークや遠足、宿題、課外授業の開発に勤しんでいる。子どもの頃から多くの体験をさせることで、複数の才能を開花させるだけでなく、より人間性の豊かな人に育てたいと考えているようだ。

エリート幼稚園に通わせる親の言い分

とはいえ、5歳児に年間3万ドル近くかけて、ここまでレベルの高い教育を受けさせる必要はあるのだろうか。

「イエス」と答えるのは、マージョリー・スミスさんだ。スミスさんの娘は、マサチューセッツ州ボストンにある私立幼稚園に通う。学費は年間ざっと3万ドル(約330万円)。スミスさんに言わせると、「信念を持っている成功者で、子どもにもきちんと投資をしている保護者とネットワークを作ることはとても重要なことだ」。

幼稚園を選ぶうえでは、教育の質や環境、少人数クラスでの個別指導、幼稚園がグローバルな視野を持つかどうかを重視したという。今では、娘が「同じような価値観や考え方を持った子どもたちに囲まれている」ことに満足。3万ドルの投資はムダになっていない、と話す。

一方、同じく私立のエリート幼稚園に2人の子どもを通わせていたクレイディス・ブラウン氏(仮名)は、上流幼稚園の考え方になじまなかった。子どもたちが通っていたのは、体験型の学習を取り入れることで有名な幼稚園で、近くの農園で野菜を植えるなどの活動に力を入れていた。また、自由遊びを通じて想像力を培うという教育方針のため、あえて学力をつけるような教育は行っていなかった。同校の最大の目的は、のびのびとした子どもを育てることにある。

当初、ブラウンさんにはこの教育方針は理想的に見えた。息子はプレスクールから8年生までこの学校に通わせたが、その投資結果は満足できるものではなかった。「8年生を終えたとき、息子と(ほかの学校に通う子の間に)学力の差があることがわかった」とブラウンさんは言う。そこで、下の娘については、3年生の時点で公立校に転校。今では、彼女の学力に満足しているという。「早く転校決めてよかった」とブラウン氏は胸をなで下ろす。

全米独立学校委員会(NAIS)によると、私立の幼稚園の平均授業料は1万8347ドル(約205万円)に上る。都市によって値段はさまざまだが、生活コストが高いことで知られるニューヨーク市では私立幼稚園の授業料は3万ドル(約330万円)以上するところが多い。

これらの費用にはランチ、通学バス、スポーツ用具、テキストなどは含まれておらず、追加で2000ドル(約22万円)の交通費を支払わないといけないところもある。このほか、NAISの調べによると、私立の幼稚園に通わせる親の約6割が寄付金を支払っており、その平均は約1700ドル(約19万円)に上る。

親にかかるプレッシャーも半端ない

私立幼稚園に通わせるのを逡巡する親がいるのは、コストの問題だけではない。私立校ならではの「プレッシャー」もある。米ウォールストリート・ジャーナル紙で教育費について記事を書いているステーシー・ブラッドフォード氏が、CBS(ネット版)に語ったところによると、エリート幼稚園では「ファンシーな誕生日会」や、高額な洋服や最新のガジェット(電子機器)を当たり前に持っている子が少なくない。

「自分の娘が幼稚園から帰ってきて、『どうしてうちは冬休みにスキー旅行に行かないの?』なんて聞かれるようなシチュエーションを考えなければならない」(ブラッドフォード氏)。こうした「ぜいたくな生活」が家庭の価値観と合わなかったとしても、子どもが幼稚園で浮いてしまわないためには仕方ないと考える親もいるようだ。

こうした私立幼稚園ならではの価値観に対して違和感がありながらも、エリート校でしか得られないような人脈や教育環境は価値が高いとみる人もいる。ニュージャージー州在住のファリア・ラツールさんは、現在子どもを幼稚園には行かせず、自らホームスクーリングで教えているが、将来的には私立校に行かせるオプションも残している。

それには、ラツールさん自身が生まれ育ったパキスタンで私立の女子学校に通ったことが大きい。「私立校で質の高い教育を受けられたからこそ、米国に来ることができたし、ここで生活ができるほどの能力を身に付けることができたと思う」とラツールさんは話す。ラツールさんの学校では、早くから英語教育が行われていただけでなく、人と違う発想を持つ力やネットワーキング力などを養う教育が行われていたという。

もちろん、質の高い教育、あるいは、豊かな人間性を育む教育は、高額のエリート校でなくても受けられるだろう。最終的には、親が子どもにどういう教育を受けさせたいか、どういう子どもに育てたいかによるだろう。もしあなたが親だったら、授業料300万円の幼稚園に、いったいどんなことを望み、求めるだろうか。