小田急電鉄が2018年3月に実施するダイヤ改正の詳細を発表。途中始発駅の増加やスピードアップで、並行して走る京王電鉄との競争が激化しそうだ(写真左:HAYABUSA/PIXTA、写真右:tarousite/PIXTA)

小田急多摩センター始発の通勤急行を6本新設――。11月1日、小田急電鉄は来年3月に実施するダイヤ改正の詳細を発表した。数多い改正内容の中でとりわけ目を引いたのが、この一文だった。

今回のダイヤ改正は小田急が1989年から進めてきた代々木上原―登戸間の複々線化工事の完了に伴うものだ。ラッシュピーク時の輸送力が4割も増強され、現在192%の混雑率が150%程度まで下がる。さらに平日朝の列車のスピードアップも図られる。星野晃司社長は「小田急の電車はすごく混んでいて遅いという不名誉な状況が長く続いていたが、複々線化でようやく解消する」と、顔をほころばせる。

始発駅増で通勤の快適性向上へ

線路の数が2倍になる複々線化が実現すると運行ダイヤ編成に余裕ができるため、今まではやりたくてもできなかったさまざまな施策を打ち出すことができる。その1つが始発駅を増やすことだ。近年、追加料金を払えば座って通勤できる「通勤ライナー」を導入する鉄道会社が増えているが、始発駅からなら、運賃はそのままで座って通勤することが可能になる。「路線に始発駅を増やすことで、途中駅からでも快適通勤を実現したい」と星野社長は意気込む。


多摩ニュータウンの中心に位置する多摩センター駅。小田急電鉄のダイヤ改正で京王電鉄との競争激化は必至だ(編集部撮影)

日本最大の住宅開発地域・多摩ニュータウン。その中心に位置するのが多摩センター駅だ。小田急、京王電鉄、多摩都市モノレールの3社が乗り入れるターミナル駅でもある。小田急多摩線と京王相模原線はどちらも新宿方面へ向かうライバル路線だ。しかし、1日平均乗降人員で比較すると京王が約8万7000人なのに対し、小田急は約5万人。小田急が京王に大きく水をあけられている。

その理由はいくつかある。まず、同区間の運賃(ICカード)は京王が339円、小田急が370円。京王のほうが31円安いのだ。運賃の安さでは京王に軍配が上がる。

続いて所要時間を見ると、昼間の時間帯では京王の準特急は新宿まで直通で最短31分。小田急は新百合ヶ丘で快速急行に乗り換えて最短35分。所要時間が短く乗り換えもない京王のほうが明らかに便利だ。これらを見ると京王の利用者のほうが多いのは納得がいく。

しかし、朝ラッシュの時間帯はやや状況が変わる。多摩センター―新宿間の所要時間は京王が直通の区間急行で50分強。小田急は乗り換える必要があるものの所要時間は最速43分。直通を取るか、早さを取るか。両者は一長一短だ。1カ月通勤定期の価格を比較すると小田急が1万2940円、京王が1万2680円。京王のほうが安いとはいえ、その差はわずか260円。朝ラッシュ時では、両者の条件は伯仲している。


小田急多摩センターー新宿間を直通する通勤急行の新設で、ラッシュピーク時の所要時間は40分となる(撮影:風間仁一郎)

今回のダイヤ改正で小田急は小田急多摩センターの利便性向上に打って出る。まず、これまで千代田線に乗り入れていた多摩急行を廃止し、代わりに小田急多摩センター―新宿間を直通する通勤急行を新設する。新宿までの所要時間はわずか40分へと短縮する。さらに朝の時間帯に始発列車を6本設定。京王よりも短い時間で新宿に直通し、しかも座って通勤できる。これは小田急にとって大きなアドバンテージだ。

京王は加算運賃を前倒しで引き下げ

ライバルの京王はどうか。もちろん、小田急の動きを黙って見ていたわけではない。ダイヤ改正発表より2カ月以上前の8月30日、まるで小田急の発表を見透かしていたかのように、京王は小田急と競合する京王多摩センター―新宿間の「運賃値下げ」を仕掛けてきた。現行の339円から319円と20円安くなり、小田急との差は51円に広がる。

京王は相模原線の建設費865億円を回収するため、1979年から通常の運賃に加算運賃を上乗せしており、距離に応じて10〜80円の範囲で設定されている。京王は来年3月から加算運賃を最大20円引き下げるが、その理由に「加算運賃による建設費の回収が順調に進んでいる」(京王広報部)ことを挙げる。

また1カ月定期の価格は1万1930円と現行よりも750円安くなり、小田急との差は1010円に広がる。企業が従業員の通勤定期代を負担する場合、従業員の希望するルートではなく、最安値ルートに基づき支払うと決めている企業もある。そうした企業は多摩センター―新宿間の定期券代を京王ルートの金額で支給することになる。小田急ルートを使いたい場合、利用者は差額を自己負担する必要がある。

来年3月の運賃変更を半年以上も前に発表した理由について、京王側は「早めに発表することで、加算運賃の引き下げを多くの人に知ってほしかった」と説明する。これには、定期券代を支給する企業の担当者にも知ってほしいという意味も含まれるだろう。

ちなみに京王は「値下げではなく、あくまで加算運賃の引き下げ」と強調するが、建設費の回収率は2017年3月末で9割にとどまる。100%回収できていない段階で、前倒しで加算運賃の引き下げを行うのは、小田急への対抗策と考えるのが自然だ。来年には京王のダイヤ改正も予定されている。京王はそこでも相模原線への通勤ライナー導入などさらなる対抗策を仕掛けてくる可能性もある。

京王だけでなく、JRにも戦いを挑む

小田急が朝の通勤時間帯に始発列車を増やすのは小田急多摩センターだけではない。藤沢―新宿間でJR湘南新宿ラインなどと競合関係にある藤沢では、通勤時の始発列車が8本から13本へと増える。運賃(ICカード)は小田急が586円で、972円のJRに圧勝だが、朝ラッシュ時の所要時間は小田急が1時間16分に対し、JRは58分で18分も短い。


小田急は、途中始発駅の列車を増発し、通勤時の利用客増を狙う(撮影:風間仁一郎)

しかし、ダイヤ改正後、小田急の所要時間は8分短縮され、1時間8分になる。JRとの時間差が10分にまで縮まれば、座って通勤できる小田急を利用したいと考える人も少なくないだろう。このほか、海老名、向ヶ丘遊園、成城学園前などでも通勤時の始発列車の本数が増える。

始発駅を増やす戦略以外にも、複々線化によるメリットを生かして運行本数を増やしたり所要時間を短縮したりといった策で利便性を高める駅はいくつもある。たとえば、ダイヤ改正後に快速急行が停車するようになる登戸だ。本来の目的は郊外駅の利用者に登戸で快速急行に乗り換えてもらうことで、複々線化によるスピードアップを最大限に享受してもらうことだが、それだけではない。

「都心に向かう路線はいくつもあるが、小田急とほかの路線の分水嶺に住んでいる人の中に、混まなくなった小田急を使おうと考える人が出てくるかもしれない」と星野社長は考える。文字どおり両路線の中間に住んでいる人が小田急に移行するということはあるだろう。しかし、それ以外にもJR南武線やJR横浜線の沿線住民もターゲットになる。


小田急の星野晃司社長は利便性向上や混雑緩和で、潜在顧客の掘り起こしを進める考えだ(撮影:風間仁一郎)

具体例の一つが南武線と接続する登戸だ。南武線はいくつかの駅で都心に向かう鉄道路線と接続する。たとえば分倍河原で京王線、稲田堤で京王相模原線の京王稲田堤、武蔵溝ノ口で東急田園都市線・溝の口といった接続が可能だ。

都心に出る際にこれらの駅で乗り換えていた南武線利用者が、ダイヤ改正後は、便利になった登戸から小田急を利用する可能性がある。また、町田では横浜線と接続する。横浜線は京王相模原線や東急田園都市線と接続しているため、南武線の例と同様、利用者が競合路線ではなく町田から小田急を利用ようになるかもしれない。

不動産開発ともリンク

駅の利便性が高まれば、その駅周辺のエリアに住んでみたいと考える人も増える。不動産コンサルティング会社・トータルブレインの杉原禎之専務は「多摩ニュータウンは居住者の代替わりが進まず高齢化が心配される。ダイヤ改正で利便性が高まれば、子育て世代が多摩ニュータウンに戻ってくる可能性がある」と指摘する。小田急の星野社長もこうした考えを否定せず、「小田急多摩センター始発の通勤急行を6本新設することと、同駅周辺の不動産開発はリンクしている」と語る。


小田急はダイヤ改正とあわせて、運転士、車掌、駅係員の制服を12年ぶりに一新する(撮影:風間仁一郎)

海老名駅前にはタワーマンションの建設が次々と進んでおり、小田急も300戸クラスのマンションを3棟建設する。小田急が海老名始発の列車を増発するのは、まさにマンション居住者をはじめとする沿線住民に座って通勤してもらいたいという狙いがある。ダイヤ改正を好機として、小田急はほかの駅周辺でも不動産開発を加速させる考えだ。

競合路線から利用客の「乗り換え」を促し、不動産開発でも果実を得るというのが小田急の戦略だ。足かけ30年を要した複々線化工事という呪縛から解き放たれ、一気に攻めの姿勢に転じることができるか。小田急の動きから目が離せない。