88分の劇的決勝弾! チームの躍進を攻守両面で支えてきた内田(17番)が大仕事をやってのけた。(C)SOCCER DIGEST

写真拡大

 鮮やかなゴールではない。目の前にこぼれてきた球を押し込んだに過ぎない。だが、東京ヴェルディを土壇場で昇格プレーオフに導く決勝点を決めたのが、この内田達也であったことは、なんとも象徴的ではないか。
 
 11月19日のJ2リーグ最終節、東京Vは本拠地に徳島ヴォルティスを迎え、2-1の勝利を飾った。1-1のドローではプレーオフ行きは消滅するかもしれない。88分にゴール前の混戦から勝ち越し点を蹴り込んだのが、背番号17だった。
 
 十代の頃からエリート街道を歩み、ガンバ大阪の下部組織で研鑽を積んだ。世代別の日本代表にも名を連ね、宇佐美貴史や柴崎岳、宮市亮らといわゆるプラチナ世代を形成し、2009年のU-17ワールドカップではキャプテンの大役を担った。主戦場をセンターバックからボランチに変えながら、ガンバでもシーズンを重ねるにつれてトップチームで足場を固めていった。しかしながら2014年11月、ひとつの転機が訪れる。左膝の靭帯を損傷する全治8か月の大怪我を負ってしまうのだ。ここから流れは一転し、長谷川健太政権下で鳴かず飛ばずの日々が続いた。
 
 今季からヴェルディに活躍の場を移したのは、出場機会を得るのはもちろん、慣れ親しんだ関西を飛び出して環境の変化を楽しみたかったから。かつ、新指揮官にはスペインの戦術家、ミゲル・アンヘル・ロティーナの就任が決まっていた。まるで異なるシチュエーションで、まるで異なるビジョンを持つ監督の下で自己を追い込み、成長の糧としたかったのだ。
 
 だが、シーズン前半戦はもがき苦しむ。チームは5バックに近い守備的なアプローチを採用。指揮官とイバン・パランカ・コーチが施す緻密にすぎる戦術のキーマンに指名され、ピッチ上のコンダクターとして振る舞った。対戦相手によってプランは変わり、システムや陣容が目まぐるしく変わるなか、内田はつねにシステムの中央にどすんと居座り、攻守両面で高水準のプレーを要求されたのだ。

 ボランチを組むパートナーも井上潮音にはじまり、橋本英郎、中後雅喜、渡辺皓太と日替わりでチェンジし、アンカーもそつなくこなした。いつからか、「ヴェルディは内田のチーム」と見なされるようになり、敵チームの激しいプレッシングの標的となっていった。
 
 内田は、「頭がすごく疲れますけど、充実感はある。試合を重ねるごとにチームとして成長できてる実感がありますから」と笑みを浮かべる。だがその一方で、つねにタイトルを争うガンバで揉まれていたからだろう、チームをそこはかとなく包む緩い空気に警鐘を鳴らした。ゲーム終盤で致命的なミスを冒して勝点を取りこぼす場面が多く、ワンプレーの重要性を説き続けたのだ。天性のリーダーシップと言うほかない。乱高下した今季のヴェルディにあって、圧倒的に安定したパフォーマンスを披露したのが、この25歳のダイナモだった。
 
 最終節がシーズン41試合目の出場で、チーム2番目の長さとなる3658分間のプレータイムとともに、キャリア最多の数値。酷使したはずの左膝の状態も万全で、充実の一途を辿る。ガンバからは一年間の期限付き移籍で、ヴェルディは昇格の是非にかかわらず、完全移籍での獲得を視野に入れているが、はたしてどうなるか。
 
「こんな経験はしたくてもなかなかできない。自分のサッカー人生の中でも特別な一年になってます。けっこうみんなで苦労してきたんで、最後は笑ってシーズンを終えたいですね」
 
 鋼のメンタルを持つ“宝塚の至宝”が水先案内人となり、緑色の名門に、9年ぶりの歓喜を呼び込む。
 
文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)