容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

久しく女子力とかけ離れた生活をしていた彼女は、学生時代の憧れの人に4年ぶりに再会し恋の気配を感じるが、なんと相手は楓のことを一人の女としては見ていなかった。

一方楓の友人である女医の美里も同じくハイスペック女子だが、また違った事情で悩みを抱えていた。楓の助言により、一時それは解決したかに思えたが・・・




その日の啓太は、大分酔っているようだった。

美里は啓太と交際3年目に入るが、こんなに酔っ払っている彼を見るのは初めてだ。

-どうしたんだろう、普段そこまで飲まないのになぁ・・・

2人は恵比寿の『goloshita.』で食事を終えたところだった。

シンプルで飾らない調理法だからこそ素材の味わいが際立つこのお店は、2人のお気に入りだったが、一緒に来るのは久しぶりだった。

研修医1年目の美里も多忙だが、大手外資メーカーの幹部候補生としてキャリアに邁進する啓太も、最近は更に海外出張が増え、二人の予定が合うことは月に1、2度だ。

ピリッと冷たい空気が、酔いで火照った頬に心地良い。

自然とひと肌が恋しくなる季節でもある。

「美里、もう一軒寄ろう!」

「もう、今日はこの辺にしておこうよ。啓太結構酔ってるよ?」

「いや、行こうよ。俺は美里とずっと一緒に居たいの!」

酔っ払うと普段のクールな表情が嘘みたいに、啓太は可愛くなる。

美里は、先週母親と揉めた時に頭をかすめた迷いなんて嘘のように、目の前の男が愛おしくなる。

「今一緒に居るじゃない。今日だって、一緒に帰ろう、ね?」

啓太の手を取り、駅に向かって坂をのんびり下り始める。

「俺はねえ、美里のためだったら何だって良いの。・・・ぜんっぜん、後悔なんかしてない。」

-・・・後悔?何のこと?

啓太の声は自分に言い聞かせるようで、小さかった。

が、美里はそこに、聞き流せないような、何か切羽詰まったものを感じた。

横を歩いていた啓太の前に回り込んで、彼の顔を見上げる。

「・・・啓太。何の話?」


啓太の「ある決断」に、美里は戸惑う


啓太の話を要約するとこうだ。

彼は世界最大手の外資メーカーに勤めており、社長直下の経営企画室に配属されている。

日本支店の経営幹部候補生のみが集められる出世コースだが、その中でも評価の高い一人が、ワシントン本社に配属になるというのだ。

そして、その一人に選ばれたのは、啓太だった。

本社配属になれば、今より一層取り組める課題も増えるに違いない。

今までの自分の努力が認められたことが心から嬉しかったし、与えられたチャンスは喉から手が出るほど欲しいものだった。

が、しかし。

ワシントン転勤はキャリアの輝かしい前進を意味するのと同時に、美里との結婚を諦める事でもあった。

開業医である美里の両親が、彼女に自由が丘の医院を継いでもらいたがっていることは、啓太にもよく分かっていたからだ。

自分のキャリアと、美里との未来。

悩みに悩みぬいた末、啓太はオファーを断り、東京に残ることを選んだのだった。




一通り話を聞いた後、美里はしばらく何も言えなかった。

-私のために、啓太に仕事を諦めさせてしまったんだ・・・

「啓太・・・ごめん。」

「美里が謝ることじゃないよ。俺が自分で選んだんだから。」

そう言ってくれることなんて100%分かっていた。

それでも彼が今までどれだけ仕事に打ち込み、やりがいを感じていたかを聞いてきたからこそ、大きなチャンスを見逃すことになってしまった要因が自分だなんて、本当に情けなかった。

楓の声が耳に蘇る。

-私の幸せが、私の大切な人たちの幸せでもある。

・・・そう信じて啓太との未来を選んだのに。

これが本当に自分の幸せだったのだろうか?

啓太の顔が真っすぐ見られず、美里はうつむいたまま彼の手を握った。


はいすぺさん、決断の時。


翌日、美里は部屋でノートパソコンを睨むように見つめていた。

朝4時からずっとディスプレイを見続けていたせいで、土曜のお昼だというのに酷い肩こりと目の渇きだ。

-受験勉強、もっと大変だったはずだけどなぁ・・・

さすがに高校生の時からは衰えているのかな、などと考え苦笑いする。

しかし、朝から集中した甲斐はあった。

美里は啓太の電話番号を鳴らした。

「-もしもし。」

「啓太、午後少し時間取れないかな?」

「ん?15時くらいだったら少し時間作れそうだけど。」

「じゃあ、その時間に西麻布の『丸山珈琲』で。」

―よし。

もう心は決まっていた。




丸山珈琲はいつも賑わっている。

自家焙煎の珈琲豆の香りを胸いっぱい吸い込みながら、店内を見渡すと、啓太は既に奥の席でメニューを捲っていた。

「お待たせ!」

「全然。お昼まだだし何か頼もうかな。」

「それなら私も!」

美里もここのサンドイッチの大ファンだ。ふくよかで優しい珈琲の香りとパンの素朴な味わいが、いつも心に沁み渡る。

「で、どうしたの?」

美里の様子に、啓太も何か感じるところがあったのだろう。

回りくどい話なんて要らなかった。

「啓太、ワシントン転勤のオファーは、受けて。今すぐ連絡して、オファー辞退を取り下げて。」

昨晩からずっと考え続けてきたことの答えは、これだった。

「私と結婚するために啓太が自分のキャリアを妥協するなんて、考えられない。私は、そんなことされるくらいなら、啓太と結婚できなくたっていい。」

「・・・美里、それ、どういう意味?」

店員が美里の頼んだ「西麻布ブレンド」を運んできた。

立ち上る香りに思わずにっこりしながら、深く深呼吸する。

「私が、何かのために何かを諦めるなんて、すると思う?私は、啓太のことも、自分の仕事も、諦めない。

・・・私、ワシントンで働くことにしたよ。」

ぽかんとしている啓太に、美里は説明を始める。

「昨日からずっと考えてたんだけどね・・・」

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美里と楓、2人の人生は大きく動き始める。