雪のピッチとは思えないほど、東福岡は自慢のパスワークを惜しみなく披露。怪物のようなチームだった。(C)SOCCER DIGEST

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 いよいよ明日配信スタートの『黄金は色褪せない』第5弾、本山雅志インタビュー。今回は先出し企画の最後として、いわゆる「雪の決勝」のエピソードを紹介しよう。
 
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 インターハイ、全日本ユースと、“赤い彗星”東福岡はすでに2冠を達成していた。そして迎えた1998年1月8日、選手権決勝。トリプルクラウンに挑むチームの前に立ちはだかったのは、最強のライバル・帝京だった。
 
 だがその日は早朝から、小雪がちらついていた。試合開始1時間前になると視界が不良になるほどの吹雪となり、国立競技場は一面の銀世界に。好勝負が期待された大一番は、劣悪な環境下で行なわれることとなった。いわゆる「雪の決勝」である。
 
 降り積もる国立のピッチを眺めながら、18歳の本山はどんなことを考えていたのか。
 
「チームとしては帝京のほうが夏より上積みがあった印象で、普通に雪じゃなくて戦ってたら、帝京が勝ってたかもしれない。それくらい強かった。コウジ(中田浩二。当時の帝京のキャプテン)とも話すんですけどね。うちはキジ(木島良輔。帝京の10番)が本当に苦手で、金古(聖司)もチヨ(千代反田充)もあのドリブルにチンチンにされてましたから。だから雪になって、これはヒガシに味方するかもなって」
 
 先制点を奪ったのは帝京だった。前半21分、一本のロングパスに金杉伸二がGKと競いながら頭でねじ込んだ。本山は「先生(志波芳則監督)がいちばん警戒していた形でやられた。でもあれで逆に開き直れた部分があった」と語る。東福岡はその3分後、古賀誠史に代わって左サイドで先発した榎下貴三が同点弾を決めた。
 
 そして後半頭から、志波監督が勝負に出る。
 1トップの寺戸良平に代えて青柳雅裕を投入。その青柳をトップ下に置き、代わって本山を1トップに配するお決まりパターンだ。これによって大抵のチームディフェンスは混乱に陥る。分かっていても本山の動きに翻弄されてマークが集中し、フリーになる青柳や宮原裕司に得点機が生まれるのだ。
 
 決勝点は本山のパスから、青柳が決めた。してやったりの逆転劇だ。
 
「凡試合ですよ、世紀の凡試合(笑)。タイムアップの瞬間は、ああすごいことをやったんだな、俺たちがやったんだなって感動はしたけど、どちらかというホッとした安堵のほうが大きかったかもしれない。僕の場合、それもつかの間の感じで、さあこれからプロだぞっていう、次に向かう緊張感が襲ってきた。なんか雪の中で、いろんな気持ちが入り乱れてましたね」
 
 前人未到の3冠達成。それ自体が誇るべき金字塔だが、1997年度の東福岡にはもうひとつの勲章がある。
 
 49勝2分け。丸一年間を、彼らは無敗で駆け抜けたのだ。
 
取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

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