エイミー・ウェブ  未来学者。その研究成果は『ニューヨーク・タイムズ』『ハーバード・ビジネス・レビュー』『ウォール・ストリート・ジャーナル』『フォーチュン』『ファストカンパニー』などの主要メディアに掲載される。コロンビア大学でメディアの未来の講師を務め、ハーバード大学のビジティング・ニーマン・フェロー(2014-2015)。日本語検定二級をもつ親日家。  © Mary Gardella Photography

写真拡大

AI(人工知能)、ゲノム編集、自動運転、フィンテック、IoT……世間をにぎわす最先端のトレンドは、すでに十何年も前から姿を見せていた。スマートフォンもしかり。1997年、東京・秋葉原で、著者エイミー・ウェブは、やがて大きなうねりとなる「シグナル」をたしかに聞いた――。
あらゆる予兆は、今この瞬間、どこかに現れている! 次なる「主流“X”」の見抜き方とは? その秘訣の一部を、『シグナル:未来学者が教える予測の技術』から無料公開する。

自分が負けるはずはない……?!

 ブラックベリーの共同創業者マイク・ラザリディスは、自宅でランニングマシンに乗りながらテレビを眺めていた。15分おきにどうでもいいようなCMが流れた。と、そのとき、1本のCMにラザリディスの目は釘づけになった。

 ミニマリスティックな黒の背景に、一つもキーのない携帯電話を握った手が浮かび上がる。男性の声でナレーションが始まる。

「こうするとスイッチが入り……」と言いながらさっと画面をスワイプすると、たちまちロックが解除され、スクリーンにキャンディのような色とりどりのアイコンがずらりと浮かび上がる。

「音楽を聴くときはこれ」と言うと、端末が水平方向に回転し、アルバムのカバーが現れる。指で軽く触れるだけで、アルバムが次々に入れ替わっていく。

「これがウェブ」という声とともにブラウザが立ち上がり、瞬時にニューヨーク・タイムズ紙が表示される。パソコン画面を見ているのと寸分の違いもない。

「そしてiPhoneで電話をかけるときは……」というナレーションが入り、最後にアップルの伝説的なロゴが画面に浮かぶ。

 ラザリディスはモバイル通信市場における世界的なパイオニアだったが、iPhoneの出現はまったく予想していなかった。まるで降ってわいたようにモバイル・テクノロジーの新たなトレンド、すなわち、キーのないコンピュータのような電話が現れ、世の主流になろうとしていた。ラザリディスは一般の人々と同じように、テレビCMで初めてiPhoneを知った。

 その夏、ラザリディスはiPhoneを手に入れ、中身をつぶさに調べてみた。衝撃を受けた。まるでアップルは、このちっぽけな手のひらサイズの携帯端末に、Macコンピュータをそっくり入れ込んだようだった。

 その20年前、ラザリディスは工学部の友人だったダグラス・フレギンと、コンピュータ・サイエンスのコンサルティング会社、リサーチ・イン・モーション(RIM)を創業した。二人の生み出した画期的製品が、ビジネスマンが外出中でも安全にメールを送受信できる、まったく新しいタイプの携帯電話だった。二人はこれを「ブラックベリー」と名づけた。

 ブラックベリーは瞬く間に生産性向上のツール、そしてステータスシンボルとなった。

「ブラックベリーを持っているのは重要なポストに就いている証だった。当時はスマートフォンがなかったからね」。ニュースサイト「クラックベリー・ドットコム」の創業者、ケビン・マイカルークは語る。

 事業開発上級マネジャーだったビンセント・ワシントンは、新製品会議では映画『パルプフィクション』の有名なブリーフケースの場面をよく思い出したという。ラザリディスのブリーフケースも個性的で、「開くと、中から輝くばかりの新製品が登場するんだ」。

 RIMの顧客管理責任者だったブレンダン・ケナルティは、よく肩書をからかわれたという。ブラックベリーにはロイヤリティ制度や顧客のつなぎ止め戦略など必要ないだろう、と。

 ラザリディスはiPhoneに興味は持ったものの、恐れるに足りずと判断した。ブラックベリーはユーザーにとってやめられないものとなっており、「クラックベリー」の異名まであった(クラックにはコカインの別名)。

 そのおかげでRIMの時価総額は260億ドルに達し、世界最大かつ最も価値のある企業の仲間入りをしていた。携帯電話市場では7割近い占有率を誇り、利用者数は700万人に達していた。

 RIMには好調な製品群がそろっていたので、ラザリディス以下、誰も社会の端っこを警戒していなかった。新たなトレンドの出現、すなわち、パソコン並みの性能がポケットに収まる、万能型モバイル・コンピューティングデバイスとしてのスマートフォンの登場に、注意を払っていなかったのだ。

 だが、ビジネス用にブラックベリーを、プライベート用にiPodやノートパソコンを持ち歩くより、日々のニーズや仕事に必要な機能を1つのデバイスで済ませられれば、消費者が魅力を感じるのは当然のことだ。

 当初はこの単一デバイス、それも従来とまったくデザインの異なるスマートフォンによって実現するというトレンドが、定着するかどうかはわからなかった。ラザリディスはブラックベリーと比べてiPhoneのバッテリー寿命が短いことやセキュリティが弱いこと、さらにはキーボードがないことをバカにしていた。

「iPhoneのタッチスクリーンでウェブキーを入力するのは、かなり難しい。自分が何を入力しているのか、見えないのだから」

 登場したばかりのiPhoneがブラックベリーと比較されたのは仕方のないことで、しかも全般的にiPhoneに厳しい論調が多かった。

 スケジュールに新たなイベントを追加し、連絡先をアップデートするには、マニュアルで同期する必要があった。プッシュメールもなく、受信トレイもわかりにくかった。サファリブラウザはインターフェースこそ見事だったが、極端に遅く、テキストだけのページを表示するにも時間がかかった。

 iTunesストアのほうがアプリ数は多いかもしれないが、信頼性はどうなのか。ブラックベリーでは公認のパートナー企業が開発していたのに対し、アップルのアプリは外部の開発業者がつくっていた。

 こうした議論ゆえに、iPhoneによるモバイル・コネクティビティ時代の到来が明白になってもなお、RIMは戦略を見直さず、端っこの動きを警戒することもなかった。自慢の製品を新時代のユーザーに合わせて刷新するどころか、既存のOSに少し手直しを加えただけだった。

 ただ、初代iPhoneはさまざまな意味で「おとり」だった。アップルは瞬く間に端末とOSに改良を加えた。まもなく、iPhoneはブラックベリーを歯牙にもかけていなかったことが明白となった。

 アップルはスマートフォンの将来に対して、RIMとはまったく異なるビジョンを持っていた。ビジネスにとどまらず生活のあらゆる側面を、単一のデバイスでカバーするというトレンドを見抜いていたのだ。その結果、一足飛びにRIMを追い抜いた。

 シスコシステムズとSAPはiPhoneを採用した。アップルとIBMは新たに100個のアプリを開発するため長期的なパートナーを結んだ。経営陣が新たなトレンドに首をかしげるなか、RIMはiPhoneユーザーに、昔ながらのブラックベリーに戻ってきてくれれば550ドルをキャッシュバックするという、なりふりかまわぬマーケティング・キャンペーンをするまでに追い込まれた。

 2012年、ラザリディスと共同CEOのジム・バルシリーは辞任した。2014年末時点で、RIMの市場シェアは1%に激減していた。

 RIMの経営陣には、私が10年前に秋葉原でしたような発想の飛躍ができなかった。私は端っこに身を投じ、そこで起こりつつある新たな実験や研究に目を向け、パターンを探し、未来に起こりうるシナリオを考えた。だがRIMのトップは、成功をもたらした自社製品しか見ようとしなかった。

「成功はたちの悪い教師である。できる者に自分が負けるはずはないと思わせてしまう」と語ったのは、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツだ。

 成功は結局、RIMを無力にした。われわれはどうだろう。未来に想定外のライバルや驚くようなデバイスが待ち受けているのは必至で、われわれもまたそれに対して無力なのだろうか。

 ポラロイド、ゼニス、ブロックバスター、サーキット・シティ、モトローラは、いずれも想定外の未来に直面して凋落した。新たな現実の一翼を担うことができなかった経営陣は、こう自問した。

 「なぜわれわれはこれを見逃したのか」と。

<第4回に続く>