「ドキンちゃん」急逝、という報にハッとしました。

 すでにサザエさんに次ぐ国民的アニメと言ってもいいかもしれない「それいけ! アンパンマン」で「ドキンちゃん」を演じてきた声優、鶴ひろみさんが11月16日午後7時半頃、首都高速上に停車していた車の運転席で意識不明の状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認されたという報道、多くの方がご覧になったかと思います。

 偉いなぁ、というのが第一印象でした。

 私も運転しながら急に気分が悪くなった経験が幾度もあります。そもそも馴染まない大学のような組織に属して、およそ性に合わないことだらけですのでストレスはとうに限界を超え、医師からもいろいろ言われています。

 そのため、もし自分が高速道路運転中に「まずい」と思った瞬間、安全に車を停止してハザードランプをつけ、第三者に影響の及ぶ事故などを最小にとどめる配慮ができただろうか・・・。

 この訃報を耳にして、関係のビデオクリップなどを確認したところ、「ドキンちゃんの歌」というものに行き当たりました。

 やなせたかし作詞とあり、原作者やなせたかしさん(1919-2013)のおめがねにかなったドキンちゃんであることが確認できます。

 一部引用してみましょう。

私はドキンちゃん
なるべく楽しく暮らしたい

(中略)

遊んで毎日暮らしたい
そんな私よ ドキン ドキン
わがままなのよ ドキン ドキン ドキン

 伴奏やメロディラインの運びが「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソング(「ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲ〜」というアレ)とそっくりと思ったら、同じいずみたく(1939-92)氏が音楽を担当していました。

 アニメではわがままいっぱいで、悪役であるはずのバイキンマンをこき使いながら、ベビーフェースのアンパンマンたちからもケアされるという、幼稚園児向けならではの絶妙な設定のドキンちゃんでした。

 アニメのオンエア開始から30年間、このドキンちゃんを担当した鶴ひろみさんは、わがままどころか、誰にも迷惑をかけないよう運転中の様態急変に最期の配慮を徹底して、そのまま帰らぬ人となったようにお見受けします。

 まずもって心より、ご冥福をお祈りしたいと思います。同時に、どうして「ドキンちゃん」に強く反応したか、背景をお話しておきましょう。

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正義のヒーローと「目の光」

 アニメーション「アンパンマン」が放映され始めたのは、すでに30年前と言いつつ1988年で私は23歳、すでにこうした幼児向けの番組を見る年代ではありません。

 当然ながら当初数年、このアニメを見ることはなく、何とも不恰好な「正義のヒーロー」もあったもんだ、くらいに思って見過ごしていました。

 アンパンマンに注意を払ったのは1997年の冬でした。12月16日、オンエアされた別のアニメーション「ポケットモンスター」(ポケモン)で「光てんかん放送事故」が起き、社会問題とされてしまった。

 私は当時、テレビ朝日系列「題名のない音楽会」というテレビ番組の音楽監督をしており、また社会人大学院生として2度目の博士課程に籍を置いてもおり、その前年には「わが国におけるクラシック音楽産業初のマーケティング調査」の責任者なども務めていたことから、関連の諸々を調べてみようと思い立ったのでした。

 ポケモンの代表的なキャラクター「ピカチュウ」、多くの方がご存知と思いますが、念のため画像のリンクを貼っておきましょう。

 黄色と黒を基調にしたこのキャラクターには、もう2色だけ色が使われています。ほっぺも丸い赤は入っていますね。それと、目に白い光が入っている。

 この光を「アイリス」と呼びますが、ピカチュウは「アイリス入り」で目が輝いている。魅力があるぞ、という作者の意思表示が、この白の一点にはこめられていると言っていいようです。

 このアイリスのない代表的な主人公としてアンパンマンとバカボンのパパを筆頭に一連の赤塚不二夫キャラクターがあることを、このとき認識しました。

 正義の味方、例えば鉄腕アトムなどはいかにもですが、仮面ライダーですら大半の姿にアイリスが入っている。ちなみにライダーはアイリスがないとただのバッタの複眼で、結構不気味です。

 むろん、アイリスのないヒーローもいます。のらくろや親父の方ではないゲゲゲの鬼太郎にもアイリスがない。その代わり白目が大きく光を放っており、十分明るいイメージがあります。

 アンパンマンに話を戻しましょう。彼はあえて「かっこ悪い」アンチヒーローとして生まれている。

 彼の周囲にいる善人らしきキャラクターたち「ジャムおじさん」「バタコさん」犬の「チーズ」、食パンマン・・・みんなアイリスがない「点目」の人たちです。

 後々「良い者」を増やすべく作られたのだろう「メロンパンナちゃん」にはアイリスが入っていることがありますが、そもそもの「アンパンマン一党」はみな「目の光」がありません。偶然ではこうはならないでしょう。

アンチヒーローと感情移入

 やなせたかし氏は1919年生まれで、私が現在仕事をご一緒している金子兜太さんと同年生まれ、終戦時は26歳で当然ながら従軍経験があり、戦後は社会戯評などを手がける「大人漫画」「ナンセンス漫画」の書き手となられます。

 「サザエさん」を執筆し始めた頃の長谷川町子さん(1920-92)と同じような立ち位置だったと言えるかもしれません。

 が、まもなく、9歳年下の手塚治虫(1928-1989)を旗手とする少年向けのストーリー漫画が全盛となり、私が物心ついた昭和40年代には、すでに手塚先生&「トキワ荘」がなかば神話化されており、それ以前の漫画、貸本や紙芝居は、劇画に転出した人以外は成功していない過去の遺物的な印象をもっていたものです。

 手塚氏と比較して苦労した代表のように言われやすい水木しげる氏(1922-2015)も40代で「鬼太郎」などのブレイクを迎えますが、漫画家としてやなせさんはどうにもヒットが出ません。

 では、食い詰めて困っていたかと言うとそんなことはなく、放送の番組構成作家など、業界で様々な仕事を手がけて成功しておられた。

 例えば「手のひらを太陽に」(1961)は、教科書に載るほど定着した子供の歌ですが「ドキンちゃんの歌」と同じ、やなせたかし作詞、いずみたく作曲のコンビの仕事で大ヒットしている。この歌の

ぼくらはみんな生きている
生きているから歌うんだ

(中略)

手のひらを太陽に透かしてみれば
真っ赤に流れる僕の血潮

ミミズだってオケラだってアメンボだって
みんなみんな 生きているんだ 友達なんだ

 という徹底したヒューマニズムは、戦争を生き抜き、実際に戦場で殺し合いを経験した人だからこそのもので、そのまま「アンパンマン」にも受け継がれているのが分かります。

 アンパンマンが当初、大人向けのほろ苦いマンガとして描かれ、小太りでかっこ悪い中年のアンパンおじさんが、お腹をすかせた人に自分の顔を食わせてやる、といった話だったのは、広く知られている話かもしれません。

 ここで「アイリスのない主人公」の出自が分かります。

 アトムでもよほど時間が経ってから、これを子供向けの絵本に、という企画が持ち込まれ、別段ヒットを狙ったというわけでもないのに、長年この絵本が読み継がれていたことから、アニメーション化が企画された。

 1988年のオンエア時、やなせさんはすでに70歳を迎えようとしていたわけで、水木しげる氏もびっくりの遅咲きで、数えで古希のやなせさんは「アンパンマンのマーチ」を「手のひらを太陽に」すらびっくりするほど直球ヒューマニズムで作詞しています。

そうだ うれしいんだ
生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて

そんなのいやだ!

 戦争を経験した世代、と言うより実際に従軍して戦った人が70歳を迎えて、幼児向けにこのような作品を作ることができ、それが作者の没後も残っている・・・。

 すごいことだと改めて思うのですが、そこで「ドキンちゃん」になるわけです。

永遠のキャラクター、ドキンちゃん

 バイキンマンとドキンちゃんは、私の中では相当おいしいキャラという位置づけになっています。

 ドキンちゃんは、何よりまず可愛い。そして、自分が可愛いことなどを自覚している。そのうえで、性格が非常によろしくない。で、ときおり素直で優しかったりもする・・・。

 実に、現実のガキどもの本質をついて、これほど鮮やかなキャラクターは、いまだかつて日本のマンガにもアニメにも存在しなかったのではないかと思うくらい、絶妙なものを感じます。

 ドキンちゃんには「じゃんけん」状の構図が存在しています。

 バイキンマンは アンパンマンを苦しめるけれど、ドキンちゃんには弱い。

 ドキンちゃんは 悪者の中では一番発言力が強いのに、食パンマンに惚れてメロメロ。

 食パンマンはアンパンマンの仲間で正義の味方でドキンちゃんに思いを寄せられているがバイキンマンに苦しめられたりしている・・・。

 やなせさんがどのようにキャラクター構成したか定かに認識していませんが、放送番組の構成も長い経験をお持ちの方です。

 「ヘビとカエルとナメクジ」の三つ巴同様の強弱の円環構造、上記のいわばじゃんけんのような構造の中で、唯一「お目目にアイリスが入っている可愛い子ちゃん」がドキンちゃんで、「カワイイ!」と子供たちの歓心を高い確度で惹くことになるでしょう。

 親から「かわいい、かわいい」などとスポイルされて育ったガキなぞ、大半はワガママを絵にかいたようなものと相場が決まっています。

 子供なんて全員、腹の中では虫のいいことしか考えてないワルであって、天使の皮を被った悪魔と思ってちょうどいい・・・。

 「そうじゃない」と強弁される方があったら、名乗りを上げていただきたいですね、私など、ガキの時分はだいたいろくでもないことしか考えてませんでしたから(苦笑)。

 自信をもって、ガキの本質は小悪魔と断言させていただきます。

 まじめな表現を取るなら、自我の確立し切らない幼児の自己中心性は生得的なもので、あまりにもそれが表面に出てこない子は「いい子」というより、むしろ心配になってしまう。

 「人間の本質は悪」とは、イエス・キリストも親鸞聖人も言われるとおりでありましょう。

 すべての園児は本質的にワルである、と、仮に言い切ってみましょうか。

 そうすると、そのすべての園児が反射的に「カワイイ!」と感情移入できるドキンちゃんほど、小悪魔どもの教育に適した存在は、世界の童話やマンガを考えても、そうはいないのではないか・・・。

 そんなことに、20年ほど前、30過ぎのテレビ番組の音楽監督時代に気づかされ、大変感心したものでした。

共生の勧善懲悪 

 アンパンマンの世界は園児たちにとってはリアルな現実でもあり得ます。

 ドキンちゃんやバイキンマンも、実は本当は「おともだち」であって、絶滅させたりしてはいけない。

 そういう点も、本当に戦場での殺し合いを生き抜かれたやなせさんは徹底しておられました。

 従軍していない世代の手塚氏や石ノ森章太郎氏(1938-98)などは、敵役や怪人を簡単に爆破してしまったりしますが、それは本物の戦争に従軍したことがない空想の世代の特権であって、やなせさんは決してそういうことを安易にしません。

 バイキンマンはやられると「ばいばいきーん」と消えて行きますが、決して爆死したりしない。ドキンちゃんに至ってはそれを追いかけていったりするわけで、ここには共生の勧善懲悪が徹底している。

 こういう、両義的な役どころでありながら、一番子供の心をつかむキャラクターを鶴ひろみさんはよく演じておられたと思います。

 報道によれば来年1月のオンエア分まですでに収録されているとのことですが、後継の「ドキンちゃん」声優さんは、相当困難な役づくりを迫られている自覚をもって仕事に臨まれる必要があるように思います。

 現実に、そうした分別をよくわきまえられたベテランが30年作ってこられたキャラクター、大事に発展させることが、ご冥福を祈る以上に、ドキンちゃんの命を未来につなげることになると思います。

筆者:伊東 乾