春香が、24歳のとき。

心から愛していた男が、ある日忽然と姿を消した。

その日から、春香の時計の針は止まったまま。食事会に行っても新しい恋人が出来ても、まとわりつくのはかつて愛した男の記憶。

過去の記憶という呪縛から逃れることのない女は、最後に幸せを掴み取る事ができるのか?

最愛の恋人・祐也が姿を消してから3年経った頃。

グイグイ男・慶一郎に心が傾き始めた春香だが、ホームパーティーで再会した祐也から突然の電話があり、「春香の声が聞きたくなった」と言われ動揺してしまう。




“元彼”

春香がGoogleの検索バーにおそるおそる単語を入力すると、検索候補一覧がずらりと現れた。

“元彼・連絡”、“元彼・復縁”、“元彼・忘れられない”…

世の中には、自分以外にも同じ悩みを抱えている女が溢れている。日本全国に共に闘う仲間を見つけたような気がして、途端に心強い気持ちになった。

春香がスマホ片手にこんなことばかりしているのは、祐也が突然の電話をしてきたせいだ。もう何日も前から、その電話の意味をずっと探している。

ー3年ぶりに再会して、やっぱりやり直したくなったとか…?

そのとき画面の下の方に現れたアプリの広告に気がついた。「品川の父」と書かれた占いアプリの広告バナーだ。異様にふくよかな耳たぶと、眉間の大きなホクロが特徴的な男が、怪しい笑みを浮かべている。

「品川の父…?うわぁ、胡散臭い」

思わず声に出して呟いたが、バナーの文字に目が釘付けになった。

“元カレに振り回されて幸せになれない貴女へ!驚愕の的中率!品川の父が救いの手を差し伸べます!”

バカバカしいと思いつつも、気になって仕方ない。溺れる者は藁をも掴むというのはこのことを言うのだろう。春香は気がつくとアプリをダウンロードしていた。

祐也との相性占いの鑑定結果は、こんな内容だ。

「彼との相性は最悪です。彼と関わる限り貴女にはトラブルしか訪れません。いますぐきっぱりと関係を断ち切り、潔く突き放しましょう!そうすれば幸せが訪れます!」

ニンマリ微笑む品川の父の画像を見ながら、春香の胸の奥にみるみるうちにパワーが湧いてきた。

ーたしかに、ホームパーティーと言い、不運続きだわ。よし、こうなったら、こっちからきっぱりと突き放してみせる!

こうして春香はスマホを握りしめ、祐也へと電話をかけるのだった。


春香は祐也を突き放せるのか?


振り回される女


「もしもし」

数回の発信音のあと、祐也の声が聞こえ、決心が鈍らないうちに春香は話し始める。もう2度と連絡してこないで、とキッパリ言ってやるのだ。

「祐也。この間いきなり沖縄から電話してきた件だけど…」

春香がそこまで言ったところで、祐也が驚いたように尋ねた。

「え?俺、電話したっけ??ごめん、めちゃくちゃ酔っ払っててさ、覚えてないんだよ」

そして祐也は、だから全く気にしないでね、と明るい声で言った。

ーなんか私、一方的に振り回されてて馬鹿みたい…。

春香は唖然として、返す言葉が見つからなかった。






数日後、真紀から突然LINEが来た。

ー春香ちゃん♪今週末空いてますか?国立新美術館で安藤忠雄展やってるみたいだから、よかったら一緒に行かない?

春香はすぐに返信を送る。

ーお誘いはありがたいけど、私、芸術には疎いから、今回はやめておくね。ごめんなさい。

春香は、真紀とは距離を置くと決めていた。彼女はいい子だけれど、一緒にいると惨めになる一方だし、それにどうしても祐也の影がつきまとう。あの2人とはもう2度と関わらない。それが数日考えて出した答えだった。

ところが真紀の返信は予想外のものだった。

ーそっか、残念。じゃあ慶一郎君を誘ってみようかな♪彼、建築に興味あるって言ってたから。

それを見た春香は慌てて、返信を打った。

ーやっぱり、気が変わった!私が行く!



結局、真紀の提案で美術館には3人で行くことになった。

六本木に向かう地下鉄の中で、スマホ画面の「品川の父」のアイコンをじっと見つめながら考える。

ー占いやグーグルは、私を幸せにはしてくれない。そんなものに頼らず、幸せは自分で切り開かないとね。アプリは退会しよう!

ところがその瞬間、誤ってアイコンをタップしてしまった。すると「貴女の今日の運勢」というページがドンと現れる。

「貴女の今日の運勢は、2017年で一番の大凶です。想像もできないトラブルに見舞われるでしょう。克服する方法はただひとつ。どんな困難にも正面から立ち向かうことです!」

春香は慌ててアプリを閉じ、ブルブルと首を横に降った。

ー占いなんて気にしない、気にしない!

しかし、皮肉にも品川の父の予言は的中した。

待ち合わせ場所に現れたのは、慶一郎と真紀、そしてもう一人…祐也だったのだ。


ついに4人が揃った美術館。このあと何が起きるのか。




ついに集結した4人


「祐也に話したら自分も来たいって言って聞かなくて。大丈夫だよね?」

真紀に尋ねられ、春香は仕方なく頷く。

4人は、まずランチを済ませてから展示を見ることにして、国立新美術館内のレストラン『ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ』に入った。

「わあ、美術館の中にこんな素敵なお店があるんだぁ…」

憂鬱だった気分も忘れ、開放感のあるレストランスペースをキョロキョロと見回す春香を、慶一郎が嬉しそうに見つめている。

「春香ちゃん、ここは初めて?美術館はあんまり興味ないの?」

春香はううん、と首を振って笑顔で答えた。

「芸術には詳しくないんだけど、でも見るのは好きだよ」

慶一郎の顔がパッと明るくなる。

「そうなの?俺も美術館好きだから、よかったらまた別の所も行こうよ」

すると祐也が口を挟んだ。

「あれっ。春香、芸術には全く興味なかったはずだよね?たしか、大学の卒業旅行でルーブル美術館行ったけど、すぐに展示に飽きて待合スペースで居眠りしかけたらスリに狙われたって騒いでたじゃん」

「まあ、昔のことだから。あはは…」

ー余計な情報をバラさないでよっ…!!!

笑って誤魔化しながら春香は祐也を睨みつけたが、祐也は知らん顔をしている。

すると今度は、真紀が口を開いた。

「春香ちゃんってやっぱりすっごく素直で、なんか可愛い。ねえ、本当に彼氏いないの?私の同僚で良かったら、紹介しようか?それとも本当は付き合ってる人いるんじゃない?」

途端にその場が静寂に包まれた。慶一郎も黙り込んでいる。沈黙を破ったのは、祐也だった。

「真紀の同僚って…弁護士?春香と弁護士って、なんか不釣り合いなカップルだなあ。会話とか噛み合わなそう」

春香はムッとした。さっきから、どこまでコケにすれば気がすむのだろうか。

確かに今日の運勢は、2017年一番の大凶かもしれない。しかし品川の父の「どんな困難にも正面から立ち向かえば克服できる」というお告げを思い出し、急に強気になった。

「真紀ちゃん、私、本当に彼氏はいないの。3年前に酷い男に捨てられて、それ以来恋愛は散々なの」

真紀は驚いて、どういうこと?と尋ねる。春香は祐也のことは見ないようにして、真紀に言った。

「ある日突然姿を消して、連絡も取れなくなったの。それからは地獄みたいな3年間だった」

真紀は小さな声で「酷いわね」と呟き、慶一郎は心配そうに春香を見ている。しかし祐也がきっぱり言った。

「突然姿を消した男にだって、何かやむを得ない事情があったかもしれないじゃん」

驚いて顔をあげると、祐也は、真顔で春香をまっすぐ見つめていた。

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慶一郎との距離を縮める春香。そして祐也の真意は?