東海岸とは全く違うシリコンバレー特有のカルチャーとは? [橘玲の世界投資見聞録]

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 前回は社会学者スディール・ヴェンカテッシュの『社会学者がニューヨークの地下経済に潜入してみた』を紹介した。この本のいちばんの魅力は、外部の人間が知ることのできないニューヨークの“アッパーグラウンド”、すなわち若いセレブたちの生態が活写されていたことだ。生まれたときから一生お金に困らない彼らは、信託(トラスト)から「年金」を受け取る「トラストファリアン」と呼ばれ、「わたしにとって気持ちいいこと」を追求し、「わたしにふさわしい評判」を獲得しようと“彼らなり”に悪戦苦闘しているのだ。

[参考記事]
●気鋭の社会学者が見たニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない

 そんな東海岸のエスタブリッシュメント文化に対して、今回は西海岸のシリコンバレーに目を向けてみよう。案内役はアレクサンドラ・ウルフの『20 under 20 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々』だ。

 著者のアレクサンドラ・ウルフはウォールストリート・ジャーナルの記者で、『ザ・ライト・スタッフ』や『虚栄の篝火』など世界的ベストセラーで知られる作家トム・ウルフの娘だ。

大学に行かないことに対してお金が支払われる奨学金

 20 under 20は、シリコンバレーの著名な投資家ピーター・ティールが始めた奨学金プログラムだ。しかしこれは、高等教育の学費を支援するのではない。大学に行かないことに対してお金が支払われるのだ。ティール・ファウンデーションのこのプログラムでは、起業しようとしている20歳未満の学生20人に10万ドルの資金が与えられるが、その条件は大学からドロップアウトすることなのだ。

 このような奇矯な奨学金を考えたピーター・ティールとはどのような人物なのか。

 ティールは1967年にドイツのフランクフルトに生まれ、1歳のときに家族でアメリカに移住した。父親は鉱山会社の技師で、10歳まで家族とともにアフリカ南部を点々とし小学校を7回変わった。そのひとつがきわめて厳格な学校で、体罰による理不尽なしつけを受けたことが、後年、リバタリアニズム(自由原理主義)に傾倒するきっかけとなったという。

 カリフォルニアで過ごした中高時代は数学に優れ、州の数学コンテストで優勝したほか、13歳未満の全米チェス選手権で7位にランクした。またSF小説にはまり、なかでもトールキンの『指輪物語』は10回以上読んだという。

 政治的にも早熟で、高校時代にアイン・ランドの思想と出会い、ロナルド・レーガン大統領の反共主義を支持した。スタンフォード大学哲学科に進学したあとは、当時、全米のアカデミズムを席巻していたマルチカルチュラリズム(文化相対主義)に反発し、保守派文化人の大物アーヴィング・クリストルの支援を受けて学生新聞『スタンフォード・レビュー』を創刊してもいる。

 大学卒業後はスタンフォード・ロースクールに入り、最高裁判所の法務事務官を目指したが採用されず、投資銀行のトレーダーや政治家のスピーチライターなどをしたあと、90年代末のインターネットバブルを好機と見て友人とベンチャービジネスを立ち上げた。それがのちにペイパルとなるコンフィニティで、この会社がイーロン・マスクのエックス・ドット・コムと合併したことで、「ペイパルマフィア」と呼ばれる野心的な起業家たちのネットワークが誕生する。

 ペイパルをオークション最大手イーベイに15億ドルで売却したティールは、スタートアップ企業のエンジェル投資家となり、フェイスブックへの初期投資50万ドルを10億ドルにしたことで名を馳せた。だが彼は、シリコンバレーのイノベーションに不満だった。「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だ」という言葉はよく知られているが、ティールからすればTwitterは知性を無駄なことに使っているのだ。

 そんな彼は、自らの体験から、天才にとって大学で学ぶ4年間(博士号まで取得しようとすれば10年近く)は無駄でしかないと考えた。そこでイノベーションを加速するために、高等教育を素通りしていきなり起業するための「奨学金」をつくったのだ。

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