シンガポール航空が刷新を発表した「A380」に搭載する最上級クラスの「スイート」。2つの部屋をつなげると、ダブルベッドになる(記者撮影)

飛行機の中に、高級ホテルの一室が出現した――。

シンガポール航空は11月2日、エアバスの2階建て超大型機「A380」の最上級クラス、「スイート」の新型シートを発表した。スライドドアで仕切られた完全個室だ。座席とベッドが分かれており、さながら“書斎”のようである。旧型も個室だったが、座席を畳んだうえでベッドを引き出さなければならなかった。

座席とベッドが分かれた”スイートルーム”

座席は左右に270度回転可能で、後ろには45度リクライニングできる。ベッドの長さは76インチ(2メートル弱)だ。1室当たりの面積は旧型より7割拡大し、備え付けのディスプレーも23インチから32インチへと大型化した。


「スイート」の見た目はまるで書斎だ(記者撮影)

前後で隣り合ったスイートの仕切りを下げれば、2つのベッドがつながり、ダブルベッドになる。旧型でも真ん中の列の隣り合った2つの席をつなげダブルベッドに転換することはできたが、窓からの景色を見ることができなかった。今回はすべてのスイートが窓側であるため、家族やカップルが景色を楽しみながらプライベートな時間を過ごせる。

12月18日、シンガポール―シドニー線を皮切りに、新型シートを搭載したA380の運航を始める。この日のスイートの航空券を検索すると、往復で8408.90シンガポールドル(約69万5200円)。会社側によると、就航当初は旧型のスイートとの価格差を設ける予定はないという。日本路線への導入に期待が高まるが、現時点では未定だ。


旧型のスイートは、新型より一回り以上小さかった(写真:シンガポール航空)

近年、個室型のファーストクラスやビジネスクラスを採用する航空会社が増えている。それらと比較すると、シンガポール航空の新型スイートは、壁で区切られ、座席と固定ベッドを備えており、さながらホテルのような作りだ。

ホテルにさらに近づけた数少ない例としては、中東のエティハド航空がA380向けに開発した「ザ・レジデンス」というクラスがある。リビングルーム、ベッドルーム、シャワールームの3部屋を備えるが、これは1機当たり1室しかない。

「新型シートには、プレミアムなフルサービスへの自信が込められている」。シンガポール航空のゴー・チュン・ポンCEOはそう強調する。世界の航空会社に先立ち、同社がA380の運航を始めたのが2007年。かつてない超大型機として注目を集めてから10年を経て、初めてのシートの刷新が行われた。


新型シート発表会でスピーチをする、シンガポール航空のゴー・チュン・ポンCEO(記者撮影)

新型の開発が始まったのが2013年。エアバスと共同で実施した1000人規模の顧客調査や、上級マイレージ会員による試作品体験などを実施し、4年の時間を掛けて、ニーズに合ったシートを目指してきた。研究開発から、シンガポール航空が所有する19機のA380への設置作業までを含め、総投資額は8.5億米ドル(約952億円)に上る。

「今まではスイートの数が多すぎた」

需要動向を如実に表しているのが、スイートの数だ。実は旧型では1機あたり12室あったスイートを、新型では6室まで減らした。この理由についてプロダクト&サービス担当シニア・バイス・プレジデント(SVP)のマービン・タン氏は、「座席構成は世界中のマーケットに合ったものでなければならない。平均すると、スイートの供給は需要を上回っていた」と述べ、旧型の室数が過剰だったことを認めた。


ビジネスクラスもダブルベッドのようになる(記者撮影)

顧客からの要望を踏まえて今回の刷新のテーマとなったのが、「よりプライバシーを高め、パーソナルな空間を作ること」。スイートに関してはシート以外でも、照明の設定を自分用に保存しておき、また別のフライトで同じ設定を再現できるなどの機能を備えた。


ビジネスクラスでは座席間の仕切りを大きく上げたり下げたりできるようにし、プライバシーとフレキシブルさを両立した。生産は日本の航空機部品メーカー、ジャムコが担当している(記者撮影)

このテーマはスイートだけでなく、ビジネスクラスにも表れている。横1列ごとの座席の並びは左右の窓際に1つずつ、そして真ん中に2席となっているが、この2席の間にある仕切りが優れものだ。仕切りを上限まで上げると隣が全く見えなくなり、座席をフルフラットにして仕切りを下限まで下げるとダブルベッドのようになる。1人でも、2人組でも、それぞれのプライバシーを実現した。

ビジネスクラスの各席は扉付きの個室にはしていない。「ドアをつけてもスイートのように完全個室にはならないし、その分のスペースも取ってしまうためだ」(タンSVP)。その分座席のシェルを大きくし、「繭(まゆ)の中にいるような感覚」(同)を提供したいという。

シートの刷新とあわせて座席構成も大きく見直した。A380の2階にスイート6室、ビジネスクラス78席、1階にプレミアムエコノミー44席、エコノミークラス343席と、合計で従来より30席多い471席とした。スイートを減らした分、特にビジネスは従来より席数を3割増やすなど、「収益機会を増やせる構成になっている」(ゴーCEO)。


A380が搭載するプレミアムエコノミークラス(写真)やエコノミークラスの座席も刷新されている(記者撮影)

シンガポール航空は今、かつてない苦境に陥っている。2017年1〜3月期には約1億3830万シンガポールドル(約114.3億円)の最終赤字を計上し、四半期としては5年ぶりの赤字転落となった。燃油費の上昇に加え、打撃となったのが旅客単価の下落だ。同四半期のイールド(旅客1人を1キロメートル運んで得る収入)は前年同期比で4.7%減り、通年では同3.8%減だった。

A380でアジアの価格競争に対抗

アジアの航空競争は激しさを増している。営業、マーケティングなどを統括するコマーシャル担当副社長のマック・スゥイー・ワー氏は、「中東勢や中国勢、それにLCC(格安航空会社)がどのようにアジア市場で攻めているかを注視しなければならない」と指摘する。今回のA380の機内設備刷新は、価格競争とは対極のプレミアム戦略を徹底する姿勢の表れといえる。


フルサービスキャリアとして品質を高めるため、シンガポール航空は客室乗務員らの訓練も厳しい(同社トレーニングセンターにて記者撮影)

2017年7〜9月期の決算は、純利益が1億8900万シンガポールドル(約158億円)の黒字となり、前年同期比で3倍に跳ね上がった。旅客数が増えるなど需要は堅調だったが、それでもイールドの下落は止まらず前年同期比で2%減った。

今年5月からは3カ年計画で「トランスフォーメーション(事業変革)」を進めている。専門部署も立ち上げ、まずは需要と密に連動する運賃設定などを可能にした新たなレベニューマネジメント(収益管理)システムを導入するなどの取り組みを始めた。11月8日の決算説明会でゴーCEOは、「少しずつ成果は出始めている」と自信を見せた。

シンガポール航空は再び上昇気流に乗ることができるのか。そのブランド力で一目置かれてきた名門エアラインに今、一層の注目が集まっている。