元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週、元彼の妻・みなみの潔さに完敗した奈緒。笠野からの告白で頭を悩ませるが・・・。




-今週金曜日の夜あいてる?外銀との食事会どう?

『ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション』で紅茶を飲みながらぼーっとしていた奈緒は、友達からのLINEの振動で、はっと我に返った。

-金曜日の夜・・・。

笠野の見送りに行くならば、空いていない。行かなければ、空いている。

「好き」「嫌い」と唱えながら、花びらを一枚ずつちぎっていく花占いのように、「行く」「行かない」を決められたらどんなに楽だろうか。

お財布に入れてあった大吉のおみくじの「待人:くる。困難があろうとも結ばれる」を眺めながら、ため息をついた時。

「あれ、奈緒!?」

奈緒が驚いて顔を上げると、そこにいたのは、元彼・恵介だった。

「恵介!久しぶり。こんなところで会うなんて。って、本社すぐそこだったね」

恵介は、丸の内に本社があるメガバンク勤務。

「先月、ようやく本社に戻って来れてさ。俺、次の予定までちょっと時間あるから、ここ座っていい?飲み物買ってくる」


蘇る、恵介との苦い思い出・・・。その理由とは?


遠距離恋愛という、大きな壁


「ほんと、久しぶりだな」

恵介の、コーヒーを持った左手薬指には指輪が光っている。まだピカピカな指輪。新婚ほやほやのようだ。

「久しぶりだね。恵介、結婚したの?」

「うん。先月、東京に戻ってきたタイミングで入籍したばかりなんだ」



奈緒と付き合っていたのは、3年前。恵介が広島に転勤になった後、半年の遠距離恋愛の末に別れた。




恵介が旅立つ朝の東京駅ホーム。

「お互いを想う気持ちがあれば、距離なんて関係ない」そう思っていた。

初めこそ毎日のように連絡を取り合い、1ヶ月に一度、奈緒が広島に行くか、恵介が上京するかで何とか会う努力をしていた。

会えない時間が二人の絆を強める。まるで彦星と織り姫のような気分だった。

しかし、二人の心はどんどん離れていってしまった。

遠距離恋愛を始めて4ヶ月経った、ある金曜日。

今思えば、“会いたい”“寂しい”という感情があったのも、この時が最後だったのかもしれない。

仕事でミスをしてしまった奈緒は、ひどく落ち込んでいた。

担当弁護士の名古屋出張の日にちを、間違えて伝えてしまっていたのだ。

当日朝、弁護士がクライアントに「来週はよろしくお願いします」と電話したところ、「今日の午後のはずでは・・・」と言われてミスが発覚。

資料をかき集めた弁護士が新幹線に飛び乗って向かったため、会議には間に合ったが、当然のことながらひどく叱責された。

「何度もスケジュールが変更になったし、斎藤さんも混乱していたのかもしれない。でもね、今回は顧問契約を結ぶための重要な打ち合わせだったんだ。

僕が早めに資料を作り終えていたから良かったが、間に合わなかったら顧問契約の話だってどうなっていたか分からない。以後、気をつけるように」

奈緒は「申し訳ありません」を繰り返しながら、涙を必死にこらえていた。

帰りの道すがら、奈緒はとてつもなく恵介に会いたくなった。ただ、抱きしめてもらいたい。恵介の温もりに包まれたい。

今日は金曜日。

電話をすれば「今すぐ行くから待ってろ」と、新幹線に飛び乗ってくれるかもしれないという淡い期待とともに、スマホを手にとった。

「もしもし?私、今日・・・」

「ごめん。会社の飲み会中だから、あとで掛け直すわ」

ガヤガヤした音とともに、電話は呆気なく切れた。

いくら待っても電話はなく、翌日の午後になってようやくLINEがきた。

-昨日の電話、なんだった?

この時、奈緒の心は、ぽきっと折れてしまった。


どうでも良い男を選んでしまった。そのワケとは?


大事なのは、今現在の選択ではない。


女が弱っている時には、何かの法則のように新しい男が現れるものだ。

憂さ晴らしに参加した『NOS-EBISU』での食事会。そこで知り合った広告代理店勤務の男から猛烈なアプローチを受けた奈緒の心は、恵介から離れていってしまった。

結局、その広告代理店の男とは、付き合うこともなく終わったのだが。

思い返すと、あの時、恵介の存在があったからこそ広告代理店勤務の男が良く見えたのだと思う。

会いたい時に会えない恵介、会いたい時に会える男。

恵介が東京にいたら見向きもしなかった男なのに、「会える」というだけでよく見えてしまったのだ。

“恋人にないものを持っている”ことで輝いて見えた相手は、恋人がいなくなった途端、その輝きはなくなる。

そう気づいた時には、時すでに遅し。恵介との別れは、典型的なそれだった。



「奈緒と別れてから、遠距離恋愛はもういいやって思ってたんだけど。今の奥さんとも、ここ1年は遠距離だったんだ」

ピカピカの指輪を取ったり付けたりしながら、恵介は話し始めた。

奥さんは、大手飲料会社で働く総合職。広島支店勤務だった奥さん・早織とは、異業種交流会で知り合ったらしい。

付き合い始めてすぐに早織が横浜転勤になった。遠距離恋愛に苦い思い出のあった恵介は悩んだ。

しかし、早織は「やってみてダメならその時考えよう。今考えたって仕方ないじゃない」と恵介を一蹴したという。

遠距離恋愛中、大げんかしたこともあったが、その度に話し合いを重ねて二人は愛を育んでいった。

そしてこの度、恵介が東京に戻ることが決まり、結婚する運びとなった。

お互い総合職であるため、今は一緒に暮らせても、いつ離れるか分からない。

将来の展望について二人で話し合っていた時、早織が真剣な眼差しでこう言った。

「大事なのは、今現在の選択じゃない。将来、それを選んで正しかった、良かったって思えることじゃないかな」

「どういうこと?」

遠距離恋愛を始めた頃、早織は恵介とけんかする度に「選択を間違えた」「私に転勤がなければ」と思っていたと言う。

そしてある日、電話で母親に泣きついた。




「早織、就職活動のこと覚えてる?第一志望がダメで、今の会社は不本意だったのよねぇ。

でも、今の会社に入社して、広島転勤になって、営業成績トップで走り続けた。さらに恵介さんと出会った。第一志望の会社に行っていたら、今みたいに活躍出来たとは限らないし、恵介さんと出会えなかったかもしれない。

あの時、不本意だ、選択を間違えたって散々泣いてたけど、今でもそう思う?」

早織は涙を堪えることが出来なかった。

「今の会社を選んで良かったと思う・・・」

「そうでしょう?あなたの努力次第で、過去の選択は、正解にも間違いにもなる。恵介さんと別れなくて良かった、そう思える日を信じて努力しなさい」

それ以来、早織は母親の言葉を信じて恵介と歩み寄る努力を続けた。

そして最後に、早織はニッコリ笑ってこう言ったそうだ。

「今なら言える。あなたと付き合い続けて良かった、私は正しかったって。何を選んでも、結局は自分の努力次第よね」



一連の話を聞いた奈緒は、早織の強さに感心するとともに、目下悩みのタネである笠野との今後についても、一条の光を見出した。

「もうこんな時間か。俺、そろそろ行くね。久しぶりに話せて良かったよ。元気でな」

奈緒は、3日後に迫った笠野への答えを心の中にひっそりとしまい、丸の内のイルミネーションを眺めながら東京駅まで歩いた。

-もう迷わない。

そう決めた、はずだった・・・。

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次週、最終回。奈緒に最後のピンチ。笠野に思いを告げられるのか?