1年前に錦織圭は、まだ少年のあどけなさを全身にまとう18歳を、「日本でトップレベルのフォアを持つ選手」と評した。

 偉大なる先輩から最上級の賛辞を送られたティーンエイジャーは、その評価が正しいことを証明するかのように、昨年10月に大阪市開催の世界スーパージュニアを制すると、11月の全日本選手権でも頂点へと駆け上がる。18歳にして日本王者の肩書きをも得た綿貫陽介は、たしかに誰もが認める「日本テニスの未来」であった。


錦織圭から賞賛された19歳の綿貫陽介

 それから、1年――。現在世界ランキング300位台につける19歳は、この12ヵ月間背負い続けた”全日本チャンピオン”のタイトルは「重荷だった」と告白する。テニス一家に育った三兄弟の末っ子は、生来どこか目立ちたがり屋で、人目を意識するたちなのだろう。

「そんなに見られているはずはないのに、皆が自分を見ているような気になっちゃって」

 単なる自意識過剰なんですけれどね……そう言うと、黒目がちな眼を細め、照れたように首を傾(かし)げる。

 日本テニス界のホープとして期待されているとの自覚は、「誰からも認められる、プレーもコート上の態度も”キレイな選手”」を彼に志向させた。だがそれは、感情を表に出して闘志を高め、時に泥臭く戦う彼のテニスとは、本質的にかけ離れている。よそ行きのプレーでは、結果もなかなかついてこなかった。

 そんな息苦しさのなかで戦っていた彼は、今年6月に迎えたひとつの対戦での勝利をキッカケに、「自分はやっぱり、周りの目を気にせずに自由にやっていこう」と思えたのだと言う。その試合の相手は綿貫より1歳年長で、彼が「キレイなテニス」を標榜したときに、真っ先にお手本として頭に浮かんだ選手であった。

「悠介君みたいに、どのショットもキレイに打てて穴がなく、コート上のマナーもいい選手を目指してたんですが……俺には無理だなって」

 綿貫が羨望にも似た視線を向ける「悠介くん」こと高橋悠介は、ジュニア時代から国内のタイトルを総ナメにしてきた、いわばエリート。その相手に「自分のテニス」で勝ったことが、綿貫を呪縛から解き放つ契機となる。

 さらに高橋は今年11月、20歳の誕生日を迎えたわずか10日後に全日本選手権を制し、綿貫が背負ってきた王者の看板をも引き取った。

「これで重荷も、悠介くんに全部託せます!」

 昨年の全日本チャンピオンは、顔中に無邪気な笑みを広げた。


今年の全日本選手権を制した20歳の高橋悠介

「去年の陽介がプレッシャーを感じていたのはわかっていた。周囲が彼に注目していたのも感じていたので、今までどおりやるのは難しいんだろうなと思っていました」

 落ち着いた声のトーンで、高橋が述懐する。

 1歳年少のライバルが全日本のタイトルとともに抱え込んだ重圧は、彼の目にはっきり見えていた。だからこそ、「正直、去年の陽介みたいになりたくないなという思いはありました」と、今年の全日本チャンピオンは精悍な相貌(そうぼう)を引き締める。「実際には、陽介のときほど注目された感じもなかったんですけれどね」と、謙遜の言葉も素早く添えて……。

 高橋が全日本優勝後もそれほどプレッシャーを感じずに済んだのは、彼がすでに戦いの軸足を世界へと移していたことも大きいだろう。今季を世界ランキング423位で迎えた高橋は、半年後にはその地位を200位台まで上昇させ、以降はATPチャレンジャー(ATPツアーの下部大会群)およびツアーを中心に転戦してきた。そのなかで、自分と年齢もランキングもさほど変わらぬアジアの選手たちがツアー大会のベスト8に勝ち上がる姿も目の当たりにする。

「アイツが行けるなら、自分も同じところにいていいはず。ATPツアーの上位というと遠いところのように思えたが、実はそんなに遠い場所ではないんじゃないか……?」

 そんな想いを抱いて挑んだ10月の楽天ジャパンオープンでは、予選でトップ100の選手を破って本戦出場。本戦初戦でも52位のライアン・ハリソン(アメリカ)相手に、フルセットの大熱戦を演じてみせた。

 20歳と同時に全日本王者となり、プロ2年目でツアーの舞台も踏んだその足跡を、周囲は「順調」と評しがちだ。だが、高橋本人の自己評価は、世間のそれとはまったく異なる。

「世界に目を向ければ、自分と同世代の選手たちがグランドスラムやマスターズで活躍している。まだイメージしづらい場所ではあるが、冷静に考えたときに自分がどこに行きたいかと言えば、彼らのいるところ。それを考えたら、こんなところで足踏みしている場合ではない」

 高い目的意識を掲げる高橋が目指すのは、「錦織選手がいる、あのレベル」で戦うこと。その高みへの順路を示す格好の道標が、2年半後に迫った東京オリンピックだ。

「コーチとも今後のことを話していると、『オリンピックに出るんだったら』という話題にもなる。そんなにゆっくりランキングを上げていくつもりもないので、2年半後には50位くらいにいなくてはいけないと思っています」

 東京オリンピック出場への強い想いを抱くのは、冒頭で触れた綿貫も同様だ。

「もうもうもう……すごく出たいですね。オリンピックは全人類の憧れ。それをテレビ越しで見るのではなく、自分がその場に立っていたい」

 そう夢舞台への憧憬(どうけい)を真っ直ぐに言葉にする綿貫だが、そこに至る道程となると、高橋ほどの切迫感を見せることはない。「僕らしく一歩ずつ進みながら、2年半後に(オリンピックに)出られる位置にいられたらいいな」と、あくまでマイペースを貫く構えだ。

 綿貫陽介と高橋悠介――。昨年と今年の若き全日本選手権王者は、対象的な個性とプレースタイルで互いを照らし、その光を頼りに各々の進むべき道を見極めながら、同じ高みを目指していく。

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