台湾、沖縄を経て東京で闘うレッカ。拙著『ローカルプロレスラー図鑑+2016』より

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 プロレスの盛んな国といえば、アメリカ、メキシコ、日本の三つだ。各国にそれぞれ数万人規模の観客を集めるメジャー団体があり、国内をツアーでまわる中小規模団体、各地域に根差したローカル団体が存在している。

 この三カ国以外にも数多くのプロレス団体が存在することは意外と知られていない。今回は日本からほど近い、台湾のローカルプロレス団体「新台湾プロレス」(NTW:New Taiwan Entertainment Wrestling)を紹介しよう。

◆周辺国のプロレス団体と積極的に交流

 新台湾はA-YONG-GO、惡王KAZUYA、レッカといった選手を中心に2011年に設立。現在は15名ほどの所属選手で、年3〜6回ほどの主催興行をおこなっている。

 台湾では他にIWL(Impact Wrestling Love)、TEPW(Taiwan Extreme Pro-Wrestling)、といった団体があるが基本的に交流はない。Puzzleというプロモーションでの交流戦はおこなわれているが、新台湾は国外団体との交流に積極的だ。

 アジアのSPW(シンガポール)やHKWF(香港)などに選手を派遣したり、逆に招聘したりしている。また、台湾〜沖縄はフライト時間が1時間半ほどと短く、LCC(格安航空会社)を使えば往復で約1万円と手軽なため、過去の記事でも紹介した琉球ドラゴンプロレスリング(沖縄)との交流はとくに盛んだ。

 琉球ドラゴンには日本でも数少ない常設会場「カデナアリーナ」があり、沖縄県内のイベントでも頻繁に興行を開催していることから、単に試合をするだけでなくプロレス全般を学ぶため「留学」する選手もいるほどだ。

 前述の新台湾創設メンバーのひとり、レッカ(漢字表記では烈火)は沖縄に長期滞在し、琉球ドラゴンの大会にレギュラー参戦して経験を積んだ。そして、キャプテン・イーグル(琉球ドラゴン)に奪われた新台湾プロレス無差別級王座を地元・台湾での大会で奪還するまでに成長した。

 そして現在は、サイバーエージェントグループのプロレス団体・DDTのブランド・DNAと、新台湾との二団体所属で活動している。日本語が堪能なこともあり、日本と台湾のプロレスの橋渡し的存在としても期待されている。

◆“中二病キャラ”など、日本では見られないユニークな選手が目白押し!

 新台湾には、日本で見られるようなご当地ネタの選手はいないが、ユニークな選手はいる。SKYという選手はいわゆる「中二病」キャラクター(台湾では日本のアニメ・マンガの人気が高い)。詰襟の学生服で入場し、レフェリーにワガママを通そうとしたり、相手をおちょくったりと面倒くさいスタイルだ。

 SAKAという顔にペイントを施した、ヒール(悪役)選手も独特だ。隻腕のため左腕一本で闘うが、相手の攻撃をギリギリまで引きつけてかわしたり、コーナーの狭い空間でも瞬時に場所を替わったりと、身体的ハンディを強みに転換し、文字通り腕一本で闘い抜いている。

 レフェリーのスポンジケンは、日本へ留学していたことがあり、滞在中に全日本プロレスの興行に参加。ジャイアント馬場やジャンボ鶴田など裁いた試合は1万をゆうに越える、名レフェリー・和田京平の教えを受けている。選手ではないが、全日本の王道プロレスの「作法」を台湾に伝えている重要な存在だ。

 新台湾の当面の目標は、台湾内での認知度と選手レベルのふたつを上げていくことだ。台湾の中ではプロレスといえばWWE(World Wrestling Entertainment、アメリカ)という認識が大半だ。台湾の団体だけでなく、新日本プロレスやスターダム(女子プロレス)などが台湾で大会を開催しているが、それでもWWEには及んでいない。

 だが、新台湾には可能性がある。20代〜30代前半の若い選手が多いことだ。筆者は新台湾の大会を撤収まで取材したことがあるが、彼らの情熱は並々ならぬものがある。重労働といえるリング設営すら活き活きと取り組む。そこにはプロレスに対する愛と、大好きなプロレスを台湾でできることへの喜びにあふれていた。

 機会があれば、ぜひ一度新台湾プロレスを観てほしい。他国の良いところを取り入れつつも“台湾の”プロレス文化を作ろうとする若者たちの姿に心打たれるはずだ。

<文・たこやきマシン>

【たこ焼きマシン】
名古屋在住のローカルプロレス探求家。ローカルプロレスファンサイトたこ焼きマシン.com、スーパーたこ焼きマシン.comを運営。北海道から沖縄、台湾まで未知のプロレスを求め観戦に遠征する。ご当地プロレスラーガイドブック『ローカルプロレスラー図鑑』をクラウドファンディングで発行。オンラインストア。元・小中学校教員、障害者職業能力開発校講師。夢は世界中すべてのご当地プロレスを観戦しての『ワールドローカルプロレスラー図鑑』制作。