「キャプテン」松田丈志の目線

 競泳ワールドカップ(W杯)第7戦東京大会、国内での新シーズン開幕戦といってもいいこの大会で日本新記録(短水路)コールは5つ。活躍した選手をここでまとめておこう。

 記録を更新してくれたのは4人で5種目。中村克(かつみ)、池江璃花子、小関也朱篤(やすひろ)、江原騎士(ないと)だ。


W杯東京大会でメダルを獲得した池江璃花子と小関也朱篤

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 中村克は男子100m自由形で46秒54の日本新記録で3位に入った。ナショナルチームで参加した先週の和歌山での大会でも好記録で泳いでおり、平井伯昌(のりまさ)ヘッドコーチの口からも、好調な選手として真っ先に名前が挙がった。

 中村は昨シーズン、筋肉量と体重を増やして大会に挑んだが、思うような結果が出せなかったという。それを受けて、今シーズンはオフ中からランニングや体幹トレーニング、インナーマッスルのトレーニングを自主的に行ない、体を絞ってきたという。

 オフ中から、自らにトレーニングを課していた意識の高さは、今大会での体の仕上がりの早さにつながったのは間違いないだろう。中村はコーチとともに体の連動を意識しながら、自分たちで陸上トレーニングを工夫してきたそうだ。

 あらゆる競技でパワー全盛のこの時代に、ストレングス(筋力)の強化は必須だ。ただ、理想のボディーは人によって異なる。特に水泳はパワーだけでなく、水に力を伝える技術と、水からの抵抗を減らす技術がパフォーマンスの要素として入ってくる。

 今後も自分に合ったトレーニングを追求していってほしいと思う。

 池江璃花子は50mバタフライと100m個人メドレーの2種目で日本記録を更新した。今大会の彼女を見て、世界のトップに追いつきたいという気持ちを今まで以上に感じた。

 実際にその距離が少しずつ近づいてきている。50mバタフライでは隣を泳いだ世界記録保持者サラ・ショーストロム選手(スウェーデン)を意識して、ずっと視界に捉えながら泳いだそうだ。そのなかで、「スタート、ターンはサラ選手もそこまで速くないんだと思った」「前半は並んでいけた」というコメントがあった。

 実際、私から見てもそうだった。サラ選手は世界記録保持者だがスタート、ターンは世界でトップというわけではなく、彼女よりも速い選手はいる。サラ選手は泳ぎが極端に速く、長水路でより輝きを増す選手であると言えるだろう。

 そのサラ・ショーストロムやオーストラリアのケイト・キャンベルなど世界のトップスプリンターが200m種目に積極的に出場しているところも池江には見習ってほしい。200m種目に取り組むことで持久力も強化され、より彼女を強くしてくれるだろう。

 今大会で池江が手応えを感じているのは間違いない。レース後にはサラ選手と初めて言葉を交わし、キャップを交換したという。きっと世界記録保持者も日本の「IKEE」を意識し始めていると思う。池江は12月にはナショナルチームとともに高地合宿やローザンヌ(スイス)オープンにも参加する。

 練習から誰かと競い合うのが好きだと話す彼女の成長が加速していきそうだ。

 世界水泳200m平泳ぎ銀メダリストの小関也朱篤は50m平泳ぎで日本記録を更新。今大会100m平泳ぎとともに2冠を達成した。今夏の世界水泳での銀メダル獲得で、より自信を深めているし、50mから200mまでこなせる平泳ぎ選手としての総合力は間違いなく世界トップレベルだ。

 だからこそ、今後は50mでも勝負できるスピードを100mや200mにどうやって活かしていけるかが課題だろう。

 今大会は最もスピードが上がる50mが一番スムーズに泳いでいるように見えた。50mよりはスピードを抑えて泳ぐ100mの時に、泳ぎが少しカクカクしているように私からは見えた。スピードを抑えた時に1ストロークのなかのどこで間をおくのか、このテクニックは今後100mや200mで世界と勝負するにはとても重要な要素になる。

 距離ごとに泳ぎを使い分け、ストロークのリズムやペース配分をどう操るのか。夏の世界水泳でもうまくペースをコントロールして200m平泳ぎで銀メダルを獲得したが、今後より自在に泳ぎとペースを操れるようになれば、東京五輪での金メダルを含む複数メダルも見えてくるだろう。

 瀬戸大也は400m個人メドレーで世界記録に挑むとレース前に公言していたが、記録更新はならなかった。ただ300mまでは世界記録を上回り、今後に向けて大きな可能性を示した。

 本人は記録更新を宣言したことで、初めの種目バタフライで力んでしまったと言っていたが、その影響か200mの折り返しがベストラップよりも1秒遅れた。この前半の1秒と後半200mの平泳ぎと自由形で1秒上げられれば記録更新も可能だ。

 瀬戸は昨シーズン終わりからここまでの期間、結婚式やハネムーンなどがあり、準備期間が十分だったわけではない。それでもこれだけのパフォーマンスができるのは、彼の持ち味である集中力の高さと、これまで磨いてきた技術の高さゆえだろう。初日の200m個人メドレーでは自己ベストを更新している。

 ライバル萩野公介のいない今大会、改めて彼の泳ぎをじっくり見て、4種目の泳ぎ、スタート、ターン、すべての技術の高さに驚いた。その完成度は際立っていた。最も苦手だった背泳ぎも自ら古賀淳也にアドバイスをもらい、この短水路のレースに向けて泳ぎを改良してきた。膝を大きく使わず、足を真っ直ぐにした状態で細かく蹴るようにして、そのぶん、より腕のテンポを上げて腕で引っ張る泳ぎにしていた。

 足はあくまで腕の掻きで獲得した推進力の邪魔にならないようにキックする。そして、その使わなかった分の足のエネルギーをターン後のバサロキックに使うという泳ぎ方だ。

 新たな技術に挑戦し、すぐにレースでやってのける。その向上心の高さと対応力の高さはすべての選手に見習ってほしいところだ。

 江原騎士は1500m自由形に出場し、800m通過の正式タイムで800m自由形の日本記録を更新した。リオ五輪で4×200mフリーリレーでメダルを取ったメンバーだ。彼の魅力はすぐにトップスピードに乗れる泳ぎの切れ味だが、そのスピードを後半まで持続させることが彼の課題でもある。

 今後400mや800m自由形でも世界で勝負できるようになりたいと語ってくれた。長い種目への挑戦は彼の200m自由形のレベルも上げてくれるだろう。東京五輪で再びフリーリレーでメダルを取るためにも彼には頑張ってほしい。

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 逆に課題が明確になった選手もいる。

 世界水泳200m個人メドレーで銀メダルを獲得した大橋悠依は、自身でも課題と言っていたスタート、ターンで、やはり世界チャンピオンのカティンカ・ホッスー(ハンガリー)に差を広げられていた。ホッスー選手は圧倒的なパワーでスタート、ターンで後続を離していった。

 ただ、大橋は過去に足のケガもあり、これまで下半身の陸上トレーニングはあまり負荷をかけてこられなかったという。

 さらには大学4年生ということで、昨シーズン終了後からは就職活動や卒論にも追われる日々であった。無事に来春からの所属先も決まり、指導する平井コーチも本格的な強化はこれからだと言っているので、今後に期待だ。

 大会を総括した平井コーチは、今大会に限って言えば、W杯シリーズや和歌山の大会など、すでに大会をこなしてきている選手がいい動きをしていたと言う。

 ナショナルチームの今後の強化プランでは、1カ月単位でトレーニング強化期とレースに出場しながらの競技会強化期を繰り返しながら、夏本番のパンパシフィック選手権やアジア大会まで調整していきたいと展望を語ってくれた。

 12月には早速シエラネバダ(スペイン)での高地合宿とローザンヌオープンにナショナルチームとして参加予定だ。

 これからスイマーにとっては長くつらい冬の強化期間が始まる。冬の早朝、まだ朝日の昇らない、暗くて寒い中プールに向かうのは憂鬱なものだ。トレーニングも土台作りとなる地道な練習が続くだろう。

 前回のコラムでも書いたが、この期間にナショナルチームとしての合宿やレースがあることは、チームとしてつらい時期を共有し、ともに乗り越える大きな支えになるだろう。

 より逞しくなった選手たちの泳ぎが今から楽しみだ。

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