11月15日、アフリカ南部ジンバブエの首都ハラレの街角に現れた軍の戦車。(AFP/Getty Images)

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  アフリカ南部ジンバブエでは15日未明、軍当局が首都ハラレの政府施設、議会への道を封鎖したほか、国営放送局を占拠し、クーデターを起こしたとみられる。ロイター通信などによると、ムガベ大統領と親族らは自宅軟禁下に置かれた。同国チウェンガ国軍司令官(61)は10日に中国訪問したばかり。専門家は、ムガベ大統領に不満を持つ中国当局が、ジンバブエ軍当局に対してクーデターを容認した可能性が高いとの見解を示した。

クーデターを起こした軍司令官が事前訪中していた

 ジンバブエ国軍の報道官は15日、国営放送局を通じて、「堕落した政治、社会、経済を正す」との声明を発表した。ジンバブエに社会的、経済的苦難をもたらしたムガベ大統領周辺の「犯罪者」を一掃するために行動を起こしたと説明。また、「任務の終了後、事態を正常に戻す」と述べた。

 ムガベ大統領は今月6日、後継者として指名した第一副大統領のムナンガクワ氏(75)を突如解任した。ムナンガクワ氏とグレース夫人との間では、次期大統領の地位をめぐって権力闘争が繰り広げられていた。ムガベ大統領がムナンガクワ氏を解任したのは、グレース夫人の大統領就任に向け対立勢力を取り除くためだったとみられる。

 ムナンガクワ氏に近いチウェンガ司令官は同氏の解任を受けて、「軍が介入するかもしれない」と反発した。その後、チウェンガ司令官は8〜10日中国北京を訪れ、中国共産党中央軍事委員会の李作成・統合参謀部参謀長や常万全・国防部長とそれぞれ会談した。

 ムナンガクワ氏自身も中国指導部に近い。同氏は、ハイパーインフレによって経済崩壊したジンバブエで、新たな通貨として人民元の採用を提案したことがある。

 中国・ジンバブエ関係に詳しい専門家の間では、中国当局がクーデターを主導したチウェンガ司令官らの後ろ盾だとの推測が広がっている。中国国防部は、チウェンガ司令官の訪中は「正常な訪問活動」で、事前にジンバブエのクーデターに関する情報は知らされていないと主張した。中国外交部の報道官も15日、クーデター発生後、ムガベ大統領が中国に亡命したとの噂を否定した。

 中国当局がクーデターを容認か

 

 中国政治評論家の薛馳氏は、ジンバブエで起きたクーデターに中国当局が多かれ少なかれ、関与しただろうとの認識を示した。理由は三つある。

「まず、中国人民解放軍とジンバブエ国軍とのつながりが非常に深い。小銃から戦闘機まで、ジンバブエ国軍が保有する武器や軍事装備はすべて中国製だ。ムガベ大統領自身も若い頃、毛沢東思想に傾倒していた。60〜70年代のジンバブエ独立運動で、中国当局はムガベ氏が率いるジンバブエ・アフリカ民族同盟に対して、物資・外貨の援助を行ったほか、軍事の面でも支援した」

「二つ目は、中国当局はジンバブエ政府との密接な関係にあるが、しかし、習近平氏とムガベ大統領との関係は思わしくないようだ」と薛氏が指摘した。

 ムガベ大統領の独裁統治の下で、ジンバブエではインフレ、失業、貧困などの問題が山積していた。さらに、白人の土地資産を強制収用し、外資企業の保有株式の半分を強制譲渡させるなどの強硬政策によって、外資が完全に撤退した。干ばつなどの自然災害も発生したため、経済的な混乱が拡大した。かつてアフリカ有数の富裕国だった同国は、2008年7月のインフレ率が2億311.5%とハイパーインフレになり、経済が完全に崩壊した。

「この状況の下で、ムガベ大統領は引き続き中国当局に対して巨額な経済援助を要求した。しかも、大統領は中国当局の支援金額が少ないと、直ちに中国当局に不機嫌な態度を示してきた。たとえば、15年の人民解放軍の軍事パレードに、欧米諸国の首脳だけではなく、中国当局の『盟友』であるムガベ大統領も出席しなかった」。薛氏によると、当時海外メディアはムガベ大統領は必ず出席すると予想していた。「習近平氏は面目丸潰れになった」という。

 また薛氏によると、16年6月にムガベ大統領が国内で行われた重要会議において、ジンバブエ在住の中国人ビジネスマンや中国当局関係者が同国で儲けた資金をジンバブエの銀行に預けることなく、中国本土に送金したことで、ジンバブエの経済危機を深刻化させた、と痛烈に非難した。

「ムガベ大統領と習近平氏との関係が良くないことを反映した」。

 三つ目の理由は、近年ジンバブエ国内では反ムガベ政権の抗議活動が多発しているため、中国当局はムガベ大統領への支持を控えようとしていることにある。ジンバブエ国民は、同国における中国当局の影響力の拡大に反感を覚えている。多くの反中派は、中国当局はジンバブエを植民地化するためにムガベ大統領を支持していると認識する。反中感情の高まりで、ジンバブエ在住の中国人とジンバブエ国民との対立はこの数年間一段と深刻になった。

 薛氏は、この3つの主因で中国当局は、実に早い段階からジンバブエに新たな指導者を立てようとしていたかもしれないと推測した。

(翻訳編集・張哲)