昌平に対し、浦和西は勇敢に立ち向かった。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)

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 古豪復活なるか――。
 
 全国大会への出場をかけた埼玉県決勝の焦点のひとつは“ここ”だった。
 
 ファイナルの舞台に勝ち上がった浦和西は、過去に全国優勝の実績(第35回選手権)を持ち、1968年のメキシコオリンピックの銅メダリストのひとりである鈴木良三氏をはじめ、柏レイソルやガンバ大阪などで監督を務めた西野朗氏(現在は日本サッカー協会技術委員長)ら、元日本代表選手がOBとして名を連ねる伝統校だ。
 
 今年、インターハイに30年ぶりに出場。選手権での切符獲得ともなれば、実に44年ぶりだ。古豪復活に向けて、現チーム関係者はもちろん、選手たちを支える家族の期待も膨らんでいた。そして何よりOB勢が色めき立っていた。

“対戦相手の昌平は難敵だが、ぜひ全国へ”が合言葉だった。
 
 11月19日、天候に恵まれた埼玉スタジアム2002に1万2809人の観衆が集まった。そのなかには自身の息子ほど、いや孫ほどの後輩たちの奮闘を見守るべく、足を運ぶ西高OBの顔があった。
 
 試合前、バックスタンドの一角を占める応援席から校歌が聞こえてくる。チームメイトが工夫を凝らした応援で、スタジアムの雰囲気を盛り上げていく。
 
 今年で指導10年目を迎えた市原雄心監督自身も浦和西OBだ。「決勝の前日に西野さんから“頑張れ”というメールをいただきました。多くの皆さんに気にかけていただいて、本当にありがたい。西高の新たな歴史を作りたい!」と、打倒・昌平に燃えていた。
 
 だが、下馬評は圧倒的に新進気鋭の昌平が優位。その根拠となるのは今年度、両校は公式戦で2度対戦し、5-1、4-1の大差で昌平が勝っていたからだ。
 
 劣勢がささやかれるなか、勝機を見出すための浦和西のゲームプランは明確だった。過去2試合の完敗を糧に、しっかり反省・研究した成果が前半のこう着状態を生んだ。相手にボールを支配されるものの、無闇に飛び込まず、粘り強い対応で、攻撃のスピードアップを許さなかった。
 
「前半はしのいで、後半勝負。そのプランどおりに進んだ。先制されながらも同点に追いつた時は、ここからだと思っていたのですが……」と市原監督が振り返るとおり、53分にFKから華麗に決められ、先制を許すも70分に起死回生の同点ゴールで振り出しに戻す。

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 勝負の行方は、まさにここからだった。ところが、興奮冷めやらぬ浦和西応援席を尻目に、わずか1分後に昌平が決勝点をマークする。歓声が悲鳴に変わった。

「チームとしてドリブルでの侵入を警戒していたし、わかっていたはずなのに決められてしまった。あの1本は悔やまれます。しかも、せっかく同点に追いついたばかりでしたから」と、市原監督は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 試合の終盤は持ち前の高さを生かした攻撃で、たびたび相手ゴールに迫ったが、冷静に試合を終わらせにかかる昌平の背中を捉え切れなかった。
 
「今年、総体で全国にいったとき、最初で最後かもしれないと思ったけれど、また全国にいきたいという意欲が沸いている。ファイナルで負けたら、やはり意味がないんだなと実感しました。勝つことの大切さを、次の世代に伝えていかなければいけない」(市原監督)
 
 浦和西が再び全国への切符を手にしたとき、古豪復活とともに新たな時代の到来を告げることになる。その日を多くのチーム関係者が心待ちにしている。

取材・文:小室功(フリーライター)