結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか・・・?

先週、英会話教室で本格スタートした奈々子の青田買い作戦。さて、進展は・・・?




「岡田さんですか?」

奈々子は、聞き覚えのない声に呼びかけられ、誰だろうと思いながら顔を上げた。

「おはようございます。本日から営業部に異動になりました、中村と申します」

奈々子の目の前に、歯磨き粉のCMにでも出てきそうな爽やかなイケメンが書類を片手に立っていた。

中村は8年目。今回の人事異動で、名古屋から転勤してきたらしい。

-うちの会社にこんなイケメンいたんだ!

「おはようございます。岡田です。どうされました?」

「旅費の精算で伺いたいことがありまして」

「はい」と言って奈々子がささっと説明すると、「ありがとうございます。助かりました」と彼は立ち去った。

左手に指輪がついていないことも確認した奈々子は、夜に向けてのテンションが一気に上がる。

今夜は、歓迎会が開かれるのだ。今の中村も来るはずだから、テンションが上がらない方がおかしい。

そうしてルンルン気分で仕事をしていると、また別の人に声をかけられた。

「お、おはようございます。ほ、本日から配属になりました、平成29年入社の田中です」

新入社員らしい。緊張しているのか、運動会の後進のように、右手右足を同時に出してカクカク歩いてきた。

「なんでしょうか?」

「新聞が、あの今朝・・・あ、3面の・・・」

「は・・・?」


楽しみだった歓迎会。イライラに変わった訳とは?


トンデモ新入社員、登場


田中が何を言いたいのか察した奈々子が、聞いてみた。

「もしかして、今朝の朝刊に掲載されたうちの再開発の記事ですか?」

「は、はい!」

奈々子が、新聞の場所とコピー機の使い方やPDFの取り方を一通り教えると、田中は深々とお辞儀して席に戻っていった。

その後ろ姿を見ながら、奈々子は思わずぷっと吹き出す。

ー新入社員とはいえ、緊張しすぎじゃない?



その夜、『東京 今井屋本店』で歓迎会が開かれた。

今朝出会ったイケメン・中村は、話し上手で、かと言って出過ぎることもなく、上司に上手にゴマをすりながら笑いを取っている。

-この人、出世するな。

奈々子は、直感的にそう思った。社会人を6年もやっていれば、出世しそうかどうかなんて一発で見分けがつくようになる。

それに対し、新入社員の田中と言えば・・・。

趣味の筋トレや大学院時代の研究テーマを熱弁していたが、話し方が悪いのか、内容が悪いのか、とにかくつまらない。

話を遮る意味も込めて、奈々子が「田中くん、次は何飲む?」と尋ねると、とんでもないことを言い出した。

「日本酒いいですか?久保田の萬寿、お願いします」

一瞬にして、その場の空気が凍った。さきほど、奈々子もメニューでちらりと見たが、一合2,000円弱。

歓迎会の主役とは言え、一番下っ端の新入社員が部長より高いお酒を頼むなんてありえない。

しかし、田中本人はどこ吹く風。日本酒好きアピールを始め、酒蔵巡りについて熱く語っている。

見兼ねた部長が、奈々子に注文するよう、目で合図を送ってきた。

「部長、すいません・・・」

なぜ奈々子が謝っているのか分からないまま、大きくため息をついた。

その後も、田中はとにかく鈍くて奈々子を苛立たせた。

「課長のグラス、空よ。ビール注いで」
「デザートのスプーン、みんなに配って」

-高いお酒を飲んでる暇があったら働きなさいよ!



歓迎会を終え、どっと疲れた奈々子が、東京駅に向かって歩き始めた時だった。

「岡田さん、今日はお疲れさま。良かったら、これ」




中村が奈々子の横を歩き始め、何かを差し出してきた。

日本では名古屋にしか店舗のない、フランスの有名ショコラティエ、ミッシェル・ブランのチョコレート。

「他の人には内緒だよ。部署の人は普通のおせんべいだから」

花の香りを練りこんだチョコレートという乙女心鷲掴みのセンスも、特別感のある渡し方もスマートすぎる。

「ありがとうございます」

「6年目の総合職のかわいい子が営業部にいるって聞いてたんだ。噂通りだったよ。岡田さん、これからよろしく」

奈々子の心臓はドクンと波打った。


新入社員のせいで、奈々子に災難が降りかかる・・・?


やっぱり女でいたい、そう願う気持ち。


東京駅で中村と別れた奈々子は、寮に帰ってからもずっとドキドキしていた。

かわいいなんて褒められたのは、いつ以来だろうか。

普段の奈々子なら、「適当なお世辞なんか要らない」と、すぐに否定的に捉えてしまうだろう。

それなのに・・・。

今回ばかりは、柄にもなくキュンとしてしまった。

-中村さん、彼女いるのかなぁ。

ー新入社員のどうでもいい話なんか聞いている場合じゃなかった。さりげなく中村さんの恋愛事情に話を持っていくべきだったのに・・・。

中村に褒められて気を良くした奈々子は、久しぶりにナイトスチーマーをONにして、蒸気をたっぷり肌と髪に当てながらベッドに潜った。




翌日。

奈々子は、髪を綺麗にカールさせ、普段の3倍の時間をかけて入念に化粧をした。

今夜は、英会話教室。気合いが入る。

順調に業務を進め、定時には上がれそうだと思っていた矢先。

新入社員の田中が、オロオロしながら奈々子のもとにやってきた。

「お、岡田さん。お願いがありまして」

「昨日はお疲れさまでした。なんでしょうか?」

すると、田中がモジモジ話し始めた。

「明後日、千葉のマンション再開発の件で地権者のところに伺うんです」

-だから何?結論から言いなさいよ。

「はい、それで?」

「等価交換マンション事業を始めるにあたって・・・」

等価交換方式とは、その土地の地権者が保有している土地を、その土地に建設予定のマンションの一部と等価で交換することだ。

分かり易く言えば、多くの土地を持つ地権者には、マンション10部屋、少しの地権者には2部屋・・・といった具合だ。

タワーマンションの場合、同じ間取りでも部屋の階数で揉めることもしばしば。等価交換の調整業務にはかなりの時間を要する。

「あの物件、揉めてるって噂で聞いたわ」

「そうなんです!!!明後日までに、地権者の保有する土地の比率に応じた、部屋の割り当てのサンプルを作成しないといけなくて。

地権者12人のリストと割り当てがこれで・・・。あ、26階建のマンションで、戸数は363で・・・。それに、明日は1日外出で・・・」

田中の置かれた状況を理解した奈々子は青ざめた。

-そんな大事な作業を今からやるっていうの?

すると、高杉課長が奈々子のもとにやってきた。

「本当に申し訳ない。私も手伝うから一緒にやってくれないか」

高杉課長は、奈々子が新入社員の頃からお世話になっている、大学も同窓の大先輩だ。断れるはずがない。

「大丈夫です!すぐに10階のミーティングルームに伺います」

化粧直しのついでに、英会話教室に欠席の連絡を入れた。

ミーティングルームに向かう途中、自販機で缶コーヒーを買おうとしていると、中村が話しかけてきた。

「お疲れさま。田中の件、聞いたよ。出来る人には仕事が集まって大変だね。俺も岡田さんに仕事頼みたいんだけどなぁ。岡田さんの取り合いだね」

「いえ、そんな・・・」

普段は強気の奈々子だが、中村の前ではしおらしくなってしまうから不思議だ。

肩肘張って生きていても、本当は心のどこかで“自分は女だ”と自覚させてくれる男を求めているのかもしれない。

青田買いを決心した奈々子だが、先輩のスマートさと新入社員の残念さを比べてしまい、早くも「やっぱり年上が良い・・・」と思ってしまうのであった。

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新入社員と残業中に新たな展開!?こんなはずじゃ・・・。