ネットカフェでアルバイト勤務するタカヒロさん。時給は地域の最低賃金と同水準で、手取りは13万〜15万円という(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

高校生のときに感電自殺を図った


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高校生のとき、自殺することばかり考えていた。ある日、電気コードの中の銅線を露出させて左胸と背中に貼り付けた。睡眠薬を飲む。タイマーで電気が流れる時間を設定する。コンセントにコードを差し込み、目を閉じた――。目覚めたときに見たのは、慌てふためく母親の姿だった。

このとき、もともと折り合いの悪かった母親から「あんたとはもう一緒に暮らせない」と言われた。両親の離婚後、もう何年も会っていない父親が騒動を知って母親に送ってきたメールには「おカネが必要ならいくらでも払います。だからこれ以上、かかわらないでほしい」との旨が書かれていたという。

タカヒロさん(20歳、仮名)は当時の心境について「それまでは母親も父親も家族だと思っていました。だから、どこかに期待する気持ちがあったんです」と振り返る。しかし、自殺未遂をきっかけに、両親に愛情や評価、思いやりを求めても無駄であることがわかった。期待すれば裏切られる。だから、期待することをやめた。皮肉にもこれを境に自殺願望は急速に収まった。

両親は物心ついたころから不仲で、離婚後、タカヒロさんは母親に引き取られた。母親は派遣社員。目に見えて生活が苦しくなることはなかったが、やむをえず外食をしたときなど彼女は注文せずに食費を節約していたことを、幼いながらに気づいていた。父親から養育費が支払われていたかどうかは、知らないという。

母親の途切れることのない男性関係

母親との関係がこじれたきっかけは、タカヒロさんが小学校高学年のころ。母親と付き合っていた男性との間に子どもができたことだった。寝耳の水の出来事に「母親は仕事で忙しいんだと思っていました。だから、僕は独りで留守番をして、我慢して冷凍食品を食べていた。それなのに、あの人は外でそういうことをしていたんだ」と思ったという。

しばらくして女の子が生まれた。しかし、母親は再婚しなかった。彼女によると、相手の男性が連れ子であるタカヒロさんの存在を煙たがったのだという。1度、母親と口げんかをしたとき、「妹に父親ができなかったのは、あんたのせいだ」となじられた。

その後もタカヒロさんを傷つけ続けたのは、母親の途切れることのない男性関係だった。しかし、男の子がそんな感情をうまく言葉にすることもできない。反抗的な態度や不登校を繰り返す息子に対し、母親はベルトで打ちすえたり、包丁を突き付けたり、部屋に閉じ込めて何日も食べ物を与えないといった虐待で応じた。

歪んでいく親子の関係について、タカヒロさんは「僕が理由を言わないから、母親も僕の本当の気持ちはわからなかったと思います。どこまでも平行線でした」と語る。

母親は雇い止めに遭うことはなかったようだが、生活に余裕はなかった。タカヒロさんが高校に入ってからは、通学費と昼食代は自分で工面することに。また、平日は妹を保育園に迎えに行くことや、掃除や洗濯などの家事を手伝うことも彼の仕事になった。妹はかわいかったが、これでは部活もできない。学校が遠方で1カ月の定期代が1万円近くかかったこともあり、週末はバイト漬けにならざるをえなかった。何よりも洗濯物を取り込むとき、母親の下着が派手になるたび、また「彼氏」ができたのだとわかることが、タカヒロさんの気持ちを逆なでした。学校の成績は、教師から大学は推薦で行けると太鼓判を押されるほどだったが、しだいに休みがちになっていったという。

このころ、母親と妹、その時々の「彼氏」と3人で出掛けることが増えた。悪気のない妹から3人で遊びに行ったときの話を聞かされるのはつらかった。また、家に出入りするようになった「彼氏」の1人はタカヒロさんをのけ者にしておきながら、「どうして学校に行かないの?」と諭してきたという。

「なんで俺、ここにいるんだろう?」「俺、ここにいてもいなくても同じじゃね?」

疎外感が募った。直接の引き金が何だったのか、今となってはもうわからない。以前から、首つりのためのロープや睡眠薬を買ったりしていた中で、ついに感電による自殺を図ったのだ。自殺が失敗した原因について、タカヒロさんはどこか他人事のように「銅線の貼り付け方が悪くて、電気抵抗が大きすぎたんだと思います」と分析する。

自殺未遂後は、行政の福祉担当者らが間に入り、タカヒロさんは独り暮らしをすることになった。条件は、学費は母親が負担し、生活費は自分で稼ぐこと。家族に何かを期待することをあきらめ、母親と距離を取ったことで精神的には幾分落ち着いたが、今度は貧しさとの闘いが始まった。

学費が払われていない

新たな住まいは家賃4万円のシェアハウス。勉強とアルバイトに追われる日々はただでさえ過酷だったのに、半年ほど経った頃、担任の教師から「学費が払われていない」と告げられた。嫌がらせなのか、本当に家計が苦しかったのか――。母親と直接話をしていないので、本当のところはわからない。仲介役を期待した教師は「これは先生とお前じゃなくて、お前とお母さんの問題だから」と言うばかりで頼りにはならなかったという。

タカヒロさんはやむなく留年。その後は生活費に加えて学費も稼がなくてはならなくなり、飲食店や日雇派遣など多いときで3つの仕事を掛け持ちした。家賃を払えなくなりそうな月は食事を1日1回に減らし、白米にしょうゆをかけてしのいだ。

どう頑張っても、卒業できる気がしない――。そう言って学校側に相談しても、中退か、新たに諸費用がかかる通信制への編入を提案されるだけ。転機となったのは、行政側の担当者から「高認(高等学校卒業程度認定試験)を受けてみれば」と勧められたことだった。迷った末、昨夏に高校を中退。この担当者が高認用の参考書を貸してくれたこともあり、さいわい、試験は一発で合格した。

しかし、日々の貧困は待ってはくれない。最近は仕事を掛け持ちすることはなくなったが、アルバイト先はどこも「ブラック企業」ばかりだという。

今はネットカフェで働いている。時給は地域の最低賃金と同水準。毎月の労働時間は約200時間に上るうえ、10回以上の夜勤をこなしても、手取りは13万〜15万円にしかならない。タカヒロさんが写真に撮ってきたタイムカードを見ると、30時間近く連続で働いている日もある。社会保険などの加入もなし。休みは週1。忙しさのあまり、ここで働き始めてから、体重が10キログラム近く減った。

タカヒロさんによると、給料が安いのは、時間外手当がついていないからだという。1度、社員におかしいのではないかと尋ねたところ、「時間外手当は時給に含まれている」と説明された。彼は淡々と「正社員なのに、こっちが知らないと思ってウソばっかりつくんですよ。別にいいですけど。辞めるときにあらためて会社に言うか、労基署に行くかしますから」と語る。タイムカードの写真を抑えたのはいざというときに証拠として使うためだ。

タカヒロさんはアルバイト仲間の大学生に対しても手厳しい。「アルバイトでも仕事は仕事なのに、“ホウレンソウ”もろくにできないやつが多い。そのくせ、自分勝手なシフトばかり要求してくる。大学なんて全然、行きたいと思いませんね」。

しばらくはアルバイトでおカネを貯め、後々は高校での専門を生かし、電気工事士の資格を取るつもりだ。

両親にも、学校にも、政治にも期待はしない

「資格さえあれば、正社員として採用してもらえる自信があります。就職できないという人がいるけど、今の時代、企業がどういう人を採用したいと思っているか、わかっていないんじゃないか。何でもかんでも人のせいにしちゃいけないと思います。

政治のせい? 関係ないですよ。特に期待することもないから、(10月に行われた)選挙にも行きませんでした。っていうか、(連日出勤のため黒い印字で埋まっている)この真っ黒なタイムカード、見てくださいよ。いつ投票に行けっていうんですか」

冷静な語り口に時々、乾いた笑い声が混じる。高校生のときから自立を強いられたタカヒロさんは確かに賢く、たくましい。そんな若者に、両親にも、学校にも、政治にも期待はしないと言わせる。そういう社会に私たちは生きている。

タカヒロさんに話を聞いたのは週末のファミリーレストラン。家族連れなどでにぎわう店内で一瞬シャツをはだけて、感電自殺を図ったときにできた傷あとを見せてくれた。左胸あたりに火傷のような丸いあとがある。さらに、右手の親指を除く指には母親が突き付けてきた包丁を握ったときにできたという、一直線の傷あとがあった。

最近、ようやく戻り始めた体重はまだ50キログラムに届かない。50キログラムを超えないと、「唯一の楽しみである献血(400ミリリットル)ができないから困る」と笑う。自殺願望は完全になくなったわけではない。献血はボランティアでもあるが、自殺衝動を抑えるための手段でもあるという。

たそがれ時。これから夜勤だというタカヒロさんは、繁華街の雑踏へと消えていった。パーカーに両手を突っ込んだ華奢な後ろ姿。彼がついこの間、20歳を迎えたばかりの若者であることを思った。

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