2020年の発着枠増に備え羽田空港では拡張工事が進むが、新飛行ルートには懸念の声もある(写真:T2/PIXTA)

空から飛行機のパネルが降ってきた──。

にわかには信じがたい出来事だった。今年9月、関西国際空港を離陸したKLMオランダ航空機の右主翼から約4キログラムのパネルが落下し、大阪市内を走る乗用車に衝突。ケガ人は出なかったが、車は大きく損壊した。国の運輸安全委員会は深刻な事故につながりかねない「重大インシデント」に認定し、現在調査中だ。

相次ぐ航空機部品落下


大阪市内に落下したKLMオランダ航空のパネル。約4kgある。ケガ人は出なかったが、衝突した車は大きく壊れた(写真:共同通信)

同じ9月の初旬には全日本空輸(ANA)の中国・厦門(アモイ)発成田行きの便で脱出用スライドを収納するパネルが外れ、茨城県の工場敷地内で見つかった。直近では11月7日、大韓航空の韓国・仁川(インチョン)発成田行きの便でゴム製部品がなくなっていたことが着陸後に判明。部品は見つかっていない。

国土交通省は11月6日、総合対策推進会議を設置。航空会社が守るべき落下物防止策の基準策定を進める。委員を務める航空評論家の小林宏之氏は「基準があれば処分も可能。航空会社の反発はあるだろうが、点検整備に一層重点を置くようになる」と指摘する。

国交省が対策を急ぐのには、別の背景もある。2020年に予定する羽田空港の発着枠拡大だ。現在年間44.7万回の発着枠を3.9万回増やし、すべてを国際線に割り当てる。1日当たりでは約50便の増加だ。


離着陸回数を増やすべく、従来海上が中心だった国際線の飛行ルートを都心上空に変更する。最も多くの便が飛ぶ南風晴天時の午後3〜7時には、二つのルートで1時間当たり計44回着陸する。約1分半に1便が都心上空を飛ぶ計算だ。

住宅密集地の真上を飛ぶため、落下物に対する住民の不安は高まる。KLMやANAの部品落下からまもない10月9日、品川区で開かれた新ルートへの反対集会には想定を7割上回る340人が集まった。「こんなに集まるなんて」。主催者の一人、大田区に住む岩井京子さんは驚いた。

落下物は飛行機部品だけではない。機内で使用した水を上空で排出し、それが氷塊となることがある。高い高度を長時間飛行する国際線では特に生じやすい。

成田空港周辺では過去10年で部品や氷塊など19件の落下物を確認。車や家の屋根などに破損被害が出ている。全国での部品脱落は、過去8年間で国内航空会社だけで451件。報告義務のない外資系を含めると、相当数に上るとみられる。

騒音は走行中の地下鉄車内と同じレベル

「実際に飛ばし始めたらいろいろなことが起こるだろう」。元運輸事務次官の黒野匡彦・運輸総合研究所会長はそうつぶやく。落下物以上に住民の反発が予想されるのが、騒音だ。

都心の恵比寿や渋谷付近では高度600メートル強で着陸体勢の飛行機が飛ぶ。大井町付近は高度約300メートルで、予想される音の大きさが約80デシベル(瞬間最大値)。これは走行中の地下鉄車内と同等だ。


伊丹や福岡など都市部上空を飛行機が飛ぶ空港の周辺地域では、住宅や学校、病院などの防音工事に空港管理者が助成を行っている。

ただ今回のケースは、都心上空飛行が1日4時間、南風時(年間約4割)のみ。航空機騒音に関する法律には工事助成を認める騒音基準があるが、24時間にならして騒音レベルを決めるため、羽田空港のそばにある工業地帯以外は基準に達しない。学校や病院は基準を緩めて対応するが、住宅は工事助成の対象とならない。

住民からは「試しに飛ばすことはできないのか」といった声が上がるが、「管制塔の保安施設や誘導路の整備が必要なため、現時点では難しい」(国交省首都圏空港課の担当者)という。

大田区民には、苦い記憶がある。2008年に一部の羽田発国内線は離陸ルートが変更され、大田区上空を初めて飛行するようになった。米軍横田基地の管理空域が一部返還されたためだ。高度は約2700メートルだったが、騒音を耳にした住民から区に苦情が殺到。ルート変更後、半年で200件超に上った。現在も1日80便超がこのルートを飛行する。

大田区在住で都心上空飛行の反対活動に携わる松島光男さんは、「騒音は経験してみないとわからない。しかも当時と今回とでは、飛行高度のレベルも便数も違う」と強く懸念する。

住民への説明会はパネル展示が主体

新飛行ルートの運用が始まる2020年には、東京五輪が開催され、訪日観光客4000万人の目標が掲げられている。国交省が昨年試算した発着枠拡大の経済効果は1都3県で年4800億円。しかし新ルート問題にかかわる大田区議の奈須利江氏は、「経済最優先で、羽田の国際化はなし崩し的に進められている」と嘆く。


当記事は「週刊東洋経済」11月25日号 <11月20日発売>からの転載記事です

国交省は2015年7月以降、飛行ルート下の各地域で説明会を行っている。これまで延べ1万3400人が来場。ただ、パネル展示が主体で、議論の場になっていない。反対意見も多く寄せられているが、着陸前の飛行高度を上げたり、離着陸回数を一部減らしたりするなどの微調整にとどまる。

「国交省としては、今さら反対されても大きく変えられないというのが本音だろう」(航空局OB)。国策として進めるのならば、せめて地元住民に対し、より一層説明責任を果たすべきではないだろうか。