大病後にもかかわらずロングインタビューに応じた西田氏

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「当社で発覚した不正会計等について、西田(厚聰)氏、佐々木(則夫)氏、田中(久雄)氏という財務会計の厳格さに対する真摯な認識が欠けた歴代社長によって目標必達へのプレッシャーが繰り返され、短期的利益を過度に追求する方針だったことが問題として挙げられます」

 10月20日に公表された東芝の不正会計問題に関する「内部管理体制の改善報告」では、不正に携わった歴代社長が名指しで批判された。東芝にとって彼らはもはや守るべき価値のある存在ではなくなったということだ。

 なかでも“最大の戦犯”として槍玉に挙げられたのが、西田だった。西田は、米原子力大手ウェスチングハウス(WH)の買収を手がけ、その結果、原子力事業で7000億円もの特別損失を出した。100億円単位の不正な数字づくりを「チャレンジ」と称し社内に命じた張本人ともされた。

 西田は、東京大学大学院で西洋政治思想史を学んだ後、後に妻となるイラン人留学生を追ってテヘランに渡り、東芝に現地採用で中途入社したという異色の経歴の持ち主だ。社長在籍時はカリスマ経営者として脚光を浴び、経団連会長候補とも目されていた。

 その西田は、いまや自分が東芝壊滅の戦犯と呼ばれていることを、どう思っているのか。私(児玉博・ジャーナリスト)は西田の取材を進めていたが、本人は不正発覚後、メディアの取材を積極的に受けていなかった。8月半ば、伝手を頼り入手した携帯電話のメールアドレスにインタビューを申し込むと、意外な返答があった。

〈私は6月12日以来入院しております。(中略)9時間もかかる大手術(中略)それまで待てるならば自宅に訪ねて来てください〉

 後にわかったことだが、西田は胆管がんを患い、9時間にもおよぶ手術を受け、長期入院していたという。10月、退院した西田を自宅で取材した。

◆「いい加減なことを言わないでくれ」

 これまで語ることのなかった妻・ファルディンとの出会い、東芝に入社した理由、社長までの道のり、さまざまな話題を経て、ついに核心に触れた。西田を不正会計の“主犯”扱いした第三者委員会の報告書について聞くと、自らの関与を語気強く否定した。

「いい加減なことを言わないでくれ、と(第三者委員会には言いたい)。僕はね、社長になった時、ここに書いてある座右の銘を肝に銘じてやって来た」

 西田はそう言って部屋を見上げた。そこには中国の古典『呻吟語』を著した明代の儒学者、呂坤の「実心 実言 実行」という言葉が掲げられていた。

「本来の順番は『実言、実行、実心』なんですよ。僕は順番を変えたんだ。本当に心で思っていることを、正しい言葉で表現して、表現したことは責任を持って実行するということでしょう。実心というのは最初に来なければいけないはずだ、と思う。

 同時に僕が弁えてきたのが、厳然自粛、つまり厳しく自分を粛むということですよ。そうして自分を律してきた男がですよ……、ましてあの時(2009年3月期)はリーマン・ショックで会社全体として赤字(約3500億円)が計上される時だった。そんな時に、100億円や200億円の不正を知っていて、僕が有耶無耶にするなんてことはあり得ません。そんなことは絶対にない。今までの僕の生き方を見てください、と言いたい」

 西田の怒りの矛先は、調査した委員にも向かった。

「第三者委員会の人たちは、僕が部下に命じてチャレンジした50億円や100億円を“多額”なチャレンジだとしている。それは日常業務として弁護士をしている人にとっては多額かもしれないが、僕らがやっていた事業規模は1兆円ですよ。1兆円の中の50億円や100億円はわずか1%に過ぎない。それが果たして多額ですか?」

 さらに語気を強める。

「チャレンジでもなんでもない。言わば日常茶飯事のことですよ。50億円のチャレンジ、100億円のチャレンジなんて、『お前達がんばれ。このままだと事業が立ち行かないぞ』程度のことですよ」
(敬称略)

●取材・文/児玉博(ジャーナリスト):新刊『テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅』(小学館)は11月17日発売。

※週刊ポスト2017年11月24日号