事情聴取のため、福岡より帰京した日馬富士(日刊現代/アフロ)

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 大相撲の横綱・日馬富士の暴行事件をめぐり、日本相撲協会の対応が批判を浴びている。

 事件は秋巡業中の10月25日に起こった。酒席で日馬富士が幕内力士・貴ノ岩に説教をしている最中に貴ノ岩のスマートフォンが鳴り、それを操作しようとした貴ノ岩に激怒し、ビール瓶で貴ノ岩を殴打したほか、馬乗りになって何度も平手打ちを浴びせたという。

 同月29日には貴ノ岩の貴乃花親方が鳥取県警に被害届を提出し、今月3日には日本相撲協会の聴取に対し貴乃花親方と日馬富士の伊勢ケ濱親方は「わからない」と返答。現在行われている九州場所初日前日11日に相撲協会の臨時理事会が開かれ、事件についてすでに伊勢ヶ濱親方が貴乃花親方に謝罪したことが報告されたが、相撲協会は14日にメディアが第一報を報じるまで、事件を公表しなかった。

 こうした一連の協会の対応が、「情報隠蔽」「事態の混乱に拍車をかけている」と批判を浴びているが、協会・貴乃花親方・日馬富士はどのように対応すべきであったのか、危機管理コンサルタントの屋久哲夫氏に解説してもらった。

●報道が錯綜すること自体が問題

 この事件は、危機管理の教訓を含んでいます。報道によれば、事件後も貴ノ岩が秋巡業に参加したり、貴乃花親方、伊勢ケ濱親方双方とも協会の聴取に対して「わからない」と言ったり、貴ノ岩が九州場所直前に福岡・田川市役所を表敬訪問した際、「2桁勝利を目指します」と宣言していたり、貴乃花親方は事件直後に鳥取県警に被害届を出していたり、相撲協会は警察からの連絡で事件を知った、などということですが、私は一連の報道を見てモヤモヤしたものを感じました。

 当初、私は、先に協会に報告すると穏便に済ませるよう圧力がかかるため、密かに警察に被害届を出しつつ、巡業に参加して、日馬富士と伊勢ケ濱親方を安心させたところで、スポーツ新聞にスクープさせて世間を味方につけるという手段を取ったのではないかと穿った見方をしていました。

 自分より大きな会社や組織(今回の場合は相撲協会)に立ち向かおうとしたら、あり得る戦法です。実は私自身、コンサルタントとして大企業に酷い目にあっている中小企業を救おうとして同様の作戦を立てたことがあります。一種のクライシス・マネジメントとしてありだと思います。もっとも、そこまでしなきゃいけないほど相撲協会は腐っているのか、という疑問も抱きました。

 そして危機管理対応の面で気になるのは、「実は伊勢ケ濱親方はすでに貴乃花親方に謝罪していた」「協会関係者も警察から連絡を受ける前から、事件を把握していた」「貴ノ岩もアイスピックを持っていた」など、さまざまな報道が出ている点です。それらが事実かどうかが問題ではなく、そういう話が出てくること自体が問題です。

 協会、貴乃花親方、伊勢ケ濱親方の三者ともに、違った対応ができたのではないかと思える部分があり、特に危機管理広報の観点から教訓とすべきことを考えていきたいと思います。

【協会の対応】

 もし事件を認知していたのなら、認知した時点で口頭での確認だけでなく、貴乃花親方や貴ノ岩に診断書の提出を命じるべきでした。そして、診断書の内容から暴行事件が“ちょっとした、いざこざ”レベルではないと認識したら、たとえ診断書の内容と事件の因果関係が不明確だったとしても、その旨に言及した上で公表すべきでした。稽古によるケガとは思えないほどの重傷ですし、多数の目撃者も存在するため、とにかく協会はマスコミを自分たちに引き付けるために記者会見をすべきでした。もっとも重要なのはこの点です。

 協会がしっかり対応しないと、マスコミはどんどん関係者(と思われる人物)に片っ端から取材をしていきます。下手をすれば、あることないことが証言として出回り、その真偽を確認するだけで労力を費やさざるを得なくなり、大変なことになります。

 協会としては、九州場所を控え、せっかく回復してきた大相撲人気に冷や水を浴びせるようなことはしたくなかったかもしれません。しかし、ちょっとしたことでも協会が発表するとなれば、マスコミはまず協会に問い合わせるようになり、「協会がきちんとマスコミ対応するから、関係者は余計なこと言わないように」と統制できるようになります。そうしなければ、報道陣はどんどん関係者に取材するようになり、収拾がつかなくなります。

【貴乃花親方】

 貴乃花親方は協会を信頼していなかったのか、周囲から「大事にするな」という圧力があったのかはわかりませんが、警察に被害届を提出後、速やかに協会に連絡すべきでした。貴乃花親方も協会の幹部として九州場所への影響を抑えたいという配慮があったのかもしれませんが、貴ノ岩が事件後も巡業に参加していながら九州場所を休場するという、“外野の憶測”を生むようなやり方には若干疑問を感じます。被害届の提出というかたちできちんと公にして、協会による隠蔽を阻止しつつ、協会と歩調を合わせて会見を開くという方法もあったと思います。

【伊勢ケ濱親方】

 加害者側から表沙汰にするのが容易でないのは理解できますが、今回の事件は目撃者も多いので、いずれ表沙汰になるのは目に見えています。貴ノ岩が大けがをしたかどうかがわからなくても、協会に報告して、対応を相談すべきでした。事件の第一報前にすでに貴乃花親方に謝罪していた、との報道もありますが、こっそりではなく、協会関係者立会いの下で謝罪し、さらに伊勢ケ濱親方、貴乃花親方、協会の3者が揃って記者会見を行うべきでした。

●上に立つ者の適切な報道対応

 繰り返しになりますが、協会は報道陣に対して「何かあれば直接こちらに聞いてください」と宣言して、きちんと報道対応する必要があります。

 私も警視庁広報課長を務めていたとき、事件担当課の課長に「忙しいなか、煩わしいとは思いますが、課長に対応していただかないと、現場に記者がアタリに行って、現場にしわ寄せがいくし、収拾がつかなくなります。『今のところ何もありません』だけでもいいので、ぜひ課長自ら報道対応してください」とお願いしたことが何度もありました。

 上に立つ者の適切な報道対応は、現場を混乱させないため、現場を守るための危機管理対応でもあるので、今回の事件を他山の石としたいものです。
(文=編集部、協力=屋久哲夫/危機管理コンサルタント)