「勤続10年」、今のご時世で10年も同じ会社で働いているのは幸せなことである。が、しかし、同時に新しい挑戦や可能性に踏み出せていないケースもある。

就職氷河期と言われ続けている中、今年の春に大学を卒業した女性の就職率は98.4%を記録した。しかし、新卒で就職したものの、3年以内の離職率は30%近いという調査結果もある。

今、アラサーと呼ばれる世代は、大卒で入社した場合、職場ではちょうど10年選手。正規雇用にこだわらず、派遣やパートを選んで働く女性も増えてきた中、同じ職場で10年間働き続けてきた「10年女子」の彼女たちは、いったい何を考えているのだろうか?

「キャリアアップは?」「結婚は?」「貯金は?」そんな「勤続10年女子」たちの本音に迫ってみた。

今回登場するのは、情報通信業企業で社員として働いている沙織さん(仮名・34歳)。

沙織さんは、婚活市場や合コンでは男性ウケが良さそうな女性らしい雰囲気。緩く巻かれたロングヘアに、色白の素肌を生かした薄めのメイク。首元にビジューがついた白いニットにグレーのフレアスカートを合わせ、薄手の黒ストッキングにヒールパンプスを履く、どこの会社にもいそうな無難なファッションだ。習い事をするわけでもなく、飲みに行くような習慣もない。仕事帰りは、たまに本屋に寄って時間をつぶすか、カフェで一息入れる。SNSも、変わり映えのしない毎日で、ほぼ放置気味になっている。

「流されるままきたら、10年が経っていた」。沙織さんは同じ会社に10年以上勤めているが、厳密にいうと社名が合併により変わっている。最初に就職した広告代理店が、途中で大手IT企業の子会社化され、のちに別の企業に全株式が譲渡され合併されたのだ。そのタイミングで、同じ部署にいた同僚たちは、会社を去っていった。もしかしたら、そこが分岐点だったのかもしれない。それから3年の月日が流れた。

つい最近、取材先の飲食店で広告代理店時代の同僚と再会した。噂に聞いていたが、広告代理店時代の社員男性と結婚し、出産もしていた。仕事も結婚も決断をせず、うやむやにしていたら、周りからどんどん置いて行かれた。でも仕事があるだけマシと思いながら、今日も職場に向かう。

沙織さんは、神奈川県横川崎市で生まれ育った。製造業の会社員だった父と、洋菓子の販売員の母と、今もマンションで同居をしている。給与から数万円ほど生活費として入れているが、両親から「一人暮らしをしなさい」とも、「結婚しなさい」とも言われない。休みの日は、寝ている間に母が洗濯物を済ませてしまう。30代にもなってだらしないと思いながら、甘えてしまっている。3年前に付き合っていた年下の彼氏と別れて以来、恋愛自体遠ざかっている。なにか大きなきっかけがないと、結婚にも積極的になれない。

おっとりした性格が災いしてか、周りから「お嬢様育ちだね」と言われることがある。実家はごく普通の家庭だったが、3歳からバレエを習わせてもらっていたのは、少し裕福だったのかもしれない。バレエを高校まで続けていたと言うと、「すごい、プロみたいだね」と周りから言われるが、これも「辞めるタイミング」を見失っただけだ。好きだったら、もっと努力もしただろうし、大人になっても続けていた。なんとなくが積み重なって働いているのは、バレエと似た状況かもしれない。

パワハラの上司の言葉に、涙する日々…

中学では、成績は良いほうだった。塾で言われたことを復習していただけだが、積み重ねていくような暗記物の勉強が向いていた。高校は地元でも上位の県立に進学できた。しかし、有名大学への進学を目指すような生徒も多く、中学とは違い成績は下降した。その時、競争は向いていないかもしれないと思い、推薦枠がある女子大を希望した。

大学に入ると、地元の喫茶店でバイトを始めた。年配の夫婦が営業している喫茶店だったが、オーナー夫婦に気に入られ、シフトがほとんど入れられない就活の時期も、バイトとして籍だけ残していた。忙しくあくせく働くよりも、自分のペースで働ける雰囲気が自分にはあっていた。

就活を始めたものの、面接で自己アピールが上手くできずに、不採用が続いた。最初はやみくもに大企業ばかり受けていたが、途中から興味がある「飲食業界」や「観光業」に絞った。内定が出たのは、レジャー施設や飲食店を扱う広告代理店だった。

入社した広告代理店では、情報通信業の大手である媒体に掲載される店舗や施設を扱っていた。希望職ではない営業職での採用だったが、広告を出してくれた飲食店から、掲載のお礼を言われると仕事の達成感を得ることができた。代理店の社長にも気に入られ、ファッションビル内の飲食店のプロモーション事業の仕事にも関わることができた。とにかく、メールでも電話でも丁寧に応対することを心掛けたが、その姿勢は時に「遅い」「トロトロしている」と、上司から叱られることもあった。

ある時、得意先との飲み会の後に、上司から「もっとピエロになれ。周りも盛り上がれないだろう」と注意され、体育会系のノリの営業体質は合わないと感じた。家に帰ってから泣くことも、しょっちゅうだった。その頃ちょうど、社内には大手企業の子会社化でリストラされる社員が出てくるという噂が立っていた。

意欲ある同僚たちは積極的に転職活動や婚活、起業独立などに精を出すようになっていたが、沙織さんはどうしても動きだせずにいた。「いつか何とかなるんじゃないか」「じっとしていれば、乗り越えられる」「多くは望まない、このままでいい」そういった気持ちが心の中にあった。

広告代理店時代に取材をした店舗がまだ営業しているのを見かけると、懐かしくてつい入ってしまう。

勤め先が子会社化から売却!どんどん元の会社の同僚がいなくなる中、気づけば部署の最高齢に。あの時、行動すればよかった!?〜その2〜に続きます。