S-TRAINとして活躍する西武40000系(撮影:尾形文繁)

ここ数年、埼玉県の秩父を訪れる観光客が、急激に増えている。秩父市が公表している入込客数に関する統計を見ると、2011年の354万4200人から2015年には507万6600人まで増えた。2016年の実績について秩父市観光課に問い合わせたところ、537万5600人だった。秩父市に横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町を加えた「秩父エリア」でも同様に、観光客の増加が見られる。

近年の秩父を訪れる観光客増加の理由としては、インバウンド増等を目的とする「秩父地域 おもてなし観光公社」の設立など地元の誘客への取り組みをはじめ、圏央道の開通、羊山公園の芝桜の盛り上がり、さらに、2016年に秩父祭の「山・鉾・屋台行事」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことなどが考えられるが、これらと並び、「西武グループが、秩父観光に力を入れている」影響も大きい。

西武が秩父に力を入れる理由

ここ数年、西武グループが新規で始めた秩父の観光に関連する事業としては、目立つものだけでも、秩父・三峯神社で絶景の雲海&星空鑑賞を目指す!『夜行列車で行く 秩父絶景ツアー』の開催(2015年8月〜)、コース料理が楽しめる観光列車「西武 旅するレストラン 52席の至福」の運行(2016年4月〜)、土休日に、西武秩父―元町・中華街を乗り換えなしで結ぶ全席指定列車「S-TRAIN」の運行(2017年3月〜)、西武秩父駅に隣接する、温泉レジャー施設「祭の湯」のオープン(2017年4月〜)など、さまざまなものがある。また、芸能人や地元出身の落語家を起用したテレビCMを積極的に打つなど、広報宣伝にも力を入れている。

箱根や川越と並ぶ、西武グループの代表的な観光エリアである秩父に力を入れることは、当然といえば当然の話なのだが、それにしても、近年の動きは活発だ。これについて、西武鉄道広報部は、次のように説明している。

「秩父地域は、都心から特急レッドアロー号で最短78分と、関東圏の観光地の中では非常に近い場所に位置しています。しかしながら、”秩父”という観光地は、箱根・日光などと比較すると知名度が低いため、これらと同等以上に認知度を高めて、今まで以上に多くのお客さまに足を運んでいただけるよう、地域の皆さま、地元自治体とともに取り組んでいます。また、秩父は西武グループだけでなく、秩父鉄道も地域の重要な足として定着しており、両社が思いを同じくして観光地・秩父の発展に努めています」

もちろん、こうした理由もあろうが、西武グループの事業環境の変化に関しては、米投資ファンド「サーベラスグループ」の存在を抜きにしては語れない。今年8月10日付で、サーベラスが西武ホールディングス(HD)株式すべてを売却したニュースは、記憶に新しい。

西武グループとサーベラスのつながりは、11年半にもおよぶ。有価証券報告書虚偽記載問題で西武鉄道が上場廃止に追い込まれるなど、苦境に陥った西武グループに対し、2006年、サーベラスが、約1000億円を出資。その後、サーベラスがTOB(株式公開買い付け)を行い、経営再編を迫るなどし、2013年には、西武球団売却などとともに、鉄道に関しては多摩川線、山口線、国分寺線、多摩湖線と並んで秩父線の廃止も取りざたされた。

こうした圧力に対する必死の沿線活性化策が契機となり、沿線地域や観光客のみならず、西武グループ自身も、観光エリアとしての秩父の価値を”再発見”したというのが、近年の事業姿勢の変化の背景にあるのは間違いないだろう。

半年の運行で見えた課題

さて、西武グループの秩父に関連する事業は全体的にはうまくいっていると思われる中で、実際の利用状況などから今ひとつ定着していないのではと思われるのが、今年3月に運行開始したS-TRAINだ。西武鉄道広報部も「運行する時間帯によっては、まだ認知度が不足していると感じることがある」と認める。


今年3月に華々しくデビューしたS-TRAIN(撮影:今祥雄)

S-TRAINは、平日、土休日ともに運行されており、いずれも、全席指定(着席保証)で、複数の会社線を直通運転するのは変わりないが、運行区間が全く異なる。平日は、所沢駅から、東京メトロ有楽町線の豊洲駅までを結んでおり、西武線沿線から着席して通勤したいビジネスパーソンを主なターゲットとしている。一方、土休日は、西武秩父駅から西武鉄道、東京メトロ副都心線、東急東横線、横浜高速鉄道みなとみらい線を経由して、元町・中華街駅までを結んでおり、「西武線沿線から横浜エリアなどに、また、東急線沿線などから秩父エリアにそれぞれ往復しやすい時間帯に運行することで、新たな観光等の需要を創出することを目的としている」(西武鉄道広報部)という。

この新たな観光等の需要の創出については、現状、具体的に現れている事例として、「西武線沿線から横浜エリアへ多くのお客さまにご利用いただいております。とくに小さいお子さま連れのお客さまを目にすることが多く、新たな着席サービスを提供することで、小さいお子さまを連れて安心して遠出する機会を創出することができていると感じています」(西武鉄道広報部)といい、秩父以外の観光ニーズの掘り起こしについても、一定の成果を上げているという。

では、S-TRAINの実際の使い勝手は、どのようなものなのか。土休日に運転される横浜7時09分発、西武秩父9時15分着のS-TRAINに実際に乗車し、秩父観光に出かけて感じたことをお伝えしたい。

まず、S-TRAINに乗車するには、乗車する列車および座席を指定する「列車指定券」を購入する必要がある。乗車の1カ月前から、ネット、駅券売機、窓口等で購入できる。ネットの場合、西武鉄道のチケットレスサービス「スムーズ」で購入する方法と、「インターネット予約サービス」で予約し、駅窓口または券売機で購入する方法があるが、これらは別々のサービスとして提供されている。

このうち、「スムーズ」は、あらかじめ登録したクレジットカードで「積立ポイント」を積み立て、その積立ポイントから特急券・指定券を購入後、乗車できるサービスだ。ネット購入券を画面上で表示可能なスマートフォンやタブレットがあれば、駅で特急券や指定券を発券せずに、そのまま乗車できる。10月14日からは座席表から好きな座席を選んで購入できるサービスが追加されるなど便利である反面、積立ポイントの最低額が1000円であるため、西武鉄道を普段から利用しないユーザーにはおすすめできない。なお、「インターネット予約サービス」や券売機では、座席表から座席を指定することができないため、スムーズを使わずに、好みの座席を指定したい場合は、駅窓口に行かなければならない。

観光目的には苦しいか

さて、S-TRAINに使用されている40000系車両に実際に乗車すると、車内広告を廃し、デジタルサイネージ「スマイルビジョン」を多数配置したことや、窓を大きめにしたことなどから、スッキリと洗練された印象を受ける。


40000系のロングシート(撮影:尾形文繁)

同時に、全席指定の優等列車としての運用と、通常の通勤列車としての運用の両方に使える仕様になっているため、”どっちつかず”という印象も受ける。


ぐるりと回転して(撮影:尾形文繁)

座席を探す際に少し戸惑ったのが、洗練されたデザインを狙ってのことか、座席番号を記した金属のプレートが、周囲に溶け込みすぎていて、どこに表示されているのかわかりづらいことだ。


クロスシートに早変わり(撮影:尾形文繁)

そして最大の問題点は座席だ。メインのシートはロングシートとクロスシート両方に転換可能ないわゆる” デュアルシート”であり、車両の両端部分のみ、3人掛けの固定ロングシートが採用されている。クロスシートは手動で回転させ、向かい合わせにすることができるので、団体での利用にはうれしい。

しかし、残念なことにリクライニング機能がない。横浜から秩父まで2時間の移動で、しかも、指定席料金を払っていることを考えれば、リクライニング機能が欲しいというのは、多くの人が思うことではないか。

また、ドア付近の座席に関しては、ドア横に設置された透明なアクリル製の仕切り板との間隔が狭いために足元が窮屈で、しかも窓がないために車窓の景色が楽しめない。もし、長時間乗車するのに、予約した席がこの席に当たってしまったら、座席の変更は車内手続きでできるので、変更をおすすめする。

そして、2時間の移動ともなると、心配なのはトイレだ。トイレは、10両編成のうち、4号車の1カ所に設置されている。しかし、乗車率100%になった場合、およそ440席となるが、果たして1カ所のトイレだけで足りるのだろうか。さらに、車内販売や自動販売機もないので、飲み物・食べ物は乗車前に購入しておかなければならない。


40000系のトイレ。広く清潔だが1カ所しかない(撮影:尾形文繁)

以上、車両については難点を中心に書いてしまったが、同じく西武線沿線と元町・中華街を結ぶFライナーに使われている一般車両などと比較すれば、もちろん、優れている箇所もある。窓側席のみとなるがAC100Vコンセントが設置されていることや、車内で無料Wi-Fiが利用可能なことはありがたい。

次に、S-TRAINの運用面については、”実験段階”という印象を受けざるをえない。まず、平日と休日で大幅に異なる路線を走るにもかかわらず、同じS-TRAINという名称を用いるのは、イメージ戦略的にプラスにはならないのではないか。同じ車両を用いるにせよ、平日のライナー運用と、休日の観光列車運用には別々の名称を付与した方が、紛らわしくなく、イメージも定着しやすいように思う。また、休日に関しては、秩父をはじめとする埼玉方面に出かけるJR湘南新宿ラインユーザーを取り込むのであれば、1日2往復半の運行だけでは使い勝手が悪いし、朝の列車が横浜駅7時09分発では、時間設定が早すぎるのではないか。

さらに、都心から秩父方面に向かう座席指定列車という意味では、特急レッドアロー号が競合する。今の車両仕様のままで、横浜から秩父までを乗り通すのは、正直、快適とは言いがたい。レッドアロー号のほうが、格段に快適な秩父路の旅が楽しめる。

「祭の湯」は超オススメだ

最後に、今年4月に西武秩父駅の「西武秩父 仲見世」をリニューアルし、複合型温泉施設としてオープンした「祭の湯」がおすすめなので紹介したい。秩父には、今までも武甲温泉をはじめ、日帰りで使える温泉はあったが、祭の湯のすごさは、西武秩父駅の本当にすぐ隣に位置するにもかかわらず、内湯のほか、寝ころび湯や岩風呂などもある広めな露天風呂も楽しむことができ、「くつろぎ処」では、航空機のファーストクラスのシートを思わせるような、豪華なシートでゆったりできる。そのほか、祭の湯のプレミアムラウンジは、予約すれば宿泊も可能なので、秩父観光の新たなベースキャンプが誕生したといってもいいだろう。