ロシア・スタブロポリ州建設中の新ファーム。見渡す限りガラスの屋根が続く。


 秋と言えば収穫の秋、ロシアでも「黄金の秋」と呼ばれる収穫の時期である。ここ数年、ロシアでは農業に関する景気の良い話を耳にすることが多くなった。

 それは何よりも農業地帯の天候が安定していること、また対露経済制裁への対抗措置としてロシア政府が欧米諸国からの農産物輸入を禁止したため、野菜・果実の輸入代替が急速に進んでいることなどが背景にある。

 10月8日にウラジーミル・プーチン大統領が大統領府の公式HPに次のようなコメントを発表している。

 「今日の農業および農産加工業はわが国の経済において最も急速な発展を遂げているセクターである」

 「これは政府による農業振興策が効果的であったことを示している。特に大規模農業会社のみならず、小規模農家においても生産増加を見たことは喜ばしい」

 また、10月24日にはロシアからの農産物輸出について次のように述べた。

 「2016年のロシアの農産物輸出は前年比+4.9%、171億ドルであり、わが国の武器輸出153億ドルを上回っている」

 「2017年1-8月の農産物輸出は前年比+19.6%、119億ドルと資源・エネルギー以外では最大の輸出品目であり、経済成長のカギを握っている」

 筆者は農業の専門家ではないので、ロシアの農業事情を詳細に分析する力量は持ち合わせていない。代わりに筆者がこの秋に目にした断片風景をいくつかご紹介したい。そこからロシア農業の最近の事情を垣間見ることができるかもしれない。

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1.「黄金の秋」農業展示会で見たもの

 筆者は10月4-7日にモスクワ市内で開催された「黄金の秋」に参加した。同展示会はロシア農業省が主催するロシア最大の農業展示会である。

 会場はVDNKh(ヴェデンハー=国民経済達成博覧会)というソ連時代に建設された歴史的な会場である。

 今回の展示会に使われたパビリオンは2つ。1つはロシア全国の州・共和国および農業関係の大企業が展示ブースを構え、地元産品や自社商品を展示していた。

 こちらはよくある地方物産展の雰囲気であり、筆者もロシア南部・スタブロポリ州のブースの一部に小さなテーブルを借りて日本のベンチャー、メビオール社のトマト栽培技術を紹介した。

 圧巻だったのは会場中央に陣取ったロシアの大手化学肥料会社ウラルカリのブースである。

 肥料の現物を展示しても華に欠けると思ったのか、ブース内の壁を色とりどりのバラの生花で埋め尽くすという豪華かつ大胆な演出を行っていた。農業生産拡大に併せて肥料会社の業績も好調ということなのであろう。

 しかし、さらに圧巻だったのはもう1つのパビリオンである。筆者は最終日になってそこに足を踏み入れて驚いた。

 ロシア全国から集められた乳牛、肉牛、羊、ヤギ、豚、馬、ラクダまで、おそらく100頭以上はいたのではないだろうか。さらに2階には鶏、アヒル、七面鳥、ウサギ、ミンク、キツネなど、食用、毛皮用のあらゆる家畜が集められていたのである。

 ロシアの国産牛肉の品質が最近急速に改善していることは当コーナーの菅原氏のリポートでも詳しく報じられているところだが、その牛たちを間近に見るとなるほどと頷けるものがあった。

「黄金の秋」農業展示会レニングラード州から参加したアンガス種肉牛


 筆者の1990年代ロシアの記憶では郊外の牧草地に放たれた牛は肋骨が浮き出た、素人目に見ても全くおいしそうではない牛ばかりであったが、ここに展示された牛たちは各種品評会でメダルを獲得したものも多く、見るからにうまそうな牛たちである。

 実際の牧場で飼われている牛のすべてがこれほど丹念に手入れされているとは思えないが、それでもロシアの畜産農家が自分たちの家畜の商品価値を意識するようになったことは大きな進歩であろう。

 ロシア産の牛肉がヨーロッパやアジア市場に「ブランド牛」として輸出されるようになるのも時間の問題かもしれない。

2.スタブロポリ州で見たもの

 スタブロポリ州はモスクワから南に飛行機で2時間余、コーカサス山脈の北に位置する農業州である。ここではロシア最大のトマト栽培企業であるエコカルチャー社が大規模な温室栽培を行っている。

 筆者が当地を訪れるのは今年の夏に続いて2回目である。7月に訪問した際は緑濃き草原と山々が連なる快適な土地であったが、初冬の今回は終日深い霧に包まれたなんとも気の滅入る土地に様変わりしていた。

 しかし、温室の中は別世界である。気温は半袖でも作業できる適温(20〜25度)に保たれ、高い天井からは数え切れないほどの黄色い人工照明がトマトを照らしている。

 こうした環境の中でロシアの厳しい冬の間でも規則正しくトマトが成育し出荷されていくのである。これは農業というよりも工場に近い。

 実際、温室の中で作業しているロシア人と話してみると、彼らは自分たちの仕事はトマトを育てることではなく、温室内の環境を制御することと考えているように感じた。

 ところで、本節の冒頭で「大規模な」温室栽培と書いたが、読者の方々はどれくらいの面積を想像されたのであろうか。

スタブロポリ州にて人工照明が煌々と光る温室で育つトマト。


 霧に包まれたこの温室は50ヘクタールである。東京ディズニーランドのテーマパークエリア面積が同社のHPによると51ヘクタールである。日本ではおそらく存在しない規模の温室農園である。

 しかし、これで驚いてはいけない。今回、筆者は同社が現在建設中の新ファームを訪問したのだが、こちらは最終的には100ヘクタールの規模になるという。

 建設現場の周囲には作業員が寝泊りする宿舎が立ち並び、建設中の温室の中では大型ミキサー車が頻繁に行き来している。これはファームというよりも工場建設である。

3.モスクワで見たもの

 さて、最後にモスクワのレストランの光景をお伝えしよう。ここ数年、モスクワのレストランではロシア産品を積極的にアピールする動きが顕著である。肉、魚、野菜といった食材はもちろんワインやクラフトビールなど選択肢はますます拡大している。

 これはロシア人の愛国心にアピールしようという意図がないわけではなかろうが、現実的には欧米諸国からの食品禁輸、あるいはルーブル切り下げによる輸入価格の上昇に対応せざるを得ないというのが実情であろう。

 しかし、こうしたレストランのメニューをよく見ると、産地のみならず生産者の名前まで記されている。

 「xx州xx村のxxxさんが育てたポテト」「yy共和国yy村yyyさんが仕留めた鹿肉」といった具合である。

 なお、こうしたレストランの値段は決して安くはない。となると愛国心云々と言うよりは、純粋に「安全(=作り手がはっきりしている)でおいしいものを食べたい」との意識がロシア人の間で強まっていると考えるほうが自然であろう。

 最後の発見は帰りのアエロフロートの機内である。配られた機内食のメニューを見て驚いた。これまでエコノミークラスではビールは飲み物のメニューにはなかったのだが、最近はメニューに加わっている。

 しかもロシア産の「ジグリ」ビールである。ワインも以前はスペイン産であったと記憶するが、現在は赤白ともにANAPAバレー産である。米カリフォルニアのNAPAではない。ロシア黒海沿岸のANAPAである。

「黄金の秋」農業展示会ウラルカリ社ブース本物のバラの壁の前にはいつも「インスタ映え」する写真を撮る人だかりがあったが、同社の顧客獲得に貢献したかは不明。


 そして機内食の食材にも国産品が取り入れられている。前菜のサラダに入っているオイル漬けドライトマトのは筆者の投資先のIT会社の社長の実家で作られたものである。

 彼の実家はロシア南部で露地栽培のトマトを栽培している。問題は余剰となったトマトをどう処理するかということで、数年前に西側からドライトマト用のオーブンを購入、ドライトマトの製造・販売を始めた。

 ここで面白いのは、エンジニアであるIT会社の社長はそのオーブンを分解・解析して、はるかに熱効率の良いオーブンを設計、試作機を完成させてしまった。

 現在はその新型オーブンを稼働させることでアエロフロートのみならずモスクワ市内のオーガニック食品スーパー、宅配グルメピザチェーンなどにも納入しているという。

4.農業分野の日露経済協力へのインプリケーション

 こうした断片的な光景から結論めいたことを申し上げるのは憚られるが、筆者がロシアの農業に対して感じていることをお伝えしたい。

 ロシアの農業を担う主体は農業会社(大企業)、自家菜園、小規模農家の3つに分類される。2016年の農業生産における比率はそれぞれ52.8%、34.7%、12.5%である。

 まず、農業会社であるが、ソ連時代の国営農場(ソホーズ)を前身とするものが多く、そのいくつかは国内外の株式市場に上場している。こうした農業会社は資本市場から資金調達することが可能で、積極的に農地買収や事業拡大を図っている。

 本稿のスタブロポリ州のトマト会社も農業会社に分類される。経営形態としては日本よりも進んでおり、この分野で日本の農業との協力関係を模索するのは難しいように感じる。

 次に自家菜園である。これはダーチャと呼ばれ1990年代の経済混乱期には多くのロシア国民の命綱となったことは事実である。しかし、その比率は2000年(51.6%)をピークに低下傾向にある。

モスクワ赤の広場隣に新設されたザリャデ公園内のレストラン。極東各地から運ばれたカキ(1個1160円)、ウニ(同560円)とロシア産シャンパン(1杯1000円)を提供するシーフードバー。


 特にモスクワやサンクトペテルブルグのような都市部においては、野菜はスーパーマーケットで買うものとの意識が定着しつつあり、自家菜園がかつてのような食糧供給の主体となる可能性は低いように思える。

 ただ趣味としての野菜栽培はロシア人の間で根強い人気があることも事実である。

 最後に小規模農家である。これはソ連時代の集団農場(コルホーズ)の発展形態、あるいは外国人がロシアで農業を始めるケースもある。筆者が個人的に注目しているのはこの主体である。

 と言うのもモスクワの国産品レストランに野菜・果実、畜産製品等を供給しているのはこうした小規模農家だからである。

 これら経営者は先進的な農業経営思想の持主であり、その多くはインターネットやSNSを有効に活用することで従来の販売チャンネル以外での売り上げを拡大している。

 こうした小規模農家に対しては日本の農業の経験、すなわち量よりも質を重視する農業、が活用される余地があると考えている。

 日露間での農業分野の協力には日露の農業経営の「規模のギャップ」と「メンタリティの違い」を十分に理解する必要があろう。

筆者:大坪 祐介